11-1
「えっと、ユウキ、久し振り?
……今のは、なんなの?」
高橋さんの後ろから顔を出した樹里さんは、当たり前だけど全く誤魔化されてはいなかった。
信号が変わったことである程度の通行人は掃けてくれたけれど、それでも手品だと納得して離れた、なんて人ばかりではないだろう。
今だって、謎の大奇術師二人組を、少し離れたところから窺っているような視線を感じている。
数ヵ月ぶりに会う樹里さんは、長い髪の毛を高い位置でスッキリとアップスタイルにまとめ、前髪を斜めに流し、顔の周囲にアイロンで緩く巻いた毛束を垂らしていた。
ぴったりしたパンツを茶色のブーツに入れ、ポンチョ風にデザインされた白いコートをゆったりと羽織っている。
華やかな魅力に溢れる、大人の女性、といった印象だ。
「……お前ら、いろいろと、説明してもらうぞ。」
そう俺とリズに言った高橋さんは、先日と同じ、黒い細身のコートに、グレーのパンツを履いている。背が高く、知的な大人の雰囲気を持っている高橋さんが、樹里さんの隣に親しげに並んでいると、二人が恋人同志だと言われれば納得する程にお似合いだった。
少なくとも、俺が隣に立つよりは、違和感はないだろう。
「……いろいろ、ありまして……。」
何から伝えればいいのか、全くわからない。魔法を使った高揚感と、粟立つ胸の奥の感触に脳が支配され、考えが全く纏まらない。
と、10メートル程先から、わずかに見覚えのあるシルエットが此方に向かって歩いて来るのが目に入った。
男か女か判りにくい、中性的な……。
それは人の波に乗りながら、俺たちのいる方向に次第に近づいてくる。と、俺たちから3メートル程の位置で、グンッとスピードを加速させた。
そのシルエットが先程爆発をした黒いバンを路駐した人物のものだと気がつくのと、そいつの手の中に、鈍く光る刃がある事がわかったのはほぼ同時だった。
っ危ない!!
そう思ったが、とっさに身体が前にでる事は無く、足元を縫い付けられたかのように、動けなくなった。
樹里さんの胸元を刃が襲う。
が、樹里さんと刃の間に高橋さんがスルリ、と入り込み、緩やかな動作でポケットに突っ込んでいた右手を翳した途端、刃を持った人物はビクッと仰け反り、宙を舞って地面に伏した。
カラカラカラと、刃渡りの長いサバイバルナイフが地面を転がった。
「ジュリコレ、エリアボス撃破っと。」
高橋さんがその人物を膝で押さえつけ、髪の毛を引き掴み顔を上げさせると、それは、紛れもなく樹里さんの元マネージャー保田さんだった。
保田さんは10ヶ月前より大部痩せていた。髪も伸び、より中性的な雰囲気を醸し出していたが、高橋さんと樹里さんを睨む瞳は虚ろで、頬も不健康に痩けていた。
「これ、よろしく。隠しといて。」
高橋さんが俺の耳元に口をあて、低く早口に言った。と、俺のコートのポケットがズシリ、と重くなった。
その直後、すぐ目と鼻の先にある交番から警察官が2人駆け出てきた。
保田さんが逮捕され、高橋さんと樹里さんは参考人として同行されていった。
俺とリズは、パフォーマンスをする前にはちゃんと届け出をするように、と叱られた。どうやら魔法の事は、本当に手品だったということにされているようだ。魔法使いが異世界に車を送還しました事件なんてのは、殺人未遂事件と違って警察の範疇の外なのだろう。
リズがとても得意気な顔をした。
「なんかさっ。」
交番を出てすぐ、俺は胸につかえた毬を吐き出すように言った。
「俺、全然、ダメなんだなって思ってさ。」
そう言う俺の左