02-2
「豚ラーメン肉大盛り、汁増しニンニク抜き固めで。」
メニューを持って来た店員さんに、受け取らずに注文をする。
一階が食べ物店舗だと「G」が出ると聞き、自分の家で食事をする事はほぼない。その為、この店では常連を越えた「ぬし」のような立場になってしまっている。
「もう夜なのに肉大盛りなの?……ホントに男の子だったのね。」
「替え玉もいっちゃうよ?今日は夕飯食べ損ねてお腹すいてるんだ。」
「奇遇。私も宿題してて夕飯食べ損ねたの。」
肩を竦めてからリズさんは再びラーメンをフォークでクルクルと丸め、口に運ぶ。さっきまでとはだいぶ違い、なんというか、普通、な雰囲気だ。
「さっき通ったときは中に居ないように見えたけれど、どうしたの?」
「……最初は、店の奥の方にいたから。でも、ちょっと風景を眺めようかと思って移動したの!別に、なんとなく、だよ。」
リズさんは顔を赤らめたまま、俺から視線をそらす。
「……そっか。早く見つけられなくて、ごめんね?」
「ばっ!そういう事じゃないのよ!勘違いにも程があるわよ!」
さらに顔を真っ赤にして、あたふたと否定する。
ナニコレ……まさに、テンプレ通り。
いいもんみたなあ。
最初は怒りのまま飛び出したため店内奥に隠れていたが、しばらくして俺に見つけて欲しくなってきて、窓際の席に移動した、ということだろう。
テンプレ通りなら、ここで頭を撫でて、ポッとかなってしまうところなんだろうが、俺にそんなスキルはない。
「……っそれよりも!」
リズさんが話を続ける。
「ごめんなさい。私、少しね、反省した。ちゃんと話とか冷静にしないと、わかんないよね。
あの、あなたがあんまりにも、歌劇団の騎士様みたいだったから、ちょっと興奮しちゃって……。
それで、多分……間違いなく迷惑をかけるんけど、今頼れる人はあなたしかいないの。
私はきっと、いろいろと常識がおかしくて、それは理由があるの。
説明するから、最後までちゃんと聞いて?途中で怒ったりバカにしたりしないで?……全部本当のことしか言わないから。」
真剣そのものの瞳でこちらを見つめて訴えかける姿に、俺は首を縦に動かすことしか出来なかった。
「私はね、多分……異世界から来たの。」
リズさんはゆっくりと言葉を紡いだ。
「そんなっラノベじゃないんだか……」
「ちゃんと聞いて!……約束したよね?ちゃんと最後まで聞いてね。」
俺は無言で頷いた。
「私……異世界に来ちゃったんだと思うの。だって、気がついたら目の前にあなたがいたし、知らない場所だった。
沢山の道具と沢山の机が並んでいて、全部見たことがない形と素材だった。家で魔法の宿題をやってたはずなのに……。
言葉も通じないし、急に引っ張って連れてかれて、知らないものと知らない場所だらけで、本当、ここって、科学世界みたいだ、と思ったの。
人を沢山乗せて走る大きな車みたいなものや、馬も無しに走る車みたいなものとか……。」
……車だな。それと電車。
「お店のドアも勝手に開くし、服は魔力を感じないのに軽いし、靴は変な素材で、靴下はピッタリして長いし。」
ミニスカートにオーバーニーソックスは、完全に俺の趣味で選ばせてもらった。
「……それに、あなたの部屋にあったあれ、科学機械式巨大鎧の操縦装置よね!?
他にも沢山の機械の箱とか、積み上げられた円盤とか!
あなた、機械鎧の騎手様なんでしょ!?」
……鉄塊。
「あれは、本物のコクピットじゃなくて、ただのゲーム機なんだけど……。」
「ゲーム?ゲームで機械鎧を動かしてるの?命をかけたゲームってやつ?」
「実際に死んだりはしないよ。オンライン対戦……。ゲームの中の世界で他の人と戦ったりはするけど……。」
「異世界空間を利用した模擬戦闘なのね!カッコいい!そういうの、本で読んだわ!
