13-2
ミーティングの終わりに、石川ディレクターから手順についての説明があった。
今回、解りやすいように、魔力吸収用の指譜に使う曲と、送還魔法用の指譜に使う曲は、『オデュッセイアの黒』を使用する。
まず、俺とリズで、魔力吸収用の指譜を作成し、起動魔法陣を魔力提供メンバーの人数分用意する。その間に樹里さんとサウンドメンバーで昨日やり残した同梱サントラのレコーディングを行う。
次に、俺とチームのプログラマーが、魔力吸収用の指譜をプレイしやすいように曲にあわせてゲームデータ化する。
リズと樹里さんは魔力吸収の詠唱用に『オデュッセイアの黒』の歌詞を変更したものをレコーディングし、サウンドプログラマーがゲームデータに組み込み、簡易的に遊べる状態にする。
また、送還魔法陣用の詠唱も併せてリズが樹里さんに教え、樹里さんはそれを覚える。
その後、魔力吸収のピアスを俺が身につけ、魔力提供メンバーから魔力吸収魔法で魔力を集めつつ、俺自身は送還魔法の結印を行い、樹里さんが詠唱でサポートする。
充分魔力が集まり、結印と詠唱が終わったら、送還魔法陣に魔力を注ぎ、リズを元の世界に返す。
「はい!じゃあ、解散!
魔力を提供してくれるメンバーには、準備が整い次第、デバッグルームに再度召集します!
他にも魔法使えそうな音ゲーマーがいたら石川までメールなりなんなりください!」
石川ディレクターがそう言うと、俺はチーム員に囲まれてしまった。
「魔法使いって!?まあ、篠田ならなりかねないけど……」
「魔法少女を召喚するバグッてなんだよ……ああ、篠田くんが仕込んだのか。ならなあ……」
「なんで『黒リズ』がここにっ……あの篠田さんだもんね……」
俺が説明する前に何故かみんな納得していく……楽でいいのだが、なんだか俺が納得いかない。
「ユーキちゃんのファンタジスタっぷりは衆知の事実だからね?
ユーキちゃん、説明が済んだならリズちゃんとレコーディングルームに行くよ?
リズちゃんは歌姫のマネージャー扱いなんで製作室に入れないから。」
いつのまにか石川ディレクターが横に来ていて、そう言った。石川ディレクターの後ろにはリズが控えていて、さらに後ろでは樹里さんが、虚脱している高橋さんで遊んでいる。
すると、リズが俺に手を伸ばし、チェックの長袖シャツの袖口を引きよせた。袖口を握る指が俺の手へと動くのを感じ、急いでリズの頭上に避難させる……職場で、しかも同僚たちの目の前で、女の子と手を繋げるわけないじゃないか!
ぽんぽんっとリズの頭を軽く叩き、みんなから逃げるように3階のレコーディングルームへと向かった。
「さっきね、みんなに会う前、少しの間だけ、樹里さんと二人きりになったの。」
レコーディングルームの外、防音扉の一枚目と二枚目の間のほんの小さなスペース。
リズは魔力吸収の結印の図解を書き終えて俺に手渡しながら言った。
レコーディングルームとモーションキャプチャールーム、それから外部デバッガー用デバッグルームを配するこの3階フロアは、セキュリティにうるさいこの会社内で唯一の、外部の人間が直接製作に関われるフロアでもある。
重い扉を隔て、隣の部屋では今頃、サウンドディレクターが指揮を執り、石川ディレクターがチェックする中、樹里さんのサントラ録音が行われているはずだ。が、俺たちのいるこの小さなスペースは、全くの無音で、呟くようなリズの声でさえ、はっきりと耳に届いた。
俺は受け取った図解を眺め、『オデュッセイアの黒』を頭のなかに流しながら、指譜を押しやすいように配置するにはどうするべきかイメージしつつ、話を聞く。
話をしているリズも、サラサラと30枚近い紙束に魔力吸収の魔法陣を描きはじめた。
「それでね、なんで私を送還するのに、協力してくれるのか、聞いてみたんだけど……結局、よくわかんなかったの。」
「樹里さん、何て答えたの?」
「『私、今、新しい罠を仕掛けてるの。ライバルに負けないように。』」
……ライバル?さっぱり意味がわからない。
