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藍微塵  作者: 依流かえる
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花のせい

春が来て、屋敷内に有る一本の桜が花開いた。

「綺麗ですね」

外廊下から眺めつつ、雪乃がぽつりと呟いた。

「そうだ、花見をしよう」

穂高が思いついたように言ったその一言をきっかけに、屋敷全体が待ってましたとばかりに宴会の準備を始めた。

一晩を越えて準備を終えた使用人と守護者、早瀬一家は早速桜の下に集った。

「今日は無礼講だ!」

気分良さげな穂高の声を合図に、各々飲み食いを始めた。幸樹や梓門、それに直行さえ使用人らに混ざり重箱をつついている。千秋はその勢いにされ雪乃の横で皆の様子を見ていた。

そこではたと気付く。清雅の姿が見当たらない。重箱をつつく者の中にも桜を眺める者の中にも。千秋は今の今まで花見だと浮かれていた気持ちがすっとなりを潜めるのを感じた。

―――つまらない。

千秋はふっと浮かんだその思いを、頭を振って消し去ろうとする。みんな楽しそうなのに、つまらないなんてあるわけが無い。しかし、浮かんでしまったその感情は消えてはくれず、じわりと顔に出てしまっていた。

「千秋、どうしたの?」

その様子に気付いた雪乃が気付いて千秋に声を掛けた。

「…ううん。なんでもない」

千秋は自らの口から出た声の低さに驚いた。これでは不機嫌だと思われてしまう。慌てて言葉を接ごうとするも、何も思いつかず口をつぐんでしまった。

「疲れたなら部屋に戻っていてもいいのよ?」

優しい雪乃の声にいたたまれなくなり、うんと頷いて茣蓙ござをたった。


千秋は外廊下から屋敷内に上がりこんで部屋に向かっている途中、清雅を見つけた。今まで心の中を渦巻いていた席を立ったことへの後ろめたさは霧散し、とくんと心臓がはねた。

「あっ」

はねた心臓に驚いてか、単純に清雅を見つけたことを喜んでか、千秋の口から声が漏れた。それに気付いて清雅が振り返る。

「お花見は、宜しいのですか?」

近付いてきた清雅がそう訊いた。

「ちょっと、疲れちゃって」

千秋は言い訳のように言った。清雅がいなくてつまらないかったなんて、口が裂けても言えない。それに、認めたくなかった。そんな千秋の様子に気付かずか清雅が言う。

「そうですか。では、部屋までお送りしましょう」

ここで「いいえ、大丈夫です」と言えればよかったのに。

「えっと」

送って欲しい、なんて思ったばかりに千秋ははっきりとした返事を返すことができなかった。

「行きましょうか」

うやむやな態度を肯定と受け取ってか、清雅が千秋の部屋のほうへ足を向けた。

「清雅さまは、お花見は」

無言で歩くのを千秋の『好奇心』は許してくれなかった。小さな声で紡がれた言葉だったが、確かにそれは清雅へと届いた。

「私はいいのです。皆さんと食事をすることに慣れておりませんので」

いつも通りの笑顔で返ってきた言葉は彼らしからぬ言い訳めいた響きを含んでいた。

清雅は千秋と話してから以前より居間に姿を見せる回数は増えた。しかしそれはあくまで以前と比べて、である。他の守護者と比べると断然に少ない。

「姫は私を呼び捨てて下さって構わないのですよ」

清雅の言葉で千秋ははたと気付く。彼を『清雅さま』と呼んだことに。雪乃がそう呼んでいるので多少影響を受けたのだろう。ただ理由はそれだけではない。千秋にとって清雅という存在は他の守護者とは違っていた。大人である、ということは大きいかもしれないが、幼い千秋はそこまで意識はしていない。清雅は幸樹たちの様に近い存在ではなく、どこか遠い。ただ単に話す機会が少ない、一緒に遊ばないというだけの差かもしれない。それでも、他とは違う清雅は千秋にとって『特別』だった。『勘違い』といわれればそれまでの不確かな『特別』ではあるし、千秋自身その『特別』を確かなものとして自覚したくは無かった。

『特別』を悟られたくなくて、あるいは自身が『特別』だと思っていることを認めたくなくて千秋は「いいえ。えっと、呼びやすいので」などと言い訳がましく言った。

「そうですか」

清雅が相槌ついでにと言った様に話し出す。

「姫は、夜桜を見たことはありますか?」

「いいえ」

千秋は質問の真意を図れず首をかしげながら答える。その様子を見ながら清雅は続ける。

「昼間の桜も美しいですが、夜もいいものですよ。月明かりに照らされると、この世の物とは思えない」

「そうなんですか」

「ええ。一度見ると忘れられません」

少なくとも私は、と付け加えられた。ちらりと盗み見た清雅の横顔にはいつも通りの微笑が浮かんでいた。

廊下を曲がり、千秋の部屋が近づいた。そのことに気付き慌てたのか千秋はろくに考えもせず、とんでもないことを口走っていた。

「じゃあ、今日お花見しましょう。夜に」

それを聞いた清雅の微笑が硬直するのが分かった。ああ、私はなんてことを言ったんだ、と千秋は思ったが取り消すつもりは無かった。

―――桜のせいで浮かれてるんだ。

千秋は心の中でそう言い訳をして「ありがとうございました」と言って清雅の返事を待たずに部屋の中へ逃げるように入った。

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