その異世界空間に渡る技術で私を元の世界に戻して?お父さんとお母さんに何も言わないで来ちゃったの!」
「え!?異世界空間じゃなくてゲームのデータの世界だから。ゼロイチの世界。実際に入り込んだりするわけじゃなくて、映像だけだよ。」
その映像も某C社のデザイナーさんとかによって造られたものだし。
「んー。よくわかんないけど、異世界の映像を表示できるのね。家に無事を知らせたいから、あの機械、ヨルドモの私んちにつなげらんないかな?あ、うちじゃなくてもヨルドモならどこでもいいから!もしダメならあの機械作った人と連絡とれないかしら?」
「え、えー……。C社に知り合いはいないなあ……。
それに、一応、俺、ああいうやつ作る関係の仕事に携わってるんだけど、そういうのはちょっとジャンルが違うと思う……。Skypeとか近いのかな?いや、違うよな??」
「携わってるの!?やっぱり機械鎧騎手様なのね!?」
「違うよ!」
「はい、篠田さん、豚ラーメン一丁!」
と、目の前にラーメンが置かれた。
なんだか会話がまともに成り立たない。もう、いろいろ後でいいや。腹減ったし、今はラーメンにしよう。
割りばしを二つに割ると、リズさんが不思議そうな顔をした。
「それ、そうやって割るんだ。なんかすごいね……あ、挟むんだ。器用なのね。……!?吸い込むの?へー、スプーンは受け皿みたいに使うのね。」
「やめてー。すごく食べにくいから。」
リズさんはすでにラーメンを食べ終わっている。
そういえばフォークで食べてたな。
「ふーん。ま、いっか。
それと、さっきね、この紙束見てたんだけど、あなた絵がすっごくうまいんだね。自分で描いたの?」
「ありがと。一応美大でてるから。」
ラーメンを飲み込んで答える。
このB全クロッキー帳には、主にクロッキー会での人物クロッキーが描いてある。
小さなクロッキー帳にクロッキーをしてもあまりデッサン力はあがらない。小さな紙には簡単に綺麗に描けてしまうからだ。
「……で、このページなんだけど」
「っぶっほぅ!!」
リズさんが開いたページを見て、俺は鼻からラーメンを吹いた。
「ちょっと!その顔で鼻から食べ物出さないで!」
ティッシュで鼻を押さえ、手で覆いながらラーメンを引き抜く。二本出ていた。
「なんだかゴメン!ていうか、それ……。」
「……これ、私?」
クロッキー帳のそのページには【ぼくのりそうのおんなのこ】、今回のキャラデザであっさり没になった……。
偶然にも、リズさんそっくりな女の子のイラストが描かれていた。
恥ずかしい。
むしろ死にたい。胃の上あたりに何かがイガイガとこみあげてくる。
もう10ヶ月も前。立ち上がったばかりのゲームプロジェクトチームで、マスコットキャラクターを出す話が持ち上がった。
その際のデザインチーフの「やってみる?」の一言で、俺がキャラクターデザインをしてもいいことになり、興奮しすぎてうっかり描いてしまったイラストだ。
気合いが入り過ぎて「このゲームのためのマスコット」ではなく「ゲームに出したい可愛い女の子」になってしまい、周囲の評価は散々だった。
『地味すぎてモデリングが辛い』
『華が無すぎて埋没する』
『黒背景が基本のゲームに黒髪黒目黒服のキャラってどうよ』
『思い入れが強すぎてキモい、むしろ恐い』
……最後のは高橋さんだ。
経験を積んだいまならわかる。
これはただのイラストだ。キャラクターデザインではない。
当時の自分を思い出して悶絶する。
デザイナーとして失態をさらしただけでなく、自分の好みのタイプを大声で叫んだようなものだ。
「……すいませんでした。あの時の俺は未熟だったんです……。もう二度と同じ過ちは犯しません……。」
「え?ちょっと、なんで謝るの??
あ、あ、あ、そんなに頭下げたら髪の毛に汁がついちゃうー!麺、おでこに貼り付いてるよー。油臭い!」
「臭い、ですか、ソウデスヨネー。
あんな落書き得意気に持ってきて、駄目で薄気味悪い同人野郎の硫黄臭がしますよねー。」
「あ、あれ?翻訳魔法がうまく働かないのかな?なんか言ってることがさっぱり理解できないよ。
おーい、ねー。えっと、バカタカハシー?」
バカタカハシ。
俺の描いたデザインを見て、ニヤリと笑ったあの表情は今でも忘れられない。
それを見て、俺は自分の失態を悟ったんだ。
「……高橋じゃないよ。さっきも言ったけど、俺の名前は篠田裕紀。
高橋さんは俺の仕事場の上司だよ。ていうか、知り合いじゃないの?高橋さんと。」
「?誰?タカハシさん?
