花見
屋敷にある一本の桜の下に茣蓙を何枚も敷き詰めてその上に早瀬家にいる全ての人が座っている。昨晩の曇天が嘘の様な雲ひとつ無い青空の下、使用人一同はそわそわとして重箱やら酒の入った徳利やらをちらちらと見ている。
「さあ、今日は旦那さまの意向で無礼講ですよ!」
雪乃が普段の穏やかな調子とは違ってはつらつとした声をあげる。わっと使用人達が沸く。
「こんなに豪華な飯を食い放題とは!」
「酒だって飲みたいだけ飲める!」
「これは花見団子?」
「穂高様、お酌しましょうか!」
好き好きにはしゃぎだし「いただきます」の号令の後は感嘆するほどの勢いだった。早速料理を食べる者、いきなり酒を徳利ごと仰ぐ者、どれにしようかと迷ううちに横から取られる者。
その様子を見て雪乃は満足そうに笑って自らも料理の箸をすすめ、穂高はお酌をしてもらいながら庭師らと談笑している。幸樹は料理争奪戦に参戦し、直行も負けじと箸を持って重箱へ寄る。梓門は酒を飲む女達に混ざり自らは果物の果汁を絞ったものを飲んでいる。
勢いに乗り遅れた千秋が、息を吐きながらふと外廊下に目を向けると、一人腰掛けている人が目に映る。
「清雅様、ご飯食べないんですか?」
近寄って声をかけると、ゆったりとした動作で千秋に目を向けられる。いつものように微笑を浮かべたその顔は何を考えているのかわからない。
「幸樹たちに勝てる気がしないので、私はここで花見をしようかと思いまして」
隣どうですか、と清雅が言ったので、それでは、と千秋が腰掛ける。二人とも目線は桜である。
「近くで見てもきれいですよ。桜」
「ええ。落ち着き始めたら近くで見ます」
清雅が遠くから眺めるのも解る。ゆっくり花見を楽しみたければ今は茣蓙にいないのが正解である。皆頭上の桜は二の次でまずは重箱に集っており、ほぼ押しくら饅頭状態だ。黙って桜を見るのは難しい。
「姫こそ、宜しいのですか?」
清雅が気遣うように言う。
「私も、幸樹くんたちに勝てる気がしないので」
千秋は少し清雅を真似たように言った。そしてちらりと清雅を見ると、千秋の気のせいかも知れないが少し俯きながら普段より幾分か楽しそうに微笑んでいた。
清雅が視線を桜に戻したので、つられて千秋も桜に目をやる。
「綺麗に咲きましたね」
「はい」
「今年の散り際も美しいのでしょうね」
「そうですね」
「私はね」
「はい」
「蕾が好きなんです」
千秋は気になって清雅のほうを見る。
「姫は、満開の桜がお好みでしょう?」
清雅が千秋を見る。ばちり、と視線が絡む。わざと浮かべられているであろう少し意地悪な微笑み。清雅の真意は図れない。どんな言葉を返せばいいのかも解らない。「はい」とは違う「いいえ」でもない。何故か清雅の問いには言葉以上の意味が有る気がした。
目を見続けることができず、桜を見るのも何故か不安で、自らのつま先に視線を落とした。二人とも口を開かず、使用人たちの声だけが千秋の耳に届く。
「ここに居てもつまらないでしょう」
しばらくして清雅がそういった。
「落ち着いたようですし、近くに行きましょうか」
そういうと清雅は千秋の返事を待たずに歩き出した。後姿を見ながら千秋はすぐに後を追えずにいた。
胸のうちに漠然とした不安が浮かび上がった。皮肉な態度は普段のものであるはずなのだが、今日は少し違う気がした。
満開の桜が好きだと返事をしなかったことに腹を立てたのだろうか。いや、そこまで短気ではないだろうし、もし本当に返事が欲しければ質問を重ねたはずだ。ならば最初から近寄ったことが気に障ったのだろうか。だが、隣どうですかと言ったのは清雅だった。
嫌われた、ということは無いと信じたい。
―――だって。
千秋が外廊下に座ったまま考え込んでいると、
「どしたの?」
口の周りに何かのたれを盛大につけた幸樹が目の前に立っていた。
「わっ」
思わず声を上げる。
「落ち込んでるの?」
たれを懐から出した紙で拭きながら幸樹が先程清雅が座っていた方とは逆の隣に腰掛ける。覗き込むようにして心配そうな目線を千秋に向ける。
「ううん。ちょっと考え事してただけ」
千秋は努めて明るく言ったつもりだったが、そういえば普段自分はこんな調子ではないな、と少し後悔した。
「直行が姫の分のご飯とってるよ」
千秋の後悔に気付かないように幸樹が言う。元気付けようとしているのだろうか、いつもより明るい声であった。ただ単に花見が楽しくて明るいのかも知れない。
「ありがとう。食べに行こうかな」
千秋はそういって立ち上がった。続いて幸樹も立ち上がる。
「せっかくのお花見なんだから、楽しまないと損だよ!」
幸樹が言う。千秋が「そうだね」と笑いながら言うと満足そうに笑顔を見せた。




