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「雪が降ると、どの世界もおんなじ見た目になるのね。まだ科学世界には3日しかいないのに、すごくヨルドモが懐かしい気がするの。

もし、ヨルドモに帰れたら、今度は雪が降るたびに科学世界が懐かしくなるのかなあ。」


リズが俺の部屋のベランダに面する窓ガラスを擦り、水滴を拭って言った。


今日も昨夜と同じように、リズが先にシャワーを浴び、俺が丁寧にドライヤーで髪の毛を乾かしてあげた。昨夜との大きな違いは、妙な緊張感が無くなった、というところだろう。


「リズ、今日魔力使い切ったって言ってたけど、体調は大丈夫なの?」

「うん、別に。歩行補助の魔法とか使いながら生活しているわけじゃないもの。」

「へー。俺には魔力まだある?なんとなく今日、魔力が何かわかったし、俺もがんばって送還魔法陣に魔力を注いだつもりなんだけど。」


俺が言うと、リズは振り向き、目を細めて答えた。


「んー。そこまでは減ってない、かな。あー、今日は魔力ガッツリ使ったねー、くらい。

魔力を使うのって技術がいるんだから、そんなにあっさり全部の魔力が使いきれるわけないでしょー。」


俺、そんなには役に立ってなかったのか……なんだか悔しい。

リズがカーテンを閉め、俺の座るベッドへ、チョコチョコっと小走りに走り寄り、そして俺の額に触れた。ひんやりと湿った手の平がシャワー上がりの火照った体を心地よく冷やす。


「初めて魔法をちゃんと使ったんだから。魔力のコントロールなんて最初はできなくて当然なの。

今日、ユーキは魔導師への第一歩を踏み出しましたーってとこかな?」

「魔導師かあ。リズに教えてもらえば、俺もなれるのかな?」


リズは少し考えて言った。


「実はね、ユーキに、本当に魔導師になってもらわないと、私、帰れないみたい。だから是非、魔法を覚えて欲しいの。

さっき白鏡に入れてた魔導書を調べてみてたんだけど、自分で自分を送還する魔法なんて、ないみたいで。」

「……俺が、魔導師に?」

「うん。明日、イシカワさんが、何か魔法を使うって言ってたけど、それでも帰れなかったら……。

送還魔法を私が教えるから、覚えて私を元の世界に帰して?……ごめんね、お願いします。」

「いや、魔導師になる、なんてゲーマーの夢だからね。こちらこそ、お願いします。」

ベッドに腰かけたまま、お互い軽く頭を下げたため、額がぶつかりそうな位に近づく。と、リズは突然立ち上がり言った。


「じゃあ、さっそく。世界の扉を開く魔法、やってみようね!」

「展開早っ!リズ、最初っから俺にやらせるつもりだっただろ!」


さっきまでのしおらしい態度が嘘のように、リズが鼻唄混じりにタブレットPCをいじりはじめた。


「だって、世界の穴の大きさとか確認したいし、ヨルドモから連絡きてるかもだしー。

まずは魔法陣の作成からっ!

ユーキってすごく絵がうまいから大丈夫だと思うよ?ほら、この白鏡の図形を書き写す感じで……間違った場所は手で払えば消えるから。」


部屋の中央にあるテーブルを、よいしょっと隅に寄せ、そかにB1クロッキー帳を広げた。

リズから光るペンを受け取り、恐る恐るクロッキー帳にあててみる。


……やっべ、このペン、ガチにペンじゃん。

てっきりリズ、ペンの力であんなに綺麗な図形を描いているんだと思っていたんだけど、これ、描いた線が光るってだけのペンだ。


……はっきり言って、俺はフリーハンドで幾何学模様を描くのは下手だ。

美術大学油絵科出身のゲームグラフィッカーである俺は、一般の人よりは上手に円や直線を描くくらいできる。が、平面構成で散々幾何学図形を描かされてきたデザイン系や、下書きの線に命を懸ける日本画と違い、空気を描く油絵科と重芯を描く彫刻科の出身者は、アナログで精密な図計を描くのは苦手なんだ。


今まで、雰囲気やセンスでごまかしてきたツケ、とでも言うべきか。クロッキー帳の上に、人前で描くにはあまりにもプライドが許せない、歪んだ魔法陣が出来上がっていく。心なしか、魔法陣自体の明滅も不規則で、息苦しそうだ。