私、この世界では、あなたとしか会ったことないけど?」
「あれ??高橋さんの企みで俺と会ったんじゃないの?高橋さんに『大事に育ててよ、その子』って言われたよ?」
「えー?……じゃあ、もしかして、タカハシさんって、異世界空間を渡る魔法と電波の科学博士!?」
「うーん、それは……いや、でも、確かにネットワークプログラマーだから少し近いような気もするけど……。」
「その人に会いたい!私を召喚してあなたに託したかも知れない人なんでしょ?もとの世界に戻してもらえるかも!」
うーん。
確かに高橋さんは仕事のできる人だけれど、召喚、とかそういうのは違う気がするけどなあ。
電波な科学博士ってイメージはあるけどさ。
「とにかく、今はもう電車ないから、明日、会いに行こう。」
店員さんに替え玉をお願いし、再び豚肉にかぶりつく。
魔法がどうこう、とかそういうわけのわからないことは置いておいても、とりあえず高橋さんに話を聞かなくてはならないだろう。
俺の横でリズさんは、相変わらず俺の描いたイラストを眺めている。
俺も細部までは覚えていなかったため、再びじっくりと観察した。
当時の甘い思い出が、甦ってくる。
「……でもやっぱり、どうみても私、だよね。服の裾のレースの透かしも、このピアスも、おんなじ。」
「うーん。でも、それはリズさんじゃないよ。その絵にはモデルがいるんだ。」
「そうなの!?その人、私にそっくりなの?」
「見間違える、という意味では似てないし、その絵にはむしろリズさんの方が似てる。多少アレンジしてるからね。
でも、リズさんを大人っぽくして、派手にしたような感じの女性だったよ。」
「……だった、の?
……もしかして、恋人だったの?」
俺はうまく答える事ができなかった。
恋人、では無かったように思うが、そうではなかった、と言い切るのも少し悲しい気がしたからだ。
「……そう。彼女のこと、なんて読んでたの?」
「……樹里さん。」
今でも名前を口にしただけで胸の奥が痺れるように痛くなる。
樹里さん。
小さな声でリズさんが呟く。
「じゃあ、私のことはリズって呼んで!」
「どこがどう繋がってそんな話になったのかさっぱりわからない!女の子を呼び捨てなんて、俺、そんなにレベル高くないから!」
「いいの!とにかく、リズって呼びなさい!あなたのことはユーキでいいよね?」
「えー。篠田さん、でお願いします。」
「ユーキ!」
年下に呼び捨てされるのはなんだか嫌だなあ……。
でもダメだって言ってもこの子、ガンコそうだしな。仕方ないか。
替え玉が投入され、またラーメンを食べはじめた。
俺が食べている様子をリズはしばらく見ていたが、飽きたのか、タブレットPCを起動させはじめた。
「……ところで、あのね?この世界って飲食店店内魔法仕様禁止?」
「……魔法なんて無いから。」
「無いの?魔法。へー!大変だね。」
ふーん、といった表情でタブレットの表面をなぞる。
タブレットにはインストールした覚えのない魔方陣風のイラストが浮かんでいる。
「氷の女神、カミラに捧ぐ!我の示す先に氷塊を!」
リズが目の前の氷の溶けたグラスを指差すと、タブレットから光が跳んだ。
「!?ナニソレ!?」
光はコップにぶつかると、中の水を全て凍らせ、真っ白に変えた。
「あれー?なんか、弱い……。柱を創るつもりで魔力こめたのに。
なに?口、パカパカさせて。バカな魚みたいだよ?」
「……今の!魔法?まさか、本当に?」
「うん、魔法だけど。その様子じゃ、こっちではあんまり人前で使わない方がいいみたいだね。」
俺は無言のまま、首を縦にブンブンッと降った。
あんな事が出来るなんて知れたら、何かしらの事件には巻き込まれるだろう。
それから替え玉を食べ終わるまで何もしゃべらなかった。
リズはタブレットを弄りながら考え事をしているようだったし、俺はしゃべれるような心の余裕がなかったからだ。
まだ、魔法、とかってものは信じてはいないが、なにかしらの不思議な出来事に直面していることは確かだ。
リズの分もまとめて支払い、店を出た。
ダウンジャケットと靴下を渡したが、靴を忘れていたので、おんぶしながら家に戻った。
「……私のベランダ様は、男の子なんだね。」
リズを背負いながらを階段を昇っていると、小さな声でそう呟いたが、聴こえなかった事にした。