夢Ⅲ
眠りから醒めるように、目を開けた。
心配気に様子をうかがう老人が、ほっとした表情で溜め息を吐く。
「よく・・・・お戻りになられました」
「・・・・・・」
自分に何があったのか、今一把握できない。周囲を見回して、鏡を目にした途端、何が起こったのかを理解した。
「ご無事で何よりでございます」
「・・・・・・」
なんと返答して良いのかも分からずに、疲れたように老人の顔を見上げている。
「あの・・・・鏡に吸い込まれた人は・・・・」
「おります」
「帰ってこられるのでしょうか?」
「・・・・・・」
静かに首を振る老人。
何故帰ってこられなくなるかは、本当の所は分からない。けれど、推測としては・・・・きっと地獄に捕われた死者の魂が、いつまでもうかばれずに、他の魂を引きずり込もうとしているのだ。そんな気がする。
「これから如何なさいますか?」
「・・・・・・」
「進むことも道でしょう。ですが、お休みになることも・・・・時には道にたどり着く方法となりましょう」
老人の言葉を聞いて、少し意地が悪い言葉だなと、どこかで感じた。
『道にたどり着く』=『光の道』 とは限らない。運が悪ければ、闇の道にたどり着く可能性もある。そう考えてもおかしくない・・・・。
それでも・・・・。
「少し・・・・考える時間と、休む時間をください」
「かしこまりました」
そう。『休む』=『闇の道』とも限らない。
この世界は恐らくひっかけや子供騙しのような、単純なことで道選びとはならないだろう。
「こちらへどうぞ」
階段を登ったときには真の暗闇の世界だと思っていた右側の廊下は、いつのまにか薄暗い程度になっていた。けれど、どこまで続くいているのか分からないほど、窓硝子と扉とにはさまれた廊下は先の先のほうへと続いている。
老人が先を行き、その後に続いて歩き始める。廊下は優しい光が湛えていた。ふと右側に連なる窓の外を眺めれば、青銀の月が、煌々と屋敷の外の世界を照らしている。
「きれいですね・・・・」
足を止めてしばし和んでいると、老人がこちらを振り返り、僕の視線を追って、上を見上げた。
「青色の月を・・・・初めて見ました」
不思議と穏やかな光を放つそれを見て、老人はわずかに後退り、一寸震えが彼の身を過ぎったようだった。
「あれは・・・・月ではありません」
「?」
「・・・・・・」
老人の持つカンテラが小刻みに揺れ始める。
「あの・・・・?」
老人の瞳がこちらを向く。僕はひどく不安になる。一体老人の身に何が起きているのか?
思わず老人に手を伸ばしかけ・・・・。
「お逃げ下さい!」
「お館さま!」
老人の声が同時に聞こえた気がした。
瞬間、光速の如く青い光が、僕の脳を貫いた。
自分の身に何が起きたのか知ることもできずに、ただあの青い光が早すぎたのか、自分の身体が床に堕ちる瞬間が妙にスローモーションで・・・・床との衝撃が発生するまでにどれ位の時間が流れたのか分からなかった。
床にぶつかった自分の身体が、バウンドしてそのまま動かなくなり 僕は目を閉じた。
その最後に・・・・気の所為だろうか? 老人の涙を見た気がしたのは・・・・?