「……。」


ああああ、リズの無言が痛い。


「……えっと。魔法陣用の正しい円の描き方から、教えようか?」

「はい……お願いします。」

ちょっと、涙が出た。




リズのスパルタ指導により、どうにか正確な魔法陣を描くことができた……2時間ほどかかったが。

俺の薄氷のようなプライドは15歳の少女によって粉々に打ち砕かれた。しかし、俺専用に数ヶ所描きかえられた美しい魔法陣は呼吸をするように明滅しながら、俺からの命令を待っていた。


「……次に結印と詠唱なんだけど、ユーキはもう結印は変態だから大丈夫よね。問題は詠唱かな。

じゃあ、私に続いて、言ってみて?『絶対なる世界の門扉を護る大神、ベアリーチェよ』」

「絶対なる世界の門扉を護る大神、ベアリーチェよ」

「ちがうって!こっちの世界の言葉じゃなくて、私の世界の古代語でね?『絶対なる世界の門扉を護る大神、ベアリーチェよ』」

「……絶対なる世界の門扉を護る大神、ベアリーチェよ?」

「……ハァ。そうじゃ、なくて。なんで、こっちの言葉なの……?」


リズがため息をついた。

俺としては言われたとおりに言っているつもりなんだが。


「……ね、ユーキ。もしかして、科学世界って頭の中で言語を切り替えるとか、そういう事をする必要がないのかな?」

「俺、今まで生きてて日本語以外喋ったことないよ?」


英語の授業なんてまともに聞いた記憶はない。バーなどで外国人に絡まれてもすべてテンションで乗り切り、日本語で通してきた。


「なるほどね、ニホンゴが世界共通言語なのね。うん、その方が、合理的だもんね。」

「いや?むしろマイナー言語だよ、日本語。ただ、俺、日本語以外の言葉全く知らないし、必要も無かったから、頭の中で言語を切り替えたことなんて、ないなあ。」

「……そっかあ。じゃあユーキには根本的に詠唱は無理だね。

言語一致の魔法を切って、丸暗記した方がいいのかもね。」

「根本的に無理とか!?」

「うん、たぶん、無理。ユーキはそういう風にできてないんだよ。

じゃ、諦めて先に進もう?ユーキの変態的な呪印があれば、ある程度、詠唱はカバーできるしね。」


魔導師を目指そうと真面目に決意した2時間後に、根本的に無理だと断言された……。

ずいぶん早い挫折だったなあ。


「さて。じゃあ、あとは結印ね?まあ、これに関しては、ユーキの呪印で基本的には問題なくて。

くどくて気味が悪い部分とか、しつこくて厭らしい部分を削れば大丈夫かなー?」

「そこまでけなされると、むしろその気味が悪い部分を強調した呪印に作り替えたくなるよね。」

「……今の呪印のままでいいや。やってみて?」


リズの言うところの気持ちが悪い呪印……俺が樹里さんへの気持ちを込めて作った指譜をなぞる。

音楽が流れていない上、ちょっと不貞腐れた気分なためか、いつもより指の動きにキレが無い事は否めない。が、昼間にも感じた抵抗感を意識するように空気を掻き回すと光の線が指先に産まれる事がわかった。

光の線は残像を産み、像は幾重にも重なりあう。

複雑に絡み合う図形が産まれ、飽和しはじめた。


その像を流し込むように、俺が魔法陣に触れた瞬間、圧力が全身を襲う。

魔法陣を中心に、風ではない何かが巻き上がり、そして俺ごと地面に縫いつけた。

今ならわかる、これは魔力だ。

異世界の穴を通ってきたのだろう魔力の流れは、確実に、一昨日高橋さんの家で感じたものよりも桁外れに大きい。


世界の穴は、抉じ開けられた。


やがて、嵐のような魔力の奔流が鎮まり、まともに目を開けられるようになると、俺の部屋の本やCDは飛ばされ、あちこちに散乱していた。

そして、俺の描いた魔法陣の中心には、キラキラ光る白く小さなバッチのようなものが乗っているのが見えた。


「ね、リズ、あれって、あれだよね?」

「うん。ヨルドモから送られてきた、『概念』を乗せたものだと思うよ?

……いきなり成功したのはすごいけど、ユーキの魔法は呪印の力に頼りすぎだから、そこはちゃんと反省しなくちゃね。」

「いやいや。それはいいとして。

あれ、俺が触ると、自動的に俺に向けた『概念』が再生されるんだよね?

