広瀬再び
出○○回です。
見つけた、とでも言いたかったのかもしれない。
道路のアスファルトに深く刻まれたタイヤ跡から、ゴムが摩擦熱で焼けた時に発生する独特の刺激臭が漂っていた。
次の日の昼過ぎである。
リトル・ミスは無表情にその場に突っ立っている。
紅暁はよしんば向こうが襲い掛かってきたとしても迎撃できるよう、リトル・ミスの前に立ち軽く右手を上げている。
そしてタケルはふたりのうしろで、信じられないという表情で呟いた。
『……どうしたんですか、広瀬さん』
広瀬は答えなかった。乱れた髪が邪魔をして目元が隠れ、口も真一文字に引き結ばれていたので、何を考えているのか判断しようがない。広瀬は手が白くなるほど握りしめていたハンドルを離し、うなだれながらバイクからずり落ちる。倒れかけたところで片手をついて何とか持ち直し、何かに憑りつかれているのかと思うような動きで前かがみになる。
上目づかいにこちらを見つめる目と、タケルの視線がかち合った時だった。
とばっちりを食らわないよう、赤ハーレーは微妙に広瀬から退く。
あとを追ってきた水晶と黄ハーレーは間に合わなかった。
バイク酔いで、広瀬は思いっきり吐いた。
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水を飲ませて十五分そこらの仮眠をとらせたら一発で全快した。赤ハーレーに寄りかかって『テレビ屋の回復力なめんじゃねえ』と理屈の通らないことを言う広瀬に、「出ゲロってなんですか出ゲロって」と紅暁。またもや広瀬の身を案じて涙目になる水晶の頭にマロを乗っけてリトル・ミスはご満悦で、マロはマロでずり落ちないよう四足でしっかりと水晶の頭を抱いているせいで帽子みたいになっていた。
何だこの状況、とは言えない。
言えない代わりに、
『どうしたんですかいきなり。何か急な用事ですか』
おぉそれそれ。軽い口調の割にはこれから話す話はあまり愉快なものではないようで、広瀬は少し表情を陰らせながら姿勢を正した。
『念のため、ってことでな。お前らの耳にも入れといた方がいいと思ったんだよ。トンボの塔で襲ってきたロボットいただろ。ゼンじぃ曰くさ、あれ野良じゃなくてちゃんと持ち主がいるやつらしいんだよ。で、持ち主にロボットぶっ壊れたのバレたら、根に持って仕返しにくるかもしんねぇってさ』
他にもロボット連れてるかもしんねぇしな。だからお前らも気をつけろよって話だ、と広瀬が言い終わる前に、タケルの顔は青ざめていた。お前一番関係ないんだけど、とは言わない方がいいと思う。
反対に危ないはずの縁斬り屋コンビは蛙の面に水を絵に描いたような様で、さっぱり応えていない。聞いて驚け、というつもりで話したわけではないが、ここまでリアクションが薄いとどこか聞こえてない箇所があるのか心配になる。
聞いてたよな、と尋ねようとしたところで紅暁が「なるほど」と頷いた。
「それで血相変えて俺たちを探してたってことですか」
内心バレた、と思ったが、広瀬は白を切る。
『なんだよ、身を挺して隣人の危機を知らせに来たのにお礼もなしか?』
慌てて謝るタケルとは逆に、よく言う、と紅暁は鼻で笑った。
「ロボットに真っ先に狙われたのはお前だろう。確かにあの時、塔付近にいた人間は当初お前だけだったし、お嬢にも襲い掛かってきたところを見ると無差別に人を襲うようにとコマンドされていた可能性もあるだろうさ。だが、最初はお前ひとりを襲うつもりだったはずが、俺たちの介入があったからやむなく目標を変更した可能性だって捨て切れないわけだ」
舌打ちした。その顔には悔しそうな苦笑いが浮かんでいる。
「俺たちもお前らも、あの辺で人影は見なかったろう。これだって見逃したやら双眼鏡なんかで遠くから見られていたやら言われたらそれまでだが、誰によって自分のロボットが破壊されたか、持ち主は知らないかもしれない。仮に何らかの方法で事実を知って弔い合戦に乗り込んできたとしても、こっちはそれを返り討ちにするくらいの腕はある。そちらはどうだろうな。水晶を巻き込むつもりか?」
最後の一言がトドメだった。
完全敗北だなこりゃ、そう広瀬は思った。万歳の格好をして降参の意を示す。
『あぁそうだよ、その通りだ』
呆れかえったため息、
「よくまあ、ここまで武器類の付喪神なしで無事旅ができましたね」
「どこまで一緒に来るの?」
リトル・ミスは、既に同行を了承したも同然な発言をする。そうだなあ、と広瀬は顎に手をあてながら、
『実はまだ、ゼンじぃの頼み事とやらは終わってねえんだ。昨日はさ、お前らと別れたあとあのロボットを屍山まで運ぶの手伝わされてよ。今日は朝からさっきまで、そいつの墓標代わりにってあのでっけえ槍運ばされたんだ。これから埋葬とか経読みとかで忙しいらしいから、次の頼み事まで二日空く。それまで一緒にいさせてくれりゃ、こっちとしてはうれしいな』
「そこまでしたんなら、終いまで手伝ってやればいいじゃないですか」
『一応声はかけたっての。本人がひとりでやらせてくれって言ったんだからしょうがないだろ。よくわからんポイントで意地張るんだよな~あのジジイ。……で、どうなの。ついて行ってもいいんか?』
リトル・ミスは二つ返事だった。紅暁とて彼女がそう言うのなら異存はない。お世話になります、と縁斬り屋とタケルに頭を下げた水晶だったが、マロにとってはたまったものではない。体をぷるぷる震わせて二回までは耐えたものの、最後は力尽きてあらかじめ構えていたリトル・ミスの手の中にべしゃりと落下した。
『欲を言えば、明後日も付き添ってほしいんだけどな』
「そこまで面倒見きれません」
『だよなあ』
ダメもとで言って案の定だったからか、あまり広瀬にダメージはないように見えた。そろそろオレも武器持つべきかな、などとぼやく。
『子供たちには、これからはあんま外出るなって言ったし、親御さんたちにも頭下げてきたから、とりあえずはよしと。ゼンじぃにはおいぼれの心配なんぞせんでええって笑い飛ばされたよ』
リトル・ミスがマロを腕に抱きながら、
「じぃやんらしいなあ」
『あの、その善三じいさんって何者なんです?』
リトル・ミス側は、紅暁が現状をかいつまんで説明した。『つまり迷子か』と言われて、「そう」と悪びれることもなくリトル・ミスは返答する。
残念ながらこれからまた人を運ぶ用があるので、ハーレーたちとはここでお別れとなった。ひとりでに動くバイクに目を白黒させるタケルと、この類は性に合わないらしい紅暁を除いた三人が、走り去っていく二台に大きく手を振った。
今回と次回はこれといった動きがないので、あまり面白味はないのかもしれませんが、ちょこちょこと大事な要素を突っ込んでありますので、どうか見ていただけますと幸いです。




