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エニシ斬リ  作者:
3.紫のアネモネ
16/24

屍山

 控えめに言っても底抜けに気味悪い。目があるものには魂が宿るから粗末にするな、という話は誰が言っていたか。ではこんなところに幾千のロボットを山と積んでさっさと逝ってしまった工場長は、あの世でも彼らの怨嗟の声を受けているのだろうか。


 こんな場所でよく暮らしていけるな、と思う。


 ゼンじぃの生活区域は、四つある屍山に囲まれたちょうど中央にあり、トタン屋根にパイプの骨組みで作った簡素な小屋が住処だった。壁代わりにしているつもりなのか、ガス漏れがないか非常に気になる大小さまざまなボンベがずらりと並んでいる。その前には目を見張るほどの数の棚がまた整列しており、広瀬には用途が分からない数々の工具が所狭しと詰め込まれていた。中腰になってそれらを興味深そうに覗いていた水晶の表情を見るに、ここの道具たちはまだ命を得ていないらしい。というより、広瀬が彼らだったら、人型になれるようになったら速やかにここを立ち去りたいと考える。そう思わせる雰囲気がここいらにはある。


 オイル臭と石油臭と加齢臭に満ち満ちる小屋の中から、広瀬はそっと外の景色を見る。


 彼の身長の五倍はありそうな高さまで積み上げられた様々な種類のロボットたちは、ひっくり返ったり押し潰されたり首だけになったりしながら、なお恨みがましい目で自分たちを見つめている気がした。死屍累々という言葉がぽつりと浮かぶ。そして屍山の隙間から見える空、そう遠くないところに、身の毛がよだつほど巨大な積乱雲があった。


 ここで待っておれ、と言われて、もうずいぶん経つ。今日最後の西日が屍山の片側を炙っていて、日没が間近に迫っていることが容易に知れた。


 いい加減焦れてきていたし、こんな場所に長居はごめんだった。


『水晶、行ってみるか』


 首肯が返ってきた。重たいが、ゼンじぃを説得したらすぐここを出たいので、リュックは担いでいくことにする。


 小屋から踏み出す最初の一歩で水たまりを飛び越える。

 両側にそびえ立つ屍山の間を歩く。

 大人五百人は拉致れそうな錆びたダンプカーと、キャタピラが千切れたブルドーザーの脇を通り過ぎる。


 五分以上は歩いてやっと屍山の間を通過して、さらに六分ロボットの部品が点々と転がる平地を行って、目の前に現れた、見上げなければてっぺんが見えない程度には段数がある鉄パイプの階段に足をかけた。


 この先にあるのは、本来は第二の埋め立て場所になる予定だった更地だ。先の四つの屍山の土台部分は死してなお物騒な戦闘ロボットばかりで、上に行くほど家庭用のアンドロイドが占める割合が増えていることが素人目にもわかる。もし最終日が存在しなかったなら、この場所では崩壊音の代わりに機械の亡骸を引きずる音が響いていたはずだ。



 最終日が存在しなかったなら。



 気づかれないように、広瀬は数段後ろで息を切らしている水晶に片目を送った。


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥


 思った以上に水晶がへばるのは早かったので休憩を挟みながら上り、最後の一段を踏み越えた途端に生ぬるい突風のあおりを受けてたたらを踏んだ。



 底冷えがするほど寂しい場所だった。



 足がすくむほど茫漠とした大地一面に、大きさも長さも不揃いな鉄骨が、てんでばらばらな間隔で突き刺さっているだけの場所だった。その只中にある、飛び抜けて長い槍の柄は否が応でも目を引く。


 生き物の気配が一切しないこの墓場にあって、背中を丸めひたすらに読経を続けるゼンじぃの体は、あまりにも小さかった。


 腹に力を入れて、ゼンじぃに向かって歩を進める。通りすがる鉄骨の墓標には何やら画数の多い漢字がいくつも彫り込まれており、根元にはとっくの昔に枯れた花が数本、重石代わりの石に敷かれていた。


