現実
何かが聞こえる・・・・。
囁き、鼓動、言葉に表すことのできない不協和音・・・・何がこの世界の真実だろう?
この音を聞いているときには、決まって脳に血が回っていないような頭痛がひどい。
深淵に導かれる。
深い深い深い・・・・どこから聞こえてくるのか分からない言葉が、頭の奥を巡っていく。
「・・・・ンズ・・・・」
波紋が落ちる。
ゆっくりと正常に稼動し始める脳が、声を聞く。
「エヴァンズ、どうした?」
肩を叩かれ、急激に視界が現実を映し、友人の姿を現した。
「・・・・・・」
気付くと4時限目の授業はとうに終わっていた。学校の周囲を囲んでいる緑の木々が、午後のやわらかな光に煌き、緑の光り差す室内や外では、学友たちがすでに昼食を摂っている。その中で一人浮いた存在となっていた自分に、気付きもしなかった。
「もう昼飯の時間だぜ。それとも・・・・具合悪いか?」
心配そうにこちらの顔をのぞき込み、何か言うのを待っている。栗毛色の短い髪が、わずかに額をくすぐるほど間近で、わずかに顔をそらす。
「・・・・いや、なんでもない・・・・」
言葉の思考回路がまだ修復していないような感情のない言葉を返すと、友人は少々肩を竦めた。
「なんか・・・・最近多いな、それ」
「?」
友人、フレッド・セイルを見上げ、何のことだと目で訴えてみせると、彼はやけに大袈裟にため息を吐いてみせた。呆れたような表情さえ見せて。
「ぼーっとして、人が声掛けても気付かない。心ここにあらず。ひょっとして・・・・彼女でもできたのか?」
まじめな顔をして身を乗り出すフレッドに、わずかに笑みが込み上げる。それがまったく違う原因などとは、友人には思いもよらないだろう。
「は、まさか・・・・」
「い~や、疑わしい」
一体誰なんだ、と肩を揺さ振る友人に、苦笑して「違う」と弁明しようとして、言葉を失う。
「エヴァンズ?」
フレッドの袖を掴んだまま、まるで瞬時に盲目となったかのように、虚空から視線がはずせなくなる。
震える指先、自分の意に反して動かない身体・・・・誰かに自分の脳を乗っ取られたかのように、ただ寒気だけが身体を支配していく。
「フレッド・・・・」
そうだ。彼はここにいて、彼の袖を掴むこの手は生きている。けれど、なんだ? この身体の底から突き上げてくる、恐怖に似た感情は・・・・?
「頭が・・・・痛い・・」
嘘じゃない。鼓動が鳴るたびに、狭い血管をムリヤリ液体の固まりが通っていくような流れを感じさえする。
「だ、大丈夫かよ・・・・。保健室に行ったほうがよくないか?」
「・・・・・・」
行きたいのは山々だ。どこか横になれる場所があれば、それが今の自分にとって一番良いのだが・・・・如何せん、身体の制御が自分でできないのだ。その内に暗くなっていく景色に、ますます頭痛を感じる。
「エヴァンズ!」
ガタン! と大きな音を立てる椅子。床に落ちかける身体を支えてくれる、フレッドの手。
「だ、誰かドクターを!」
フレッドの大声に、学友たちが振り返る。
「誰でも良いから早く!」
「わ、分かった」
慌てて駆け出したのは、側にいたイースン。
遠ざかっていく足音と、近づいてくる多数の気配。
「エヴァンズ、おい、どうしたんだよ・・・・」
わずかに霞む景色の中に、今まで見たことのない表情のフレッドがいる。心配、驚愕、恐れ、さまざまな感情が入り乱れている。周囲の気配も似たようなものだ。
「貧血か・・・・?」
「いや・・・・」
否定はしたものの、自分の状態がどうなっているか、こちらの方が聞きたいくらいだ。
段々光を失っていく瞳に、ひどい不安を感じる。
「フレッド・・・・?」
恐い、怖い・・・・。一体今の自分に何が起きているのだろう? そう問うたとて、答えるものなどない。
来イ・・・・。
そう、答えるものなど・・・・。
「エヴァンズ・・・・おまえ・・・・」
不安なフレッドの声に、その不安を感応するかのように、胸が痛む。
「視えてるか・・・・?」
「・・・・・・」
最初、その簡単な問いでさえ、理解することができなかった。数度頭の中で反復して、ようやく意味を理解し、首を振る。
「怖い・・・・」
それが、自分で覚えている最後の言葉だった。




