11-2
「……それは、なんといったらいいのか……よくそんなバグ仕込みましたね……。」
俺が作った指譜とOKエフェクトが、それぞれ召喚の呪印と召喚魔法陣になっていた事を説明すると、中村チーフは顔をひきつらせながらそう呟いた。
すでに飲み干したコーラの氷が、カランと音を立て崩れた。
「それで、その女の子が篠田くんが召喚した魔法少女、なんですね?さっきの車のようなものが光の球に包まれて地面に吸い込まれたのは、魔法、ということでしょうか?」
「うん。車が爆発したから、私の部屋に送ったの。」
リズが能天気な口調で続けた。
「私の部屋、今、王国で管理されてて、科学式機械鎧とか、星を砕くドリルとかがきても大丈夫なように、結界で守られてるから。」
「……ロボットにドリルねえ。篠田くんにどんな事を吹き込まれたんですか?」
「この世界の歴史とか、常識とか?
科学のふぉーすでエイリアンを倒して星を飲み込んで、建物が機械鎧になって知事が乗り込んで戦うって教えてもらったの。」
「……篠田くん。」
いつも穏和な中村チーフの眼鏡が光った。
「えっと、そうそう!!保田さん、やっぱり誰かを恨んでた、とかなんでしょうかね??」
俺は急いで話題を変える。
「保田さん??……あー、あの人、どこかで見た覚えの顔だなあ、とは思っていたんですが、歌姫の前のマネージャーの保田さんだったんですね。ずいぶんやつれてましたが……。じゃあ、歌姫に何か恨みがあったってことですかね?んー、じゃあ下手すると高橋くんへの恨みかもしれないですが。高橋くんはいつも否定しますけど、歌姫とすごく中が良いですからね。」
「高橋さんが言うには、保田さんは樹里さんの彼氏兼マネージャーだったそうです。振られて、仕事も失ってってことですかね。」
「……マネージャーが今の人に変わったのはだいーぶ前だったと思うんですが……なんで今日になってあんな事を……?」
確かに、なんで今になってあんな事をしたんだろう?それに……
「俺、見ちゃったんですが、リズが魔法で異世界に送ったあの車を路駐したの、保田さんだったんです。あれ、リズが送還しなかったらあの場で爆発してたんだよね?」
俺がリズの方を見ながら言うと、リズは何度も肯いた。
「爆発……。周りの人を巻き込んでまでも殺したかった、という事でしょうか。それで車の爆発を阻止されたので、凶行に及んだ、んでしょうね。にしても、高橋くんがまさかあんなに強いとは思わなかったです。どちらかというとインドア派だと思っていたんで。」
「きっと、博士、ふぉーすがつかえるんじゃない!?」
中村チーフにリズが言う。まるで、名探偵ばりの推理をしたような得意げな表情で。
「……リズ、それはない。」
「え!!!あり得ると思うんだけど!!だって博士が触っただけで吹っ飛んだのよ!?じゃあ、やっぱり電波の力……?」
電波の力?
「わかった、それだ!」
俺は自分のコートのポケットから、高橋さんから預かったずっしりとしたモノを取り出す。
「電波じゃなくて、電気の力。ほら、やっぱり。これ高橋さんの護身用のスタンガンだね。」
「おー、正解。ただ、あんまりこういうとこで出しちゃだめだよ。」
聞き覚えのある声に振りかえると、俺の後ろに高橋さんと樹里さん、それと石川ディレクターがコーヒーを手に立っていた。
「俺らもここ座るね。ほら、席合わせて……」
高橋さんと石川ディレクターがガタガタとイスと机を移動させて、大きめのテーブル席を作る。
そして着席するなり、高橋さんは言った。
「保田、仕事辞めてからちょっと思いつめちゃってたみたいでさ。篠田くんからのメールを見て、それで樹里を殺そうと思ったんだって。」
「は?俺、別に保田さんにはメールしてないですよ?」
「10ヶ月前のキックオフ飲み会で、保田から聞いただろ、樹里と保田の連絡先。あれ、両方とも保田の番号だったんだってさ。篠田くん見た目は可愛い女の子だから、うまいこと繋がっときたいって思ったんじゃねーの?」
「えええ!?じゃあ、樹里さんからアメリカ行くからもう会うことは無いってメール来たけど、あれは!?」
「……私、旅行以外では海外行ってないわよ?」
高橋さんに代わって、樹里さんが答えた。
つまり、保田さんは一昨日俺が送ったメールを見て、樹里さんを殺すための計画を立てた、ということか。
「なんだか、いろいろ解決したみたいだね。よかったよかった。レコーディングの方はサウンドのチーフに任せてきたよ。僕は会社に連絡して明日にでも社内のスタジオを抑えなくちゃならなくてさ。ようやく冬休みだと思ってたのにね。」
