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04-2

ここのもつ鍋は臭みがあまりなく、食べやすい。大抵の場合、もつ鍋といえば焼酎だが、このもつ鍋は日本酒でも美味しく頂くことができた。個人的には臭みの強いもつは大歓迎なのだが、若い女性客に配慮した店だからなのだろう。

高橋さんは、焼き鳥を串から外したり、もつ鍋をよそったり、先程から女子力が高そうな動きをしている。そして、俺とリズは雛鳥のように、食べさせられるがままに食べ、舌鼓を打っている。


「……そんな訳で、私を召喚しませんでしたか?」


高橋さんは、リズの突拍子もない話を意外なほど真剣に聴いてくれた。


「……召喚した覚えはないかなあ。俺は魔法使いでも、大科学者でもないから、召喚はできないよ?

篠田くんがなんとなく、リズちゃんを信じているみたいだから、異世界のことも魔法のことも信じてあげたいんだけど、でもなあ……。」


言われてようやく、自分がリズの事を信じ始めていることに気付いた。

不思議な出来事が続いたから、俺の脳は思考をやめ、信じることに決めたのだろう。


「リズ、とりあえずなんか魔法見せてよ。高橋さんが信じざるをえないような。」

「じゃあ、早速ユーキに性転換の魔法を!」

「それ以外で!!」

「んーと。じゃあ、その飲み物の味を少し甘くしてみるとか……。」

「微妙!」

「えー。ユーキ、ワガママー。どんな魔法ならいいっていうの?」


リズがタブレットPCを取りだし、魔法陣を探し始める。

それを見て高橋さんは急に慌てたように言った。


「っダメだよ、篠田くん!あれ、会社の備品だよね。持ってきちゃったの?プリクラまで貼って!」

そういえば、そうだった。あんまりにもリズが手放さないのですっかり忘れていたが。


「あ、そうだよ、リズ。タブレットを早く会社に返さないと!俺、下手したら懲戒処分されちゃう。」

脇からリズの手の中にあるタブレットPCを軽く引っ張ると、リズはタブレットPCを硬く抱き締めた。


「この白鏡は私のです!」

「いや、これ機材管理シールついてるし、リズのじゃなくて、うちの会社のだよ。ね、後でいいから返してね。高橋さんにお願いして会社に戻しておいてもらうからね。」

「篠田くん、さらっと面倒ごとを……。」

高橋さんが心底嫌そうな顔をしている。


うちの会社ではディレクター以上の権限を持った人は自由な休日出勤(・・・・・・)が許されている。

高橋さんはネットワークプログラマーでありながら特殊技術者権限を持っているので、会社に申請なく出勤して働く事ができたはずだ。その場合もちろん、代休は貰えないが。


リズが裏面の機材管理シールをみて言った。

「なに、この可愛くないシール!?ほら、二人ともよくみて?

ここの法印、ヨルドモ王国立国家魔導師養成女学院の持ち込み許可印なんだから。」


リズの指差すタブレットの裏面中央下部には、五弁の花と蔓をあしらった、やや大きめの刻印がはっきりと彫刻されていた。

ちなみに機材管理シールはタブレットの右上に、俺と撮影したプリクラは左上にペタペタと5種類貼られている。


「もう、ユーキも白鏡欲しいの?あげないよー!っと、あ、この魔法なら、どうかな?」

リズがタブレットの表面をタップした。


「紅の精霊、ラピアリよ、我が呼び掛けに応えよ!彼の酒を可愛く!」


……なんだか少し気の抜ける呪文をリズが唱えると、タブレットから光が高橋さんのビールに飛び……色が黄色からピンクになった。ご丁寧に、表面にうっすら残る泡は濃い赤だ。


「地味だよ!リズ!これじゃ手品にしか見えないから!」

「えー。でもお酒が可愛くなってなんか素敵でしょー?味とか弄ってないから普通に呑めるし。」

「……どうなってんだ?」


お?

意外と高橋さん、びっくりしてる?


「光が、タブレットの輝度を超えて表示されたぞ?あんな溢れるような光が、しかもカーブを描いてコップに吸収されて……光は基本直線移動のはず……

こんな、ゲームのエフェクトみたいな光、現実にあるわけないだろう?光の粒子を放つ何か別の物質が移動した、ということか?

