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13-1

始業10分前、会社のあるビルの地下一階、社員用通行口の前に、笑顔の石川ディレクターが立っていた。


「ユーキちゃん、リズちゃん、おはよう。リズちゃんはこっちから入れないから、一階の来客口に一緒に行こうね。

10時から2階の商用ミーティングルームとってあるから、ユーキちゃんはそこ集合ね。」


相変わらずの緩い口調で言う。

俺は鞄から社員証兼IDカードが入ったストラップを取りだし、首から提げた。


「じゃ、リズ、騒ぎを起こしたりしちゃダメだよ?また後でね。」

「はーい。またねー。」


俺は社員用ゲートにIDカードをかざし、社内エレベータホールへと進む。目の端に、石川ディレクターがリズをビルのエスカレーターへと誘導する姿が見えた。


俺の職場、家庭用音楽ゲームのフロアへ到着し、IDカードを使って扉を開ける。

そしていつもの俺の席へ真っ直ぐむかい、PCから出勤申請を送った。


金曜から長期休暇に入った、とはいえ、実質休んだのは月曜である昨日だけ。しかも昨日もレコーディングという社用で呼び出されている。

社内メールは一日分貯まってはいるものの、今年最後の会社的な出社日を明日に控えている為か、あまり緊急な案件は無い。唯一、石川ディレクターからのミーティング召集だけがタイトル部分の背景色を赤く染めていた。


「……ほんとにチーム員全員召集だ。」


ミーティングメンバーは、プロデューサーを除く【scratch beat】家庭用製作チーム員10人全員と、何故かプログラムマネージャー、アーケードの一部スタッフ、昨日見かけたサウンドスタッフと、それから樹里さん。

リズを入れて総勢18人だ。


「石川ディレクター、どうするつもりなんだろ……。」

「いやあ、石川Dは、どんなことでも自分の思い通りになんとかしちゃう人だからねえ?」


パーテーション越しにノートPCを抱えた高橋さんが顔を出した。


「おはようございます。ミーティングもうむかいますか?」

「うん、行くところだよ。……篠田くん、ちゃんと寝れたの?なんていうか、荒んでるよ。」


俺は、メモ用のノートと筆記用具を持ち、モニタの電源を消して、高橋さんの隣に並び、高橋さんにしか聞こえないよう、声を低くして言った。


「……朝起きたら、リズが布団の中にいました。」

「お、犯罪?」

「してないです!」


高橋さんとミーティングルームにむかって歩き始めた。




目を覚まし感じた、柔らかく心地よい温度。さらりと纏いつく細い絹糸の感触。布団にしては重いけれども、抱き締めるにはちょうどいい重さのそれを、寝惚けた頭で掻き寄せた。

それが何なのかを確認するかのように、全体をなで回し、滑らかな感触を楽しむ。腕を下方に伸ばすと、びくっと緊張するかのように、それが揺れた。

ひんやりとした弾力のある双山を両掌に感じる。……なんだこれ。体に密着させるようにぐいっと引き寄せ、指先に力を込めた。


「∃ű!」


聞き覚えのある小さな声が耳もとに響く。

俺と重ねあわせているそれの頬が、カアッと熱をもった。

……あれ?

つい、弾力に這わせた指先をワキワキと動かすと、その指の動きに応えるように、小さく甘い吐息が俺の耳にかかる。掌に収まるひんやりとした弾力のあるその二つの塊は、じっとりと汗ばんできていた。