「それだけ?」
「ううん、それで私、『罠って、ユーキを捕まえてペットにする為の罠ですか?』って聞いたの。
そしたら『ユウキだったらもっと簡単な罠で大丈夫。あの子、素直だから。』だって。」
……俺、流されやすいもんなあ。
「それと、『リズちゃん、10ヶ月前の夜はね、ユウキは結局冷蔵庫の中漁って呑んで寝ちゃったのよ。
私も呑みすぎたから、休んでから食べようって思ってとりあえず寝たら、朝、二日酔いな上、すっごく顔が浮腫んでて。
可愛い男の子にこんな顔見られたら死ねるって思って、ホテル代だけ置いて出ちゃったの。
だから、何も手は出してないわよー。』……だって。」
「なっ!?」
リズがもじもじと顔を赤らめながら、衝撃の事実を語る。
「……そっかあー。このまま行ったら魔法使いだなあ……俺。卒業したと思い込んでたけど。」
「うん?魔法使い?ユーキはもう半分くらい魔導師だよ。結構な大魔法、使えたんだし。」
「もう半分くらい魔法使いなのかあ……あと6年だもんなあ……。」
つい、作業の手を止めて、遠い目をしてしまう。
「……ユーキ、もう樹里さんの事、好きじゃないの?」
……言われてみれば。
「そう、だね。別の誰かを罠にかけようとしてるって聞いても、なんとも思わなかった……。
むしろ、ああ、高橋さん大変だな、くらいで。」
「そだよね、やっぱり博士だよね、罠に嵌めようとしてる相手って。ライバル、はよくわかんないけど。」
俺とリズは顔を見合わせて笑った。
「……。」
レコーディングルームに続く扉をちらりと確認した。
そして、誰も来る気配のない、静まり返った狭いスペースの隅っこで、どちらからともなく、目を閉じる。
俺とリズは初めて、魔力の通らない、唇の先が触れるだけのキスをした。
目をゆっくりと開ける。
そこには、同じタイミングで目を開けたリズの照れ笑いがあった。
「……さすがに会社では止めとけよ?」
「っ!いつから見ていたんですか!?」
いつのまにか、意識していたのとは逆、レコーディングルームの外に続く扉から高橋さんが呆れたような顔で見ていた。
俺とリズが跳ねるように離れたのを確認すると、扉を大きく開き、こちらに一歩進んでしゃがんだ。
「今回はあんまりにも初々しかったから、つい止めずに見ちゃったよ。
これこれ、忘れないうちに回収しとかなきゃって思ってね。」
高橋さんは足元に転がっていたタブレットPCを拾い、言った。
「でもそれは、会社のタブレットだけど、会社のじゃなくて!!リズの白鏡と融合してるから、リズのでもあって……」
俺は焦ってタブレットPCを奪い返そうと手を伸ばした。が、高橋さんはすぐに立ち上がり頭上にタブレットPCを掲げた。俺とは身長が違いすぎて手を伸ばしても全く届かない。
「そんなん知ってる。」
ゴッ
タブレットPCの角で俺の頭が叩かれた。
そのままタブレットをひっくり返すと裏面に貼ってある機材管理シールを剥がす。
「こんなに酷くバグってるタブレットPCを会社に返せるわけないって。消えちゃってるボタンまであるんだからさ。
篠田くん、紛失顛末書出しときなさい。」
そういいながら俺の手に剥がしたシールを乗せた。
「紛失顛末書……うわあ。新しいタブレット買って、このシール貼って誤魔化せないですかね?」
「誤魔化せるけど、ダメに決まってるだろ。まだ二年目だからこんな事くらいじゃクビにならないよ。
顛末書の書き方、わかんないなら教えるから、ちゃんとやりなさい。」
「……うう。」
顛末書って……。
「じゃ、俺、戻るから。」
高橋さんはリズにタブレットPCを手渡し、入ってきた方の扉から戻ろうとした。
「高橋さん、樹里さん中にいますよ?レコーディング見学していったらどうですか?」
高橋さんは物凄く嫌そうな顔をした。
「中にいるからさっさと戻るんだよ。」
「あ、じゃ俺も戻ります。もうリズに結印教えてもらったから早く指譜作らないと。」
「そうなん?じゃあ自販機でコーヒー買って戻るか。」
「はい!