その物質がタブレットから現れた??どういう、理屈だ?それに……」


ぶつぶつと、独り言のように、高橋さんは言う。どうやら色の変化よりエフェクトの発現に驚いたようだ。俺、ゲーム慣れし過ぎて当たり前な気がしてたけど。


「白鏡から魔法が出たんじゃなくて、白鏡の表面に魔方陣を表示させて、そこに魔力をあつめたのよ?」

リズが答える。


「……味は、普通にビールだね。」

高橋さんはビールに口をつけ、味を確かめた後、一気に飲み干した。よく、あんな色がついたビール呑めるなあ。


「……とにかく、呑むか。」

そう呟いて、高橋さんは店員さんを呼び、度数の高い焼酎を瓶で注文した。

あ、現実逃避したな。


「ね、タブレット、ちょっと貸してよ。」


リズはタブレットPCを起動する時、あまり俺から画面の見えない角度にする。

魔方陣が表示されているの画面自体は見たのだが、それがどんなアプリなのか、それとも、本当にタブレットPC自体が白鏡とかいう別のものなのかが気になる。


「えー。だって恥ずかしいもん。」

「もし、召喚とか、異世界とか、そんな事が本当だ、と仮定したとしてだ。そのタブレットはかなり怪しいな。

篠田くんが会社で同起させていたタブレットが、リズちゃんが召喚に使っていた白鏡と同じ個体になってしまっているってことなんだろ?」

「仮定しなくても、本当なんだけど……でも、まあ、そこまでいうなら……白鏡貸すけど、絶対、笑ったりしないでね?」

リズが恥ずかしそうにタブレットを高橋さんに差し出す。


「……側面のロックやボリュームが無くなってる……が、メイン電源は同じだな……。」

「うん、そこ、いつの間にか変なボタンが出来てて。それ押さないと何故か起動しなくなっちゃったの。」

リズが身を乗り出しながら言う。


高橋さんがキーをスライドしてロックを解除する。


「……」

俺と高橋さん二人同時にリズを見た。

リズは俺達から目を明後日の方向にそらした。


「……これはね、あの、送召喚の仮題に失敗して。もとは、素敵な先輩の肖像画だったんだけど、ね?

えっと、送召喚失敗した自分を戒めるために、白鏡に取り込んでね?そう、戒め、戒め。自戒っていうのかな?

えへ。」

リズが可愛らしく舌を出して言ったが、『えへ。』な状況ではない。


「……この小娘、えろっ。ユーキ、気をつけろよ。」

「……俺、危機なんですかね?」

「そんなことないよー!?なんの下心もないんだから!」


高橋さんがロックを解除したタブレットの壁紙は、

【ショートカットの凛々しい少女がうねうねした黒い触手に襲われ半裸になり、恍惚とした表情を浮かべている絵】

だった。


ショートカットの少女がやや俺に似ているのが笑えない。

今夜から寝る場所をちゃんと工夫しよう、そう心に決めた。






「……8ビット機の表示バグみたいになってるな。」

タブレットPCの中を調べようにも、あまりにも壁紙がエロく、作業に支障が出そうなので、まずは壁紙の変更から行う事にしたのだが、設定の画面は見覚えの無い記号と見覚えのある文字がモザイクのように配置され、すっかりバグってしまっていた。


同機種のタブレットPCを個人的に持ってる高橋さんが、先程からぶつぶつと呟きながら作業を進めている。

高橋さんのグラスに、わずかに残っていた焼酎を注ぎ入れ、水割りを作り、レモンを添えてあげた。

俺からの無言のエールだ。


リズも締めの鳥雑炊を皿に取り分け、高橋さんの前にコトン、と置いた。もつ鍋に入っていた大漁の野菜と鶏肉の出汁が米と絡んで絶妙な味わいになっている。

リズがもっきゅもっきゅと咀嚼する横で俺は追加の酒を頼んだ。


「すいませーん、中々もう一つ、ボトルでー。あと氷もくださーい。」

「あ、私もさっきのと同じジュースくださーい。」

リズも俺の注文に乗っかる。


「ついでに食べ物追加しようかな?リズ、お腹まだすいてる?」

「朝、食べなかったしお昼も軽かったからいけるよ!どうせなら私、こっちのデザートとか、食べてみたいなー」

「いいね!じゃ、この季節のアイスクリーム2つ…高橋さんはいらないですよね?と、あと軽く酒呑みながらつまむ用に…軟骨揚げください。」

「この写真のやつもデザートよね?私、これも食べたいなー。」


俺とリズが注文を終えたが、まだ高橋さんは設定をいろいろと弄っているようだ。

仕方がないので二人で雑炊の咀嚼に励むことにした。

新しい酒がくるまでは、殆ど氷だけになったグラスをマドラーで混ぜ、溶けた氷を呑みながら待たなくてはならない。先程高橋さんの前に注いだ焼酎水割りにこっそり手を伸ばし、俺のグラスに半分移し代えた。