急に我にかえった俺は、急いでそこから手を離し、ぐいっと持ち上げるように身体を引き剥がす。


「……リズ、ベッドで寝なきゃ、ダメだよ?」


明け方の青い光がカーテンの隙間から薄暗い室内に入り込む。

表情の見えないリズは白く丸い膝頭で俺の腕を押さえ、俺に跨がったまま、呼吸を整えている。


「っリズ!ちょっと、服!?」


そう、リズはいつの間にか、Tシャツと下着しか身につけていなかった。

下腹部に擦れる感触に、つい神経を尖らせてしまう。


「……Å׉§∋±。」


リズが布団をかぶり直し、腰を下方にずらしながら、ゆっくりと崩れるように倒れこんできた。

倒れながら大きく開けたリズの口の中、舌の上にはいつもの魔法陣が光っている。

ああ、と俺は納得し、舌を誘い入れるように口を開けた。


魔力が舌の上の魔法陣を伝い入り、脳を痺れさせる。

そのまま、リズの舌は名残惜しむかのように、ゆっくりと俺の舌を巻き取ろうとする。応じるように舌を伸ばし、まわしている腕に力を込めると、


ピピッピピッピピッピピッ


目覚ましアラームが鳴った。





「……犯罪はしてないですが、ギリギリでした。俺の理性の勝利です。」


正確にはスマホのアラーム機能の勝利だが。


非常階段をカンカンと音をたてながら降りつつ、高橋さんに言った。話がしやすいようにエレベータの使用を避けたが、声がよく響いてしまうため、トーンは押さえぎみだ。


「ふーん。さっさと決壊させちゃえば?そんな理性。」

「無責任に背中を押さないでくださいよ。」

「まあ、リズちゃんなりに、覚悟の上での行動だったんだろうけどねえ。男の子苦手だったし。

でもなあ、さすがに若すぎるよなあ。俺でも一瞬は躊躇するな。」

「……一瞬ですか。」


踊り場の階数表示プレートが2階を示す。

再びIDカードをかざし、重い扉を開け、来客とのミーティングルームがあるフロアへ進んだ。




俺たちの到着より少し遅れて、広めのミーティングルームに石川ディレクターと樹里さん、それからリズが入ってきた。

ミーティングルームにいる中で、昨日のレコーディングに参加していなかったのはプログラムマネージャーとチームスタッフの一部のみ。

つまり、ほとんどのメンバーは、なんとなく昨日の事件について知っている人たちだ。


リズを見て、少しざわめきが起きた。俺のすぐ近くに座っている一年目のプログラマーが『黒リズだ……』と呟くのが聞こえた。


一番奥の席に石川ディレクターが座り、その横にリズが座る。樹里さんは少し離れて高橋さんの横に座った。


「今日は緊急のミーティングを開催させてもらったんだけど……」


石川ディレクターが言葉を切って周囲を見渡した。


「何人かの方にはすでにお話しした通りです。

信じられないって人は石川また飛ばしてんな、位に受け取ってくれても大丈夫ですが、実作業が発生するためご協力お願いします。


【scratch beat】家庭用の指譜で、こちらのリズちゃん、魔法少女が召喚されるというバグが発生しました。」


石川さんが手でリズを指し示し、リズはすまなそうに頭を下げた。

おそらく、アーケードのディレクターさんやプログラムチーフ、サウンドディレクターなどにはすでに話をつけてあるのだろう、その言葉をうけても意外と動揺はみられない。他のスタッフは石川ディレクターのギャグか何かの暗喩として受け止めているのだろうか、特に突っ込みは入らなかった。

中村チーフがホワイトボードに『魔法少女召喚』と書いた。


「この魔法少女は昨日のあの事件の為、魔力がない状態で、元の世界に戻る手段がないそうです。

そこで、この子に魔力を集めたい、と考えています。……わかりやすく言えば、元●玉です。」


……言い切ったな。

おらに皆の魔力をわけてくれー!って事か。


「魔力を集めるピアスってのがあるんだよね?それを受け口にして魔力を集めたらいけるかな?リズちゃん。」


石川ディレクターがリズに尋ねる。

リズは、コテンと首を傾け、考えながら言う。


「複数人数から魔力を集める魔法は、人工ダンジョンとかでよく使われてるメジャーなものなんだけど……それを蓄積して使用する、となると、少し難しいかなあ……。魔力の質は人それぞれだから混ぜると安定しないし、使い辛いかも。」

「ふむ、じゃ、集めるだけで蓄積せずにそのまま使うとか?」


昨日のファーストフードで、石川ディレクターは魔法について細かく聴いていた。中村チーフに録音してもらっていたようだし、きっと何パターンか話の流れを想定済みなのだろう。

リズの否定意見に何の躊躇もなく、平然と返す。


「そのまま、かあ。受け取った魔力をまんま魔法陣に注ぎ込めば、複数魔導師式の魔法とおんなじかもしれない……

でも、私を送還する場合、魔法を使う人は私以外じゃないとダメだから……」

「ユーキちゃんも魔法使えるんでしょ?昨日見たよ。

だから魔法を使うのは、ユーキちゃん。

ピアス使ってみんなから受け取った魔力を魔法陣に注ぐ役目ね?」


メンバーの視線が一斉に俺に集まる。


「えっと……俺が魔法とか……そう、俺、詠唱が全く出来ないんで。頭を別の言語に切り替えられないから、大きな魔法は根本的に無理らしいです。

昨日みたいにリズに詠唱して貰えばどうにかなると思いますが、リズは今回送還される側だから……」

「私、詠唱してみたいわ。

昨日も言ったじゃない、結構本気よ?」


樹里さんが言った。

外国語の歌もあっさり歌いこなす樹里さんは適任かもしれない。何より、妙にやる気があるし。


「……送還魔法陣に魔力を集めるための魔法は誰がやるんですか?俺が送還魔法をやるんですよね?」


俺がそう言うと、石川ディレクターは得意気に答えた。


「なんで、わざわざアーケードやサウンドにまで声をかけたと思ってるの?

