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04-1

「えっと、初めまして?」


高橋さんがいつになく戸惑っている。

初めまして?


夜七時半、冬の太陽はあっという間に沈み、あたりはとっくに暗くなっていた。再開発真っ只中の中目黒駅には小さな改札口が一つしかない上、これといった他に目印がないため、常に待ち合わせの人達で混在している。

高橋さんは改札を出てすぐ、売店の前のずいぶん解りやすい位置に立って待っていてくれていた。高い伸長に、やや細身の黒いコート。薄いフレームの眼鏡がよく似合う。ただし、手に見慣れた黄色にペンギン柄のビニール袋を持っていた。

まさか、わざわざ薄い本をあの袋に詰め替えてくるとは思えないが、警戒が必要だ。


高橋さんは、俺の背中からおずおずと顔を出したリズを見て、かなり戸惑った表情を浮かべた挨拶をしてから、俺をつつき、リズに聴こえないように耳打ちをしてきた。


「ね、篠田くん?これは、どういうこと?」

「あれ?高橋さん、知ってるんじゃないんですか?あの、ご褒美の……」

「いや、黒リズだよね?そっくりすぎるんだけど、あの子、どうしたの?この短い期間に。」


?黒リズ?


「リズはリズですけど……?」

「……なるほど、なんか、訳アリだから個室、ね。話は店で聴こう。

えっと、篠田くんの会社の同僚で高橋です。君のお名前はなんていうの?」


高橋さんが声の調子をいつも通りに切り替え、リズに声をかける。


「初めまして!タカハシ博士ですよね!

私、リザベード・ヴェルガー、ヨルドモ王国から来ました!」

「あ、……うん、とりあえず店、行ってからね。もつ鍋だけど、平気かな?」


高橋さんは駅の人ごみをするり、と抜け、俺達をエスコートするように歩きだした。先程までイベントでZ指定な薄い本を物色していたとはとても思えないスマートさだ。

そういえば、ちゃんとシャワーを浴びてきてくれたようで、例の臭いもしなかった。


「高橋さん、ちゃんと、シャワー浴びてきてくれたんですね。」

「……う。ま、まあ、あんなに言われたからね……。」


高橋さんは俺から目をそらして言った。

こんな下っ端な後輩の言う通りにしてくれるなんて、やはりいい人なんだなあ。


「……同類の気配がします。」

リズが小さく呟いた。




店は中目黒駅から程近く、まだ新しい三階建てのビルの中にあった。もつ鍋の割にかなり女性客を意識した清潔な店内は男女の客ばかりで非常に混雑している。

そこの二階、半個室になった席へと通された。


「こういう日だからね、カップルだらけだ。当日で予約とれて良かったよ。」

高橋さんがコートを掛けながら言う。


「こういう日?なんの日ですか?すごく人が多いし、何かのお祭りかなー?とは思ってたけど。」

リズは四人掛けテーブルの奥に席を取った。隣に俺が座り、向かいに高橋さんが座る。


「こういう日っていうか、クリスマスイブだよ?リザベードちゃん……リズちゃんって呼ぶね、クリスマスのこと、うっかり忘れてたのかな?」

高橋さんが柔和な、よそ行きの笑顔を作りながらリズに話しかける。会社での俺への態度とはだいぶ違い、なかなか胡散臭い。

リズはキョトンとした表情を浮かべている。そうか、説明してあげなければ。


「リズ、クリスマスってお祭りがあってね?今日はその前の日なんだよ。

クリスマスは神様が死んだ日で、赤くて可愛い服を着た女の子がプレゼントを配るんだ。」

「何その奇妙な祭り!どんだけ神様嫌われてるの!?」

「えっと、篠田くん?クリスマスの解釈おかしいから。

ま、日本では恋人同士がプレゼントを交換するお祝いの日、だよね。」

「……ゲームのアチーブメントの景品が沢山もらえたり記念品が手に入るだけの日です!」

「篠田くん、君、クリスマス中止のお知らせ、作ったりしてるでしょ。」


今年は、作ってないです。忙しくて。


「俺、全然クリスマスに縁が無いんです!彼女とクリスマス過ごすとか!イチャイチャしてるやつら、爆発しろ!ですよ!」


高校までは何の疑問も持たず、家族と過ごしていた。大学の時は、アルバイトの稼ぎ時だと深夜過ぎまで働いて明け方に泥のように寝た。

社会人になり、二回目のクリスマス。去年は家から一歩も出ずに絵板に張り付いていたなあ……。


ふと見ると高橋さんとリズが二人して同じ表情で俺を見ていた。


「なんで、篠田くんはああなんだろう……。あの顔なのに。」

「……さっさと女の子になっちゃえば全て解決する気がします!」

言いながらリズが、光るペンをサッと取り出す。


「あー!ここでそれは止めて!」

「店員さーん、生2つとグレープフルーツジュースお願いしますー。」

俺がリズからペンを奪い取っている間に高橋さんは勝手に飲み物を注文してしまった。

俺、あそこに飾ってある日本酒が呑みたかったのに。


「最初は、生にしとけよ、乾杯ずれてめんどくさいだろ。さ、これ被って、リズちゃんともっとくっついて……。はい、チーズ。」


高橋さんは手際よく、黄色のビニール袋からサンタの赤い帽子を出し、俺の頭に乗せ、写真を撮った。

写真の中ではウッカリ笑顔を作ってしまった俺とリズが仲良く並んでいた。


ポチポチと携帯を弄りながら高橋さんが言う。

「はい、クエスト一個目クリア。カラオケ行かない代わりに、篠田くんのコスプレ写真送れって皆に言われててさ。」


なんだ、それ。クエストって。


「ねえ、なんでユーキ、彼女とか彼氏とかいないのかな?人気、あるんじゃん?」


彼氏はいたらおかしいだろ。


「……うちの姉ちゃんにはいつも『あんたと付き合うのは変態(マニア)変態(コレクター)しかいない』って言われてた。」


「……あー。大丈夫!変態は想像以上に沢山いるから!」

「姉ちゃんいるのか!!すぐに紹介しなさい!!似てる?何歳!?」


リズ、それまったくフォローになっていない。

高橋さんは要点無視してるし。


「おまたせいたしました!こちら、生のお客様……」

そうしているうちに飲み物が来た。


「メリークリスマスに乾杯!!」

そして、やや、やけくそぎみな俺の声が賑やかな店内に響いた。

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