うちの会社には同じビル内に小規模なスタジオルームがある。今回のように何人かのアーティストさんの録音をする場合はたいてい外部を使うが、少人数の録音なら社内で録音できる場合もある。
「それが石川さん、ちょっとゲームにバグが埋め込まれているみたいで、メーカーへ連絡お願いできませんか?もう一度バグ修正してマスターの出しなおしをしなくてはいけないみたいです。」
中村チーフが石川ディレクターに言う。高橋さんも肯いている。
「うえっ、今回はスムーズにマスターできたぞーって思ったのにな。で、どんなバグなの?」
「うっかり魔法少女を召還してしまうというAバグだそうで、犯人は篠田くんです。」
中村チーフがそう言うと、石川ディレクターはコーヒーを激しく噴いてむせこんだ。
「……ユーキちゃん!?君はなんてファンタジスタなんだ!?そんなAバグ、聞いたことないぞ!」
Aバグとは、重要度のとても高い、確実に修正しなくてはならないバグのことだ。
そっか。そうだよな。バグは、取らないと。
「このバグが残ったまま発売されたら、下手すると30000人にリズが召還されちゃいますもんね。そっか、直さないとまずいっすね。」
「なにそれ!!もっと早く気付いてよ!?」
リズが焦ったように言う。
「いやー、うすうす気がついてはいたんだけどさ。リズ、時間を戻して帰るって言ってたから、まあいいんじゃないかなーっておもって。」
「時間を戻す?どういうこと?」
石川ディレクターが好奇心の塊のような目をして聞いてきた。
「リズは時間を戻す魔法が使えるんですが、今回召還された原因が特定できたので、時間を俺に召還される前まで戻して、もう召還されないようにするんだそうです。……今日の夕方に、3日前まで時間を戻す予定なんだよね?」
俺がリズに向かって確認を取るようにそう言うと、リズは困ったような顔をし、そして言った。
「それがね、私、さっき2回も時間を戻した上に大規模送還魔法を使ったから、ピアスの魔力を全部使い切っちゃったの。……もう、家に帰れなくなっちゃった。」
見ると、リズの耳のピアスは、完全に輝きを失い、真っ黒な石のようになっていた。
「そのピアスに時間を戻せる分の魔力が貯まるには、どのくらいかかるの?」
俺がそう聞くと、リズは俯いて、とても小さな声で答えた。
「多分、3日時間を戻すのに、6年分くらいの魔力がかかると思うの。
でも、そんなに待ったら、今度は6年間とか時間を戻さなくちゃならない事になるから……」
「つまり、時間を戻して帰る、という手段はなくなっちゃったのか。」
リズが俯いたまま、首を縦に振った。
「私が帰るには、あっちの世界から召還してもらうか、こっちの世界から送還するか、しかなくなっちゃったの。
……あとで、世界の穴を確認してみないと。さっきあれだけ大きな『存在』を無理やり通したから、もしかしたら無事に通れるくらい大きな穴になっているかもしれないし。」
リズが通ってきたことで開いた世界の穴を無理に通ると『存在』は破壊される。あの車は破壊されても問題のないものだから強引な送還ができたが、リズが破壊されてしまったら、と思うととても実行できない。
しかし、確実にリズをもとの世界に返すには、その狭い穴を通らなくてはならない。そうしないと、今度はどこに送還されてしまうかわかったもんじゃない。
「もし、世界の穴が大きくなっていたら、リズは帰れるの?」
「送還できるだけの魔力が貯まって、自分で自分を送還する方法がわかれば……どの位で十分な魔力が貯まるのか、ちょっとわかんないけど。」
リズは大きく深呼吸をし、芝居がかった仕草をして言った。
「しばらくの間、お世話になります、お兄ちゃん。」
「……いいなあ、ユーキちゃん……。僕もお兄ちゃんって呼ばれたい。」
「いいですねえ、あんな可愛い女の子からお兄ちゃん、とか。」
石川ディレクターと中村チーフが二人でニヤニヤしている。
「まあ、むしろ僕は、ユーキちゃんにもお兄ちゃんって呼ばれたいけどね。」
「石川ディレクター、それじゃ変態ですよ……」
「あ、俺は違う意味で篠田くんにお兄さんって言ってほしいけどな。篠田くんのお姉さんを俺にください的な意味で。」
「高橋さん、うちの姉ちゃん、性格悪いっすよ。お勧めできません。」
「たいていの弟は姉の性格を悪いと言うもんだ。」
高橋さん、実は結構本気でうちの姉ちゃん狙ってるんですか……?
