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03-1

枕が硬い。

布団もいつもより薄くて、なんだかごわごわする。


そうか、昨夜は会社に泊まったのか。

また、俺の席の下で身体を丸めて寝ているのか。


……まだ、眠い。

まだ、まだもう少し……。


……¶§÷‡Ω§‥±‐¶‡‰″∨∫……


歌い囁くような、聞き覚えの無い言葉が朦朧とした頭に入ってくる。


ぼんやりと瞼を開けると、部屋の中央で光に包まれた少女がいた。足元には白く呼吸する魔方陣。魔方陣の中央には何やら……白い、布?

少女が左腕に抱えたタブレットPCをなぞると、その白い小さな布は、ふわりと空中に浮かび上がり、一度強く輝いてから、魔方陣に吸い込まれていった。

直後、押し返されるように魔方陣から粉々になった白い布が吹き出した。

白い布はふわふわと光りながら宙を漂い、少女は光の珠に囲まれて、まるで、天使のようだった。


「……あ、あれ?リズ?」


俺が呟くとリズがこちらを振り返り、驚いたような顔をした。

が、俺はすぐ、引き摺り込まれるような重い微睡みの中に沈んでいった。



再び、俺は浅い夢を見ていた。

白い光に包まれた樹里さんが困った顔をして浮かんでいる。

天使になってしまったのかな?何故、ここにいるんだろう。


「おかえり、樹里さん!会いたかった!」


俺がそう叫ぶと樹里さんは、


「……あなたの言葉がわからないの」

と眉をさらにしかめ、呟き、ふわりと俺の前に降り立った。


そして、あの(・・)時と寸分違わない妖艶な表情を浮かべ、俺の頬にその柔らかい指で触れた。

顔がどんどん近くなり、樹里さんが口を大きく開く。

舌に描かれた魔方陣が白色に輝き、艶かしいピンクの舌が口の中に挿入してきた。


舌と舌が触れあい、頭にピリッと衝撃が走る。驚いて眼を開くと、そこにリズの顔があった。


「……リ、リズ……?顔、近い……。もしかして、寝顔、見てたの?」

「ん。ユーキがあんまりにも変な顔して、樹里さんー、樹里さんー。って言うから。」

「俺、寝言言ってた?……そういえば、すごく久しぶりに樹里さんの夢を見ていた気がする。」

「……やっぱり、樹里さんの夢、見てたんだ……。」

呟くような小さな声でリズが言う。


「……っとにかく、おはよ!もう朝だよー。私、どーしてもお洋服が欲しいの!お買いもの行こう!そのあと、タカハシさんの基地ね!」


高橋さんは基地は持ってないと思うが、会わなくてはならないことは確かだ。ついでにこの子を引き取ってもらいたい。

俺は、寝癖のついた髪の毛をかきあげながら、カーテンを開いた。


「へー、窓の外に小さな部屋があるのね!」

「うん、あれ、ベランダって言うんだ。」

「」

リズが固まった。よし、機会があればロマーリオも見せてやろう。


窓ガラスを開け、空気を入れ換えようとしたが、サッシに何かが挟まっているのか、うまく開かない。


「?なんだ、これ!?」

挟まっていた白い布切れに手が触れた瞬間、脳がイメージに溺れるように、思考が停止した。

辺りが急に白い世界になり、溢れるようなイメージが流れ込んでくる。


これは……魔法?本当に……?

リズの仕業なのか?リズは、魔法使い、なのか……?


リズが科学の世界に迷いこんだこと。

そこで騎士に助けられ保護された、ということ。

リズを召喚にした科学博士に会いに行く予定だから安心してほしい、でもそちらの世界からも助けてほしい、ということ。

それから、お父さん、お母さん、愛しています、必ず生きて戻ります、という決意。


全てのイメージが流れ終わると、途端に白い世界は霧散し、もとの俺の汚い部屋に戻った。


「いまの……なに?」


すると、真っ赤な顔をしたリズが、俺の手にあった布を奪い取って言った。


「昨夜、お父さんとお母さんに送った『概念』の切れ端!恥ずかしいから触らないで!」

「恥ずかしいの?むしろ、凄いと思うけど……ね、もう一回触らせて?」

「絶対ダメ!」

リズは布を後ろ手に隠しながら叫んだ。


そんなに嫌なら、無理にとは言わないけど……。


「……私が通ってきた世界への穴を利用して、布に染み込ませた『概念』を送ったんだけど、やっぱり粉々になっちゃった。小さな切れ端でも届いてたらいいんだけど。」

「世界への穴、なんてものがあるんだ。その穴をうまーく通って戻れないの?」

「よっぽどうまくやらないと、戻れないよ。私が通って来ることで空いた穴だからね。

私の『存在』とぴったりおんなじサイズなの。少しでも壁にぶつかったらこうなっちゃう。」


リズは手をヒラヒラとさせて、おどけてみせた。

つまり、さっきの布切れのようになる、ということだろう。


「じゃあ、丈夫でリズより少し大きなモノを沢山送って、穴を広げらんないかな?」

「大きなっていっても『存在』だからね。召還、送還の魔法って、使う人と関係の深いものしか送れないし。『存在』がそれなりに大きいもので、私と関係が深くて、で、丈夫そうなものっていうと……。」

リズが悪そうな表情で俺を見て、ニヤリと笑う。


「……やだよ、粉々は。」

「こっちの世界で仲のいい人を沢山作って、みんな世界の穴に押し込む、とかしたら、私も立ち直れない気がするからしないよ?」

「新しいタイプの殺人鬼だ……。」


リズはタブレットPCを起動させ、小さな魔方陣を表示させた。

そして、もごもごと呪文を唱え、魔方陣をタップする。

すると、リズの手の中にあった布切れが浮かんで燃えあがり、消えた。


「それ……、どうなってるの?」

「ああ、これはね、この白鏡(・・)って、私の世界の人気アイテムでね?中に沢山の魔法陣を記録しておけるの。複雑な魔法だと、ちゃんと紙に起動用の魔法陣を書かなきゃいけないんだけど……。

簡単な魔法陣だったら、ほらっ、こうやって書いてある通りに詠唱して、書いてある通りに印なぞれば発動できるのよ。すごいでしょ!」


リズがタブレットPCのアプリ画面(・・・・・)に表示された魔法陣をなぞり、何やら呟くと、ゴオッと室内を突風が襲った。

カーテンが強くはためき、クロッキー帳のページがバタバタと捲れあがる。


「さて、お買いものに行かなきゃね!」


もう、なにがなんだか、わからない。俺の許容量を超えた出来事が連続して起こったため、脳はパンクしそうだ。

とりあえず、高橋さんに早めに話を聞きに行きたい。


「お買いものなんだけどさ、高橋さんに会ってからでいいんじゃないかな?もしかしたらそこですぐに帰れるかもなんだし。」

どうせ、荷物持ちになるのは俺なんだし。


「どうしてもすぐに買いたいの!!」

「なんで?まだ服屋どこも開いてないよ?」

都内の服屋は大抵午後からだ。こんな時間に買い物に行っても、店を選べない。


リズの顔がみるみる朱に染まり、顔を俯けて大きな声で言った。


「……ぱんつ!」

「へ?」

「召喚魔法では、魔法を使う人と関係の深いものしか使えないの!私には、この白鏡と、ワンピースと、ピアスと、ポケットに入れてたペンと、転陣紙と……。

あと、パンツしか無かったの!送れるのがパンツしかなかったから、今、履いてないの!!」」

「……そりゃ大変だ!」

俺はリズのミニスカートから伸びる長い足を眺めながら呟いた。

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