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ブラック・アウト  作者: 巴 香織(ともえ かおる)
2/11

夢Ⅰ

悪魔の歌う声が聞こえる。

 悪魔の誘う声が聞こえる。


 この身から魂を引きずり出さんと、群がる悪魔が、一瞬のうちに光に消える。


 来イ・・・・


 これは誰の声だろう? 

 二つの顔を持つこの声がひどく不安で、従いたい気持ちと、従うと危険だという気持ちが相反して、この身を切り裂いていく。


「おいで、エヴァンズ」


 漆黒の髪を見た気がした。そして、緋い朱い血い・・・・凍える瞳。


「いやだ・・・・」


 この手に落ちてはいけない、という拒否反応が・・・・いや、ただの拒否反応じゃない。遺伝子に組み込まれて拒否すべきだという根底からの力に、その声はこの身を誘いつづける。まるで母が子をあやすように、その一方で、激しい脅しを掛け、また時には小さな子供がおねだりをするように、ありとあらゆる誘いの言葉を語り、波の満ち引きを繰り返していく。


「おいで・・・・エヴァンズ・エル=カイル・・・・」


 何故、自分の名前を知っているのだろう・・・・?

 差し出してくる手を見る・・・・。その手を振り払う。そのつもりだった手を掴まれる。


「いやだ!」


 渾身の力を込めた叫びだった。


「抗うな・・・・。時はすでにおまえを見離した。見ろ、この漆黒の世界を・・・・」


 指し示される方角を目で追っていけば、すべて暗雲に包まれ、雷鳴の轟く世界が上下左右に、天も地もなく存在している。不思議な光景、忌まわしき世界・・・・。


「ここは?」


「背徳の都。神に見離された世界・・・・」


「・・・・・・」


 神に見離された世界・・・・? 神に・・・・?

 身体から血の気が引いていく感覚がする。


「エヴァンズ」


 漆黒の髪が頬をかすめる。首下に気配を感じて、思わずその気配から逃れる。


「堕ちていけ・・・・このままずっと・・・・」


 ふぅっと意識を失うように、フェードアウトしていく世界。


 落ちていく、墜ちていく、堕ちていく・・・・。


 ふわりふわりと・・・・まるで幼子が空に放してしまった風船のように、どこへ向かうか分からない身が、流されて行く・・・・。

 これは夢なのだろうか・・・・? それとも現実?

 いや、そもそも夢と現実の違いとは一体なんだっただろうか? その境とは、一体どういう判断で下していただろうか?

 夢と現実は、いつもどこか紙一重で、自分が『覚醒』している状態か、そうでないかの違いだけだった。だから、夢の中でも自分が『覚醒』していると思えば、それが『現実』にもなり得る可能性はあるのだ。

 現に、人は夢を見たときに、その夢に対する五感や感情を持ち合わせていることが多い。夢に恐怖を感じたり、飛び降りた浮遊感を感じたり、思考したり・・・・。

夢の中でも日常とさほど変わらない・・・・(あるいはもっと奇怪で非日常的なこともあるが)・・・・体験をし、また行動をすることができるが、唯一違うのは、その中で『真の死』を迎えることができない点だろう。恐らくその違いだけで『夢』と『現実』を区別できるはずだ。

 しかし・・・・もし仮に『夢』で『真の死』を迎える事ができたのなら、人は『現実』の世界でも、死することができるのだろうか・・・・?

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