リズ、じゃまた、後でね!」
俺が急いでメモ帳を拾い、リズに手を振ると、リズは小さく呟くように言った。
「……樹里さんのライバルが誰か、わかった気がする……」
「高橋さんは、今日は、何やってるんですか?音ゲー苦手ですよね?」
フロアの片隅にある自動販売機でコーヒーをおごってもらい、少し立ち止まり世間話をする。
「ああ、さっき席に戻ったらもうアーケードチームから企画書やらがもう届いてて、読んでた。
年明けにはもうアーケードフロアに席が用意されてるらしいぞ。」
「はやっ!
……いつかちゃんと自分のゲームが出来るといいですね。その時にはチームに誘ってください。」
俺がそう言うと、高橋さんは真面目な顔になり、言った。
「篠田くんは、まだいらないかなあ。」
……ちょっ!
「追々、ね?今は頑張って経験積んでくれ。じゃーね。」
コーヒーを振りながら高橋さんは自分の席に戻っていった。
実力不足は理解しているつもりだけど、あんなにはっきりと言われると、傷つくなあ……。
俺も自分の席に座り、PCのモニタの電源をつけ、頬を叩いて気合いを入れる。
よっし!
とにかく、リズの為に新しい指譜を用意するんだ!
実力不足だってやれるとこまでやってやるさ!
俺は、指譜作成用社内ツールのアイコンをダブルクリックし、無心になって魔力吸収の指譜を作り始めた。
3階デバッグルームには、4列の長テーブルに、ずらりと計30台のデスクトップPCが並べられている。
そのPCにはそれぞれゲーム機本体に似た色違いの機械、デバッキングステーション、通称デバステ……メーカーからレンタルしている開発用のゲーム機本体……がつなげられ、デバステからはさらに有線コントローラーと【scratch beat】専用の外付けアーケード風コントローラー、指盤が取り付けてある。
これら機器は、つい最近まで俺のチームに派遣されていた、外部デバッガーさんたち用に用意されていたものだ。
机と机の間の細長い通路を縫うようにして、リズが黒い画用紙を配っている。
魔力吸収の起動用魔法陣だ。
すでに着席している何人かのメンバーは、直接魔法陣を受け取り、表面に浮かぶ光の模様を驚いた表情で眺めていた。
「……こんな場所でデバッグしてたんですね。」
「ユーキちゃん、ここ来るの初めて?
デバッグリーダーは企画さんの仕事だから、デザイナーじゃあんまり入らないかな。
僕はこの部屋にくると、ようやくここまで来たなっていつも少し感動するんだよ。
ここは、ゲーム制作のラストダンジョンだからね。」
石川ディレクターが腕を組み、眼鏡の奥で目を細めながら答えた。
「……石川ディレクター、確かスタッフロールリスト作成してる時も、取扱説明書の最終校正しているときも同じこと言ってましたよね。」
「うん、もちろん最終データ提出の時にも言ったよ!
ふははははっ!このダンジョンを攻略しても、第二、第三のラストダンジョンが……」
「って、どんなアト●スですか!?
……まあいいや。あっちが俺のポジションですかね?」
石川ディレクターは俺の言葉に大きく頷いた。
「うん。あそこに置いたノートパソコンから『オデュッセイアの黒』の演奏を流すから。隣で歌姫が生で詠唱してくれるって。」
その床には、ノートパソコンと、どこにも配線されていない指盤、それから約1メートル四方の大きな黒画用紙が置かれていた。
黒画用紙の前で、各席に魔法陣を配り終わったリズが、手招きをしている。
「あ、リズのとこ行ってきます。石川ディレクター、ありがとうございます!」
俺は石川ディレクターにお礼を言って、リズの元に小走りで向かった。
「ね、樹里さん、凄かったのよ!
