彼は
短めです。
千秋は梓門に言われたとおり朝訪ねると部屋の中で清雅が一人で本を読んでいた。それが分かったとたん、空けた障子を閉めたい衝動に駆られたがどうにか思いとどまった。
「おはよう御座います」
清雅が本から目を離し、昨日と同じやわらかい声で言う。顔には微笑が浮かんでいる。
「おはようございます」
何とか顔を見ながら千秋が応えると、「どうぞ、中へ」と清雅は千秋を招きいれ、座布団をすすめた。
「梓門から聞きました。昨日はすみません。脅かすつもりは無かったのですが、どうにも緊張していたようで」
安心してか千秋の口から「はあ」という間抜けな声が漏れる。
「あまり大勢で食事することに慣れていないもので」
清雅はどこか照れくさそうな笑みを浮かべた。
「どうか、ご容赦を。いずれ居間に参りますので」
「はい、あ、その、…ご無理をなさらずに」
あわてて思いつく限りの気遣いの言葉を付け加えると、ふふと言う笑い声が聞こえた。
あ、笑った、と千秋は単純にそう思った。それは千秋が初めて見る清雅の『笑顔』だった。少なくとも千秋はそう思った。今まで浮かべられていた清雅の微笑みはどこか作り物めいていた気がしてならなかったのだ。
「お気遣い感謝します」
いつもの微笑みに戻った顔で清雅がそう言った。すると、部屋の奥にある押入れが開き、そこから梓門が出てくる。突然の出来事に千秋は理解が追いつかず目を丸くする。そんな様子を一切気にせず梓門が千秋と清雅の間に座布団を置き座った。
「清雅と昨日のこと話したらさ、緊張だったって言うから。それなら2人で話しても問題ないだろうなって思って。ま、僕は部屋から出てても良かったんだけど、僕もいるって言ったし、せっかくだったから」
梓門はそういうと悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「では、私はこれで失礼しますね」
清雅はそう言うと立ち上がり、梓門と千秋に一瞥もくれずするすると部屋を出て行った。
「…気にしなくていいよ。いつもああだから。屋敷の中散歩してるんだって」
梓門が気遣うように言った。
「ありがとう」
梓門の気遣いと、この場を作ってくれたことに対してのお礼を言うと、梓門は「うん」と嬉しそうに笑った。