しばらくして、高橋さんが、どうにか壁紙を解除すると、背景はエロ触手から青一色になった。


「……入力効かない状態でDoSになるよりはましか……。」

設定画面を閉じ、アイコンを弄りながら高橋さんが言う。


「篠田くん、一応IT会社の社員なんだから、もう少しなんかないの?UI担当的な視点でのアドバイスとかさ。」

「デザイナーに知能を求めないでください。うちの大学、第二外国語どころか英語の授業も無かったですよ。数学なんて高校生になってから触ってません!」


うちの大学の油絵科は何故か一般教養が必修ではなかった。必修にしたら留年者が続出してしまうからだろう。


「数学は高校の授業にあったと思うけど……。

まあ、いい。ほら、プリインとうちのゲーム意外にも沢山アプリ入ってるけど、どれか見覚えある?」


高橋さんの指差す先には、少しづつ形状の違う魔方陣を模したアイコンがずらっと並んでいる。


「これは簡易魔法陣よ?触ると魔方陣が開いて、魔力を込めて印をなぞると発動するの。印の補佐として、詠唱を使ったりすると威力が上がるわ。精霊クラスと、属性神あたりは大抵こっちでいけるの。

それと、そっちのは大神系とか、複雑な魔法陣を詰め込んだやつ。使いたい魔法陣を選んで……で、この魔方陣を参考にして、起動陣を自分の魔力に合わせて描いて……白鏡に詠唱見本と結印見本が書かれてるからその通りに詠唱しながら結印して……ま、白鏡使わなくても、暗記してる魔法もあるんだけどね?」

リズがアイコンをタップすると魔方陣がいくつも表示された。あちらの世界の文字だろうか?魔方陣にはそれぞれ、横に細かい記号が並んでいる。

そのうちの一つを選び、タップすると魔方陣は拡大表示され、リズは光るペンでコースターの裏面に写し取った。

あっという間に美しい魔方陣が描かれ、コースターが青白い光を纏いながらぼんやりと明滅を始める。その上に丸めたお手拭きをのせ、再びタブレットをタップしながら呟くようにリズが詠唱を始める。


「猛々しき白の神姫、ホルティアよ、我が呼び掛けに応え、彼の物を憐れみ幻惑の魂と白き翼を与えん!」


詠唱しながら右手でタブレットを陰陽印を切るようになぞる。結印と言っていたのはこれの事なのだろう。詠唱に合わせ、より深く呼吸するようにコースターとお手拭きを光が包んでいく。


仕上げ、とばかりにリズがタブレットを叩くと、くしゃくしゃに丸められていたお手拭きが光に溢れ、飛行機のGのような圧力が俺達を押さえつける。

もつ鍋屋の半個室のカーテンが大きく巻くれ上がる気配がした。



クルックー



……お手拭きが白い鳩になった。



「リズ!大魔法っぽかった割に地味!」

「ええー!?折角の大成功なのにそんな評価!?無生物を鳥に変えるって上級魔法なのよ!?幻術だけど!

ほら、この円らなおめめと、ぷっくりホクロが愛らしいでしょ?」

「とにかく、鶏料理屋で生きた鳥はいろいろ不味いから、消して、消して!」

「そうなの?ま、うちの世界でも飲食店魔法禁止だもんね。

……ホルティアよ、願い叶えられた。全て元に戻らんことを。解呪。」


鳩がお手拭きに戻った。

そして、巻くれあがったカーテンの向こうから、沢山のカップルからの拍手が巻き起こった。


「……お前ら、二人とも頭、相当悪いだろう。

さっさと飯喰って、俺のうちに行くぞ。急げ。」


高橋さんの口調が乱暴…怒りの気配を感じます。


リズと俺は急いでデザートを食べた。

高橋さんはただただ無言で焼酎を空にしていた。

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