古代言語、あっさり出来ちゃったし、しかもね、詠唱って歌にのせると効果が上がるみたいなの!!これって、大発見よね!」
はしゃいでいるようなリズの声に、緊張の色が見え隠れしている。
「……リズ、大丈夫?」
言いながら背中を擦ると、深く深呼吸をした。
「うん。大丈夫。
よく知らない人たちにまで、こんなに協力してもらって、私、帰れるんだもん。
……今を逃したら、ほんとに帰れなくなるかもしれないし。
ユーキ、よろしくね。
送還魔法は、送還対象と繋がりが深ければ深いほど、成功しやすいの。」
……やっぱり、なんて、残酷な魔法なんだろう。
そう思ったが口に出すことは出来ない。
「それにしても、科学世界ってなんだかすごいよね。本当に、呪印が使える人があんなにいるの?」
30台のテストプレイ環境を眺めながらリズが言った。
「ここは特殊な職場だからね。世間にはそんなにはゴロゴロいないと思うけど。
あ、中村チーフだ……中村チーフもああみえて相当、音ゲーうまいんだよ?」
中村チーフが俺たちに近い前側の席に座る。
馴れた手つきでゲームを起動し、『オデュッセイアの黒』エクストラハードを流し、魔力吸収の指譜をチェックしはじめた。今回、詠唱を曲に組み込んでいるため、ヘッドフォンは使わず、音をPCのスピーカーから直接出している。
正直録音された詠唱でちゃんと効果が上がるのかはわからないが、無いよりはある方がいい、という判断だ。
中村チーフのPCから曲が流れはじめると、他の魔力提供メンバーもそれぞれゲームを起動しはじめた。
指譜を眺めていた中村チーフは、どうやらパターンを理解したのだろう、譜面にあわせ、滑らかに指を動かしはじめる。
他のメンバーもみな、一様に指譜をなぞり、練習をはじめた。
「うわあ……本当に音ゲーうまい人ばっかり呼んだんだな……。全員がすごい速さで指譜してるのってなんだか壮観だね。……って、リズ?」
リズは震えながら俺の背中にがっちり捕まり、完全に怯えきっている。
「……呪印使いが、こんなに……科学世界、怖い……しつこくて、気持ち悪い……」
「ダメー!リズ、それは言っちゃだめ!
確かに気持ち悪いかもしれないけど、みんなリズの為に協力してくれてるんだから!!」
「……気持ち悪いよう……」
真っ青な顔でリズが呟く。
可愛い女の子に気持ち悪いと断言されては、魔力提供メンバーのテンションも駄々下がりだ。
曲が終わったのか、中村チーフがポンッと起動印に触れた。
と、リズのピアスが光り、ピクリと身体が跳ねた。
続いて数人が連続して起動印を叩く。と、その度にリズがヒクヒクと跳ねる。
……これは。
「ちょっ、みんな暫く起動印触るの止めて下さいー!」
魔力を受け止めたリズが、衝撃に耐えきれなかったらしく、赤らんだ顔を隠しながら仰向けにひっくり返る。
なんか、エロい。
……その様子に気がついた魔力提供メンバーのテンションが再び上がった。
「リズ、ピアス、俺が持たなきゃだからさ、貸して?」
ゆっくりと起き上がったリズが、俺にピアスを渡す。俺はピアス穴を空けていないので、両手に一個ずつ握った。
いつの間にか魔力提供席に座っていた石川ディレクターが、指譜をなぞっては起動印をポンポンポンポン叩くのが見えた。
叩く度に、俺の身体がビクビクッと跳ねる。低周波マッサージ機を強にして、直接身に付けているような感覚だ。
「石川ディレクター!!俺で遊ばないで下さいよ!」
「んー?今からみんなの魔力を受け止めるんでしょ?一斉に。じゃ、身体を慣らしておいた方がいいんじゃないのかな?
ユーキちゃんはついでに魔力を魔法陣に通す練習もしなきゃいけないよね。
さ、みんなで練習に協力してあげようね。」
石川ディレクターの声に、一旦指譜をなぞるのを止めていた魔力提供メンバーが、また一斉に指譜をなぞりはじめた。
石川ディレクターは真っ黒い満面の笑顔を浮かべている。
「石川ディレクターの変態サドッ!!」
俺が半泣きで叫ぶと石川ディレクターはとても悦しそうに起動印をおもいっきり叩いた。
今回で終わるつもりでしたがダラダラと書いてしまいました。
専門用語の解説が甘いところがあれば言ってください。全体にわかりにくくてすいません。