うちの社内の音楽チームからかき集めれば、ユーキちゃんクラスの指使いの音ゲー変態プレイヤーがゴロゴロしてるんだよ?

【scratch beat】の指譜で魔法が発動するなら、うちんとこの変態プレイヤーならみんな、条件さえ揃えば魔法が使えちゃうんじゃないかな。

デバッガーさんはもうみんな契約終わっちゃって使えないのが残念だけどね。

……変態と変態が力をあわせたら、魔力を沢山集める魔法だってきっと使えちゃうよ!?」


石川ディレクターが得意気に言うと、隣に座るリズがわずかに椅子を引いて、みんなから距離を取った。

……この会社には俺と同じ、気持ち悪いクラスの呪印使いがゴロゴロしている、だなんて、悪い意味で衝撃に違いない。


また、無闇に変態扱いされたアーケードのディレクターやサウンドディレクターは頬をひくつかせている。


「……一応、今日だけだが、うちの変態……じゃなくて、チーム員を貸し出す手はずはできてはいるが。」


アーケードのディレクターが言った。

元サウンドのこのディレクターは、やや明るい色の髪を肩口まで伸ばしていて、かなり細身だ。また、着ている服も細身で、ロッカーのような様相をしている。が、その軽そうな見た目とは違い、案外無口で怖い。

彼は腕を前で組み、強い眼力で石川ディレクターをじっと視つめた。


……家庭用のバグでアーケードのチームに人を要請する、というのはあまり出来ることではない。

それに確かアーケードのチームも、家庭用の発売にあわせ、新シリーズのロケテスト……実際に川崎や新宿のゲームセンターで解禁前のゲームをお披露目し、ユーザーの反応をみるテスト……を行うため、忙しい時期のはずだ。


……忙しいはずのアーケードのチームが何故、人を貸してくれるんだ?


「そのかわり、プログラマーの件、よろしくな。うちも人手が足りないんだ。」


アーケードのディレクターがそう続けると、石川ディレクターが高橋さんの方を向いて、言った。


「……そういう訳で、高橋くん、ロケテストまでアーケード出向ね?よろしく。」

「はああああ!?それ、だいーぶ前に断ったはずじゃないですか!?

第一代休40日ありますし、新企画の申請だってまたするつもりなんですよ?」


突然アーケードチームに売られた高橋さんが焦ったように言う。


「いやあ、高橋くんは引き受けてくれるはずだよ?

代休はどうせ、権限持ちなんだし、最初から取るつもりなかったじゃない。

それに……」


石川ディレクターが携帯電話を取りだし、画面をこちらにむける。


「今回の事件、すごーく、どっぷり関わってるよね?

ユーキちゃんと責任とらなきゃね、高橋ハカセ?」


携帯電話の画面には、俺の送った例の写真……。


ミニスカサンタ姿の俺を押し倒している(ように見える加工をした)高橋さんの写真が握られていた。



「ああああ……プログラムマネージャーが同席してるのは、俺がOKするのを見届ける為だったのか……。

石川D、ひでぇ……。」


高橋さんが全身から負のオーラを出しながら机に突っ伏している。


「クリスマスイブに可愛いミニスカサンタを独占した罰!

まったく、けしからん!!」


石川ディレクターが携帯電話を左右に揺らす度に画面の角度が変わる。基本、高橋さんに見易い角度にしているため、俺と高橋さん、それと高橋さんの隣の樹里さんくらいにしか、はっきりとは見えていないだろう。

が、どんな画面なのか、ほぼ全員が興味深げに覗き込もうとしている。


「高橋ハカセ、了解しました、の声が聴こえないんだけど、どうしたのかな??」


言いながら、携帯電話をテーブルの上にカタンッと大きな音をたて、開いたまま仰向けに置いた。

その音に驚かされたかのように高橋さんが頭を上げる。

今は石川ディレクターの手が画面を押さえているが、手が離れたらおそらく、家庭用チーム員だけでなく、アーケードやサウンドのメンバーにまでこの醜態が見られてしまうだろう。


てか、俺も困る。


「……高橋さん、石川ディレクターってどんなことでも自分の思い通りになんとかしちゃう人ですよ!!」


高橋さんにだけ聞こえるように顔を近づけ、呟く。


「お前近寄んな!逆効果だ、ばか!

あーもー、わかりました!了解しました!!でも、2月までっすよ、出向!」

「うん、快くOKしてもらえてよかったね。

じゃあ、そういう事で、何か質問ある人!根本的(・・・ ) な質問はあとでユーキちゃんに聞いてね?」


高橋さんが何もかも諦めたように叫ぶと、中村チーフがホワイトボードに『高橋くんドナドナ!』と書いた。

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