積もる断片
風呂から上がり自室へ帰ると部屋の入り口に直行が立っていた。千秋に気が付くと「部屋に入っても宜しいですか」と訊かれたので何事かと思いながらも頷いた。直行はすっと扉を開けると先に千秋を入れ、後に続いた。
千秋はとりあえず座ったが、直行は立ったままじっと千秋のことを見ている。
「えっと、とりあえず座ったら、どうかな」
千秋がそういうと直行は「失礼します」と言って背筋をぴんと伸ばして正座した。経験はは無いが、面接をしている気分だ。圧迫されているのは寧ろ千秋ではあるのだが。
千秋が直行と2人きり、というのはあまり無い。少なくとも幸樹と3人であり話題を作るのは幸樹なので、こういう状況では何をすれば良いのかわからない。直行はわざわざ世間話をするために千秋の部屋を訪れるほど話好きではないし、そういう話は「無駄だ」と言って切り捨てるだろう。
「なにか、あったの?」
千秋が声を掛けると、直行の表情がやや曇る。普段無表情ではあるのだが、まったく顔に出ないわけではない直行は、守護者の中では幸樹の次に表情が読み取りやすい。まあ、梓門と清雅の表情が読み取りずらすぎるせいでもある。
「少し」
直行はそう呟くと思案するように目を閉じた。そこで声を掛けられるほど千秋は饒舌ではない。自然と沈黙が部屋に訪れる。しばらく考えた後、意を決したように直行が口を開く。
「俺が言うのは筋違いかもしれませんが、昨晩、幸樹の機嫌が悪かったことを詫びなければと思い、来ました」
そういうと床に手を着いて深々と頭を下げ「すみませんでした」と言った。つまり、土下座をしていることになる。これには千秋も慌てた。
「あっ。いや、頭を上げてください。昨日のことは、その、気にしてないって言うか、今朝、幸樹くんにあって、解決して」
しどろもどろである。直行はゆっくり頭を上げて千秋を見据える。千秋は思わず俯く。お互いが言葉を発するのを待つかのように黙りこむ。
「今朝の話も、幸樹から聞きました。昨晩、幸樹が清雅の事を話したと言うことも聞きました」
幸樹が自ら話したのだと直行は言った。そしてが目を閉じながら続ける。
「本来、このような話を姫にするのはおかしいのですが、言わせてください」
そして、すぅと息を吸い込む音が聞こえた。
「あいつは、馬鹿です。実際に賢いわけではありません。 18にもなるくせにいつまでも子供で、梓門のほうが年上に見えることもあります。馬鹿力だけが自慢で、でもよく物を壊すのであまり自慢できることでは無いと思っています。それに、機嫌が悪いと顔に出て俺たちまで巻き込まれる。清雅が宥めることが多いですが、最近はそれも気に食わないようで面倒です。案外根性無しで直ぐ弱音を吐くし、気弱です。姫の前ではどうにか気を張っているようですが、自室に帰ると眠いやら疲れたやら、文句、無駄話が多い。使用人たちの評判を気にしては愚痴を言うし、姫の言葉を気にしては塞ぎ込む。同室だとそれがよく分かります。幸樹は、本当に馬鹿です」
直行は目を閉じたままとてつもない勢いで言い切ると、はぁと息を短く吐いて目を開けた。相当溜め込んでいたのか清々しい顔をしている。目も微かにだが輝いているように見える。
千秋は圧倒されて言葉も出ない。まさか、直行がここまで言うとは、脳内は混乱を極めている。
再び直行が口を開く。
「ですが、だからこそ、信頼できます」
ふっと風が吹き抜けたかと錯覚するほど、千秋の頭の中が落ち着いた。直行にしては珍しく、目を細めて微笑んでいる。その表情は千秋の心に違和感ではなく安心をもたらした。
「うん。幸樹くんは素直で、やさしい、信頼できる人」
千秋も自然と顔をほころばせる。
「姫」
和やかになりかけていた部屋にぴんとした緊張感をもたらす声音で直行が言った。あらたまった調子を不思議に思い千秋が目を丸くする。直行がまっすぐ千秋を見る。
「何があっても、幸樹のことを信頼してください」
唐突な言葉に、千秋の頭の中には疑問符が飛び交う。「えっと」と口からこぼして、千秋が問う。
「どういう、こと?」
「そのままの意味です。これから、何があっても。幸樹は馬鹿ですが、素直です」
返答を聞いても浮かぶのは疑問符である。千秋の首は自然と横に傾いた。その様子を見て直行は「今は分からなくても、いずれ」と言う。
「それでは、自室へ戻ります。突然押しかけて申し訳ありませんでした」
直行はそういうと立ち上がり「失礼しました」と礼をして扉の向こうへ消えていった。千秋は自室に居るのだが取り残された気持ちになった。直行が「いずれ」だとかはっきりしないことをいうのはらしくない。普段ならば個人の予測や予感は全て己が内へ飲み込んでしまう。
―――変。
千秋は昨日から守護者の行動、言動に幾らかの違和感を感じた。普段は見せないような弱気な態度、千秋の前では言わない不満、らしくない饒舌と煮え切らない言葉。宴があったことに何かしらの影響を与えられたのだろうか。
しかしこれ以上守護者たちに感じた違和感を追求し続けるわけにもいかないので、千秋は釈然としない気持ちを頭の隅に追いやることにした。