 不意に広瀬が振り返る。この高さまで上ってきて、ようやく屍山の頂上が見える。

 正面を向く。ゼンじぃの、年の割には見事に茂っている頭頂部を見下ろす。



『もうちぃと待て』



 先を越された。少しでも早く済ましてもらおうと、わざと苛立たしげな声で、


『さっさと終わらせてくれよ。こちとらやることがあんのに、あんたの頼み事にまだ付き合わなきゃなんねえんだ』


 物の怪じみた奇っ怪な笑い声をひとつ、


『洟垂れ小僧ども相手に、活弁士まがいの読み聞かせをすることがそんなに忙しいのかの? もうちぃっとじゃから辛抱せい』


 こんのクソジジイ。てめえこそロボの埋葬に精を出す前に自分の墓穴の心配をしろ。


 気色ばむ広瀬をどうどうと水晶がなだめていることなどつゆ知らず、ゼンじぃは最後に妙にうねる抑揚をつけて経読みを終えた。掘り返され、再度埋め立てられた跡が新しい土の上には、まだ色づいている花が一束供えられていた。


『……この数じゃあ、枯れる度に新しいのを、とはいかないな』

『わしも歳じゃからの。ホトケさんには最初の一回で勘弁してもろうとる』

 よろめきつつも立ち上がりながらゼンじぃは言う。



『で? オレに最初頼む予定だったことって何だよ』



 自分で言いながら、今の今まで聞かなかったことにようやく気づいた。雨が降り始める。


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥


 どこか異変を来たすだろうことは、リトル・ミスも紅暁も予想していたことだった。タケルが意識を失う直前に思い出した少女の記憶は、彼が言うには最終日のものだという。


 少女が涙しながら語った「こんなこと」を思い出したのちに、タケルがどうなるか。



「悲しいかな、嫌な予感しかしません」



 紅暁はそう言った。実際当たってしまった。


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥


 同じ時間帯、タケルと縁斬り屋ふたりは小学校の正門ではなく裏手にいた。コンクリの塀は高さが三メートルくらいで、細長い空き地を間に挟んだその向こうに、経年劣化に耐えきれず三階の一部が崩れた木造校舎の背中が見える。


 タケルは、その崩れた部分を指さした。



『あそこです。あの日、おれたちはあそこから校舎に入りました』



 本気で言ってんのかこいつ、という目をする紅暁。しかしタケルは揺らがない。両の眼をうろにして、うわ言のような口ぶりで、



『思い出した。あの日、この学校のお別れ会があったんです。子供が少なくなったから、第一小学校との合併が決まって、校舎が取り壊されることになって。それで、最後の思い出作りにって、学校が……』



 言いながら、タケルの足が地面を離れた。直立の態勢そのままに宙に浮き上がり、校舎の穴に吸い寄せられるように向かっていく。紅暁は動じるどころか、今更幽霊らしくなったか、と舌打ちながら地面を蹴り、ひとっ跳びで塀を超えた。


 リトル・ミスも跳んだ。しかし彼女は塀の上に降り立ち、周囲に何か変わったものがないかと目を光らせる。鉄棒、砂場、枯れた朝顔がそのままになっているプランター、



 枯れかけた花が供えられているふたつの小山。



「見失いますよお嬢。早く」


 真下から紅暁が呼ぶ。リトル・ミスは頷き、飛び降りたところを紅暁の腕に抱き留められた。


「追って」


 またわがままを、と言わない。自分で行け、とも言わない。しかしそんな愚痴を吐く時と同じ色の嘆息を漏らし、紅暁はリトル・ミスを抱えなおして両足に力を込める。



 塀の向こう側で、取り残されたマロはきゅうと鳴いた。


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥


 横なぎの風が吹き始める。


『……ゼンじぃ、あんた屍山から出ることもあったんか』


 それが広瀬の最初の反応だった。


 今回の裂空輸送のための外出は、例外的なものとばかり思い込んでいた。しかし、なめるでないわ、とゼンじぃは一蹴する。



『お前はここに居ついて日が浅いから知らんのだろうが、わしが相手しておるのは何も屍山のホトケさんだけではない。よそで誰にも顧みられず眠っておるロボットはもちろん、人間や付喪神の葬儀も執り行っておるわ。どこぞから依頼があれば経を読みに行くし、ひとり寂しく朽ちているホトケさんはおらんかと、付近を足しげく回っておるのだぞ』