「ユウキ、お姉さんがいるの!?えーどんな子?美人そうよね!すごく会ってみたいわ!」
何故か樹里さんも喰いついてきた。さりげにリズも身を乗り出して聞いている。なんでみんな俺の姉ちゃんにそんなに興味があるんだ。
「えっと。顔は似てると言われますね。自分じゃよくわかんないですが。で、3歳違いなんで27歳、かな?巨乳です。」
「巨乳!?」
その場に居た全員が色めきたった。
「篠田くん、今後俺の事は必ず、お兄さん、と呼ぶように。これは上司命令です。」
「世の中いるところにはいるものなんですね……ぜひ一度、3Dスキャンをかけて、ポリゴンモデルの作成をしたいです。」
「うわあ、いいねいいね!巨乳と貧乳のダブルユーキちゃん、すごく挟まれたいね!夢広がるよね!!」
「顔がユウキで巨乳だなんて!!なにそれ人間!?ぜひ私のシスターに!」
「ユーキ、私、揉みたい。」
興奮したかのように、みんな一斉に喋り出した。
どのセリフがだれかなんて、考えたくもないが、けしてこいつらに姉ちゃんを会わせてはいけない、とだけ思った。
「話は変わるけど、僕、ゲーマーだから、異世界ってかなり興味があるんだ。えっと、リズちゃんって呼んでいいよね?リズちゃん、異世界とか魔法とか、話せる範囲で話しを聞かせてもらってもいいかな?帰る助けになれるかもしれないしね。」
石川ディレクターがリズに話しかける。さりげなく中村チーフが携帯を録音モードに変えた。
「え?って言ってもなんていうか普通だけど?普通に魔法使って生きてます。」
リズが答える。
「……普通って。じゃあ聞き方を変えよう。まず、今言葉が通じてるけど、そっちの世界でも同じ言語をしゃべっているの?」
「毎朝、言語一致の魔法陣を使って、ユーキの言葉能力をコピーしてるから。一応意識したら使い分けられるのよ?詠唱をするときはちゃんと私の世界の言葉で古代言語で詠唱しなきゃいけないし。」
「え!?リズ、使い分けてたの?俺、気が付かなかった。……じゃああのすごーく間抜けな詠唱呪文は!?」
俺がそう尋ねると、リズは怪訝な表情になった。
「……そんなに間抜けに訳されてるの?」
「うん。ビールの色を赤くしたときなんて、『可愛くなっちゃえー』って言ってたよ?」
「俺にはよくわからないなんだかすごそうな言葉に聞こえてたがな。そんなに間抜けな魔法だったのか……。」
高橋さんも、微妙な表情になって言う。
「違う!ちゃんとヨルドモの古代言語だから!私、そんなにバカっぽく詠唱してないもん!」
詠唱を馬鹿にされた気がして悔しいのだろう。リズはむきになって怒りはじめた。
「ね、リズちゃんと言語能力のコピーっていうのをしたら、私も異世界の言葉で話せるようになるのかしら。異世界の言葉で歌うって、ちょっと興味あるわ。言語能力のコピーってどうやるの?」
樹里さんが言う。もしかしたら、俺もリズの世界の言葉が実は話せるんだろうか?
「えっと、まず転陣紙で舌に魔法陣を描いて……もうあんまり転陣紙残ってないんだけど……で、詠唱して、舌と舌を重ねてコピーする感じで……」
「へえ、なるほど」
言いながら樹里さんは向かいに座るリズの頭をグイッと引き寄せ、強引に唇に舌をねじ込んだ。
真っ赤になったリズがもがいて離れるまで数秒間、ずいぶん念入りに口の中を掻き回されたようだ。
「ま、まだ、魔法陣描いてないし!詠唱もしてないし!」
「あら、そう。じゃあ、魔法陣描いてみて?もう一回しましょう。」
「樹里、いくらリズちゃんが可愛いからっていじめんなよ。お前、可愛い子にキスしたくなっただけだろ。」
高橋さんがそう咎めると、樹里さんが舌を出して笑った。
「なんだかいいもの見た!で、次なんだけど……」
石川ディレクターが質問を続ける。リズも真っ赤な顔を両手で押さえ、冷やしながら質問に応じる。
だが、俺はさっきのリズと樹里さんのキスが頭の中でもやもやして、まともに話を聞くことができなくなっていた。
「……若いな、篠田くん。いったいどっちに嫉妬してるんだ?」
俺にしか聞こえないように身を乗り出し、小さな声で高橋さんが言った。
嫉妬?
そうか、嫉妬なのか、これは。
本当に俺は、リズと樹里さん、どちらに対して嫉妬をしているんだ?
「ようっし、大体分かった。」
石川さんが大きく手を打った。いつの間にかリズとの話し合いが終わったらしい。
「リズちゃんは、なんだかんだ、早く帰らないといけないんだよね?言葉が喋れなくなっちゃうから。
お兄さんが明日、元の世界に戻してあげよう!明日は全員出勤ね。中村君連絡よろしく!
それと、リズちゃんは歌姫のマネージャーとして会社に来てもらうよ。歌姫、そういうことで!」
「リズちゃんは私のマネージャーにしては若すぎるとおもうけど……妹でマネージャー代理ってことにしたらいけるわね。了解。」
リズが明日元の世界に帰れる?どういう事なんだ?
「うまくいくかはわからないけど、僕も魔法が使ってみたい!そういうことだよ。」
石川ディレクターが楽しそうに言う。
中村チーフが携帯をいじり、チーム員全員に出勤命令を送った。
ファーストフード店を出ると、降り積もった白い雪はセンター街を塗り替えていた。