……で、前回リズが送った内容って、俺のミニスカサンタ姿だったよね?」

「……ユーキ、私が思うに、ユーキが見たくない感じの『概念』がきていると思うの。」

「残念ながら、俺もそう思うよ。間違いなく、調子に乗ったサイラス王からのセクハラメッセージが来ていると思う……俺、触らなくていいかな?」

「うん。気持ち悪いから、触らない方がいいね。」


そう言いながら、魔法陣の中心に鎮座するバッチにリズが近づく。


「うわあ。このバッチ……。王国の選抜魔導師の証明のやつだ……。初めて見た。しかも白竜バッチ……もしかしなくても最高位の国家召送還魔導師さんのだわ……すごい。」

「えー。じゃあこれを送った魔導師さんの個人的な持ち物ってこと?」

「うん、召送還魔法って、魔導師と個人的に思い入れが強いものしか送れないから。

かわいそうに……。たぶんこのまま何日も連絡の往復をしたら途中からものすごい個人的なものが送られてくると思うよ?

前回送還したのはうちのお父さんだったみたいだけど、今回は国家魔導師からなのね。なんでかな?」


……恐らく、政治的な理由なのだろう。

俺としては魔導師の個人的に大事なものが次々と送られてくるなんてちょっと楽しみだが、本人からしたら堪ったもんじゃないだろうな。


「召送還魔法って、残酷だね。」

「……うん。召送還魔法の課題が出る時期になると、学園は阿鼻叫喚の嵐よ。」

リズは何かを思い出したのだろう。遠い目をした。


「じゃ、触るね?」

リズがバッチに指を近づけながら言う。

俺は無言で頷いた。


バッチに触れたリズが動きを止めた。



数分間、リズはそのまま動きを止めていたが、しばらくするとまた動き出した。


「……なんかね?私、今日時間を戻すって言ったのに戻してないから、すごい心配されちゃった。」


それはそうだろう。


「で、転陣紙は、今、転陣紙に強い思い入れがある魔導師を探してるんだって。

見つかり次第送らせるって言ってた。」

「なんだか本当に不憫な魔法だなあ……。親の形見が転陣紙、とかそういう人を探してるんだろ?」

「うん。なかなか酷いよね。国家の利益?とかそういう理由で強制的に送らせたみたいよ、今日のバッチ。チラッと不満げな魔導師さんの『概念』もきてたもの。」


……結構未練がましいな。


「それから、私たちの送還した車、あれ、大変だったみたい。結界魔導師5人であのまんま封印したって。」

「封印って?」

「魔力球に包んだまま、別の魔法陣に移して時間を止めたんだって。科学世界の兵器が来襲した、とか思われてて、博士と話し合いがしたい、とかなんとか。

後でこっちからも『概念』送って弁解しなきゃね。」

「俺が『概念』作って送るの?」

「……それは、無理かな。魔法陣を書き換えながら魔力を注がなきゃいけないし、古代言語を書き込む箇所が沢山あるから。」

「そりゃ、難しそうだね。他にはなにか?」


リズは指を顎にあて、考えながら話した。

「……あとは、ユーキの個人情報をもっと送れ、とか。王様がすごく期待してて、こっちからいつ送還魔法を使っても受けとめられるように構えてるみたい。」

「普通に、俺が男だって伝えてよ。」

「……男の子に保護されてる、なんて解ったら、お父さん怒るから嫌だもん。

はーい、じゃ、そろそろ寝ようねー。」


強引に会話を切り上げるように、リズは手を打った。

俺もしぶしぶ、クロッキー帳を畳み、テーブルを移動させ、散らばった本やCDを棚に戻し、床に布団を敷いた。


冷蔵庫の黒ビールをグラスに注ぎ入れ、一人、呑み始める。


「ユーキ、床じゃなくて一緒にベッドで寝ればいいのに。」


ブホッ!


「リズ!俺が呑み始めるの見計らってわざと言ったでしょ!

こんなでも男なんだから、一緒に寝る、とか言っちゃダメだよ。危ないからね。」


口の端にはみ出した泡を拭いながらリズに言った。


「……じゃ、私がそっちに入る。……寒いから。」

「寒くてもダメ!俺、リズが寝るまで寝ないからね。もう15歳なんだから、ちゃんと一人で寝れるでしょ?」

「…………もう15歳だから、一緒に寝たいのに。もう、いい!後でコッソリ布団入るからね!」

「こら!変な宣言しないの。おやすみ。」


前半の方はゴニョゴニョと言っていたのでうまく聞き取れなかったが。




俺は部屋の電気を暗くして、エアコンを切った。

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