 そんなんだから屍山の高さは一向に低くならないのではないか。ただでさえ、老い先短い命でできることなど限られているというのに。ゼンじぃの存命中にすべてを埋葬することなど不可能だろうに。


『ってことはよ、またハーレー三すくみ呼ばにゃならんってことか。うっわ~、探すのめんどくせ』

『もちろんそれが理想じゃが、見つけるのに時間がかかるのであればおらんでも構わん。これ以上、引き離しておくのは不憫でな』


 水晶が首をかしげる。広瀬も同じ気持ちだった。


『どういうことだよ。またここまで引きずってこなきゃいけねえんだろ? それに引き離すって、』

『わしはの、』

 なんだよ。広瀬が言い切る前にゼンじぃは身を乗り出して、


『この屍山付近のホトケさんならどうにかなる。まだ動く作業機具がいくつかあるからの。じゃが、外で見つけたホトケさんはどうしようもならん。普通はその場で埋めて帰ってくるんじゃよ』


 ゼンじぃに裂空のことを話した時を思い出す。あの時自分は、もうリトル・ミスがトドメをさしたから、間違いなくあのロボットは死んでいると繰り返し言った。ゼンじぃは、お前のようなずぶの素人が言うことなど信用ならんと譲らなかった。


 今思えば興奮していたのだろう。殺されるかもしれないというのに、動いているロボットの話に熱を上げてしまって、生きている姿を一目見たくて、勇んでハーレーにまたがったのだろう。


 わざわざ裂空をここまで運んできて埋めたのは、大気を突き抜けるほど高まった期待が奈落に叩き落されたからかもしれない。ゼンじぃも冷静ではなかったのだ。


『されど、そのホトケさんがおったのは、ホトケさんを少し動かそうものならたちまち足場が崩れそうな場所での。わしひとりではどうにもならんから、お前たちに頼んだのじゃ』

 ゼンじぃは彼方を眺めるような目つきをして、



『見つけたのは、五日ほど前じゃ。この時期に合わん、きれいな月明かりが照らす夜じゃったわ』



‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥


 一歩踏み出すたびに記憶がよみがえってくる。足の裏に書かれている絵や文字を踏むたびに音と映像が脳裏をよぎる。



 校長も粋なことをすると誰かが言っていた。児童が、取り壊される校舎を一生忘れないような思い出をつくるには、どうすればいいか。答えがこの一面を覆う落書きだった。過去の卒業生だけでなく、何の縁もない一般人でも招かれていたので、左手で書いたとしか思えないぐにゃぐにゃのムーミンの隣にやたら上手いセーラームーンがあったりする。



 積み上げられた机と椅子の横を走る少女が、ある教室の横でぴたりと止まる。

 その横顔には、最後のひとりの隠れ場所を探し当てた鬼の笑みが浮かんでいる。



 ――――早く、早くー! こっちだよ!



 手招きするも、タケルたちが追いつくのを待たず少女の波打つ髪が教室の中に消える。記憶のタケルは深いため息をつきつつも、仕方なさそうに笑った。



 ――――待てって!



 記憶のタケルが走り出した時、幽霊タケルは後ろ髪を引かれたように足を止めた。

 振り返る。割れた窓からさす陽だまりに照らされる薄暗い廊下には、人影さえもない。

 首を傾けた。

 頭の奥底に、待てと言う誰かがいる。追いつくまで待っていろと言う声が聞こえる。



 誰を待てというのだろう。



 長くは待たなかった。今度は逆方向に首を曲げて、タケルはくるりと回れ右をする。


いよいよです。

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