テレビ屋
ここいらの連中は皆、それをトンボの塔と呼ぶ。何ということはない、頭から墜落して地面に突き刺さったままになっている軍用ヘリが、トンボに見えるというだけでつけられた通称である。その一帯が大戦の惨劇を忘れないようにとのことで作られた記念公園であったことも、鉄骨の補強により衝突した直後の形状を保っているそれが反戦の象徴だったことも、今の人間にとっては興味の埒外だ。戦争の悲惨さを伝えるために残されたはずの輸送機は現在、無数のツタに絡みつかれながら帝都渋谷のハチ公像のような役目を果たすのみとなっている。
隣に立つ石碑は、ヘリの搭乗員である軍人の名前と追悼の句もろとも苔に覆われている。両側を固める花壇に秋が来るたび咲きほこっていた紫苑は、だいぶ昔に生命力の高い雑草に取って代わられた。地面の上に敷かれていた白レンガなど、面白半分に割られたり金になるからと掘り返されたりで生き残っているものは数少なく、その隙間からまた草が獰猛に生え伸びている。
元公園全体がこういった状態であるから、トンボの塔の周りを囲ってあったはずの柵も、もちろん跡形もない。というわけで、青年と十数人の子供たちは完全に危険ラインを越して塔の真ん前にいる。それでも子供たちがそれなりに塔から距離をとっているのは何も崩落を恐れてのことではなく、そうでもしなければ青年、もといテレビ屋の兄ちゃんが画面から離れて見ろとやかましいからだ。
空には梅雨時の分厚い雨雲が鎮座しており、それを貫く一筋二筋の日差しのみが下界を照らしている。
塔を背に立っているのはテレビ屋と二十八インチのブラウン管テレビであり、画面の中で幸福の鳥を探して霧の中を行きつ戻りつする白人の兄妹が話す口の動きに合わせ、テレビ屋は彼らの台詞を数倍は拡大解釈しながら声を当てている。しかし、ここでいう「声」とは「思念による言葉」のことを指し、今生き残っている人間はこの一種のテレパシーを発することで相手とのコミュニケーションをとっている。音を発することで会話していた頃の名残は、思念を発する時にわずかに開閉する口元のみに残っている。
べそをかきかき妹、
『にいやん、なあにいやん、おっかねえべうちに帰ろうや。魔女のおばはんがなんや、パンやお砂糖のお化けがなんや言うんや、な? あかんもん、あたいもうあかんもん』
腕にしがみつく妹の手を払いのけ兄、
『うるぁあぁああ何ぬかしとんじゃ芳江ぇえ! 伝説の鳥なしで魔女の魔法が破れるか、おとうとおかあが救えるかぁああああぁああ!! そこになおれぇ根性叩き直しちゃるわあ歯ぁ食いしばれぇえぇえええ!!』
兄の平手打ちに合わせ、『ぱっしいいいぃいいいん!!』と自分でSEを叫ぶテレビ屋。その奇声を笑ったのは数名で、ほとんどは声もなく画面を食い入るように見つめている。女の子の声真似をして、にいやんのぶわあああぁあかあああぁあと泣き叫ぶテレビ屋の姿は傍目に見るとかなりイタいが、本人は至って真面目に職務を全うしているさなかである。
『さぁさぁ、そうこうするうちに霧が徐々に晴れてまいりまして、兄妹のゆく手に見えてきますのは、……あれあれ? 先ほど出ていったはずの我が家ではありませんか。これはきっと魔女の魔法、ありもしない幻に違いありません。睨む久志、震える芳江、そこに見えるのはふたつの人影! おとうでもおかあでもありません、さては鬼か悪魔か生霊か! 果たしてその正体は!……ってなところで、』
かん、かん。古びた火の用心の棒を高らかに打ち鳴らして、
『それでは続きはまた次回。ではみなさんさようなら、さようなら』
ぷつりと画面が黒一色に塗りつぶされ、それを合図にしたかのように場が沸騰した。一息に湧き上がる拍手に歓声に笑い声、無論いいところで切ってしまったテレビ屋への抗議の声も多く含まれていて、ふざけ半分とはいえ小石まで投げる奴もいる。『おいコラばか、水晶には当てんなよ』、石つぶてをよけつつテレビ屋。胴体に当たるものは気にせず、顔めがけて飛んでくるものだけは危ないので避けるなり掴み取るなり対応している。
『おらガキども、今日のテレビは終わったんだ、また雨降りだす前にとっとと帰れ。かーちゃんの昼飯が冷えるぞ』
石っころを持った手でしっしっと追い払おうとする。しかし野良犬同然の扱いに屈するガキどもではなく、『今日短かったじゃん』『まだ見たいんだけど』『おととい休んだ分今やってよ』、うれしい文句が矢継ぎ早に飛び出してくるが、テレビ屋とてこの仕事を始めて一年そこらのヤワではない。彼は磨きに磨いた駆除スキルを発動して子供たちを次々追い散らしていき、たくさんの捨て台詞とさようならとまた明日をその身に受けながら今、最後のひとりを見送った。
数分とおかずににぎやかな喧噪は失せて、その場に残ったのはテレビ屋とブラウン管テレビ、そして子供たちのずっと後ろから一部始終を見ていた彼ひとりとなった。
んっ、とテレビ屋は大きな伸びをする。
彼に掛ける言葉を探しあぐねているのだ。それをごまかすための、いつも以上に長い伸びだった。
中背で、見た目の細さとは裏腹に必要なところに必要なだけの筋肉がついている。赤みがかった茶色の髪はうなじで短く一まとめにされている。ファッションのつもりなのか、やたらと体のあちこちに巻き付けられているベルトが特徴的。それがテレビ屋だった。
曇天に伸ばした腕をぐりんと下ろして、勢いがなくなるまで存分にぶらぶらさせてから、やっぱいつも通りでいっか、という結論に達する。ようやくテレビ屋は背後を振り返った。
『どうだ、やっぱりあんたの時のテレビとは違うか?』
むっつりしながらタケルは頷く。
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『……色々言いたいところはありますけど、まずは内容。あの話、一体どういうストーリーだと思って話してたんですか』
『いいって敬語は』と前置きしてから、
『とりま、魔女に両親ともども人質に取られちまった兄妹が、魔女からぶんどった宝石付きの帽子を頼りに魔女退治に必要な青い鳥を求めて旅するっつー、』
タケルは最後まで待たなかった。
『そこっっ! まずそこですよ! どうして世界の名作の内容をそこまでひん曲げるんですか!? そもそもそんなに趣旨って逸れるもの!? あれだけヨーロッパ風の格好の子供たちの名前が久志って、芳江ってなに!? 何故ヤクザ言葉もどきと関西弁もどきの話し方!?』
こんな怒鳴られんのお袋が召されて以来だわー、そう思いながらテレビ屋は両手で側頭部を抑える。この仕草はかつての人間でいう「うるさい音を遮るために耳を押さえる」行為に当たり、現生人類特有の動きである。
『……まあ、そういうことだ』
何が、とでも言いたげなタケルのまなざし、
『これでわかったんじゃないのか? さっきの話、最終日以前の人間にとっちゃわりと知られてる童話だったんだろ。オレはあれの本当の話を一度も聞いたことがない。ガキどもだって同じさ。だからあの話に限らず、水晶が映してくれるいろんな映像を見ながら、オレなりに物語を作って会う奴らに聞かして回ってる。それがオレの仕事』
タケルは答えない。テレビ屋はなおも笑って、
『ちっとはオレの話、聞く気になったか』
テレビ屋は返答を待たなかった。軽い足取りでブラウン管テレビの元へ歩み寄り、てっぺんに手を当てて、『頼むな』と一声かける。誰もリモコンで操作していないのに、コンセントなんてどこにもないのに、ブラウン管テレビの中にあたたかい光がともる。
『時は1999年、平成十一年のことであるっ』
画面いっぱいに広がる「1999年」と、「平成十一年」のテロップ。わずかに間をあけて文字が壊れて、そのあとには戦闘機、戦艦、戦車が画面下から飛び出すように現れた。極め付けに、武装した戦闘型ロボットがまばらに登場する。
『泣く子も黙るダイサンジ終結から実に十七年、ついに連邦は“世界平和宣言”の発布に踏み切ったのであったっ』
巨大な赤いバッテンが兵器の存在を全否定した。画面が変わり、黒の背景に様々な人種のお偉方と思しき人々が満面の笑みでそれぞれ手をつなぎ、地球を輪になって囲っている。
『悲惨な歴史を超えて、世界の国々はひとつとなった! もはや我々は戦争をしていないっ、行わない! 我々は地球という大いなる箱舟に乗る家族である! 世界大総統は地球上すべての生きとし生けるものに宣誓するべく、夏の近づく七月某日に声明を発表したのであった!』
それまでどこか自分のくさい台詞に悦に入っているようにも見えたテレビ屋が、ここで唐突にシラフに戻った。相手の感情の起伏についていけず、タケルはやや身を引く。そんな彼を、テレビ屋はふざけの色が一切ない両目でひたと見据え、
『オレたちはその日を“最終日”って呼んでる』
『……は』
『そのまんまだよ。世界が滅びちまったんだ』
へ。
あふれる笑顔で青い箱舟を取り巻いていた人たちがいつしかひとり、またひとりと闇に溶けていく。
『オレは勝手に崩壊音って呼ばせてもらってる。音響兵器ってあったんだろ? 音波で相手を攻撃するってゆーの。大体は威嚇だったり戦闘意欲減退が目的で使われてて、それまで殺傷性があるものは開発されてないって話だったらしいけどな。世界大総統の宣誓を全人類の耳に届かせるために、それこそジジババばっかの寒村にも見たことない型のスピーカーがどかどか運ばれたんだってよ。ここらでも探せば残骸残ってるぞ』
箱舟の取り巻きはもう、数えるほどに減ってしまった。何がおかしくて、いつまでもそう笑っているのだろう。
『ここまで来る時に、ぼろっちい建物何度も見たろ。どれもこれも風化酸化してひどい有様だが、窓ガラス以外に目立った損傷は見られなかったんじゃねえかな。それはそういうこと。疫病でも戦争でもましてや核の炎でもなく、人類は音で絶滅したんだ』
おい、気ぃ失うんじゃねえぞ。まだお前が知らにゃならんことはいっぱいあるんだからな。そうテレビ屋に言われなかったら、本当に失神していたかもしれない。