夢Ⅰ
悪魔の歌う声が聞こえる。
悪魔の誘う声が聞こえる。
この身から魂を引きずり出さんと、群がる悪魔が、一瞬のうちに光に消える。
来イ・・・・
これは誰の声だろう?
二つの顔を持つこの声がひどく不安で、従いたい気持ちと、従うと危険だという気持ちが相反して、この身を切り裂いていく。
「おいで、エヴァンズ」
漆黒の髪を見た気がした。そして、緋い朱い血い・・・・凍える瞳。
「いやだ・・・・」
この手に落ちてはいけない、という拒否反応が・・・・いや、ただの拒否反応じゃない。遺伝子に組み込まれて拒否すべきだという根底からの力に、その声はこの身を誘いつづける。まるで母が子をあやすように、その一方で、激しい脅しを掛け、また時には小さな子供がおねだりをするように、ありとあらゆる誘いの言葉を語り、波の満ち引きを繰り返していく。
「おいで・・・・エヴァンズ・エル=カイル・・・・」
何故、自分の名前を知っているのだろう・・・・?
差し出してくる手を見る・・・・。その手を振り払う。そのつもりだった手を掴まれる。
「いやだ!」
渾身の力を込めた叫びだった。
「抗うな・・・・。時はすでにおまえを見離した。見ろ、この漆黒の世界を・・・・」
指し示される方角を目で追っていけば、すべて暗雲に包まれ、雷鳴の轟く世界が上下左右に、天も地もなく存在している。不思議な光景、忌まわしき世界・・・・。
「ここは?」
「背徳の都。神に見離された世界・・・・」
「・・・・・・」
神に見離された世界・・・・? 神に・・・・?
身体から血の気が引いていく感覚がする。
「エヴァンズ」
漆黒の髪が頬をかすめる。首下に気配を感じて、思わずその気配から逃れる。
「堕ちていけ・・・・このままずっと・・・・」
ふぅっと意識を失うように、フェードアウトしていく世界。
落ちていく、墜ちていく、堕ちていく・・・・。
ふわりふわりと・・・・まるで幼子が空に放してしまった風船のように、どこへ向かうか分からない身が、流されて行く・・・・。
これは夢なのだろうか・・・・? それとも現実?
いや、そもそも夢と現実の違いとは一体なんだっただろうか? その境とは、一体どういう判断で下していただろうか?
夢と現実は、いつもどこか紙一重で、自分が『覚醒』している状態か、そうでないかの違いだけだった。だから、夢の中でも自分が『覚醒』していると思えば、それが『現実』にもなり得る可能性はあるのだ。
現に、人は夢を見たときに、その夢に対する五感や感情を持ち合わせていることが多い。夢に恐怖を感じたり、飛び降りた浮遊感を感じたり、思考したり・・・・。
夢の中でも日常とさほど変わらない・・・・(あるいはもっと奇怪で非日常的なこともあるが)・・・・体験をし、また行動をすることができるが、唯一違うのは、その中で『真の死』を迎えることができない点だろう。恐らくその違いだけで『夢』と『現実』を区別できるはずだ。
しかし・・・・もし仮に『夢』で『真の死』を迎える事ができたのなら、人は『現実』の世界でも、死することができるのだろうか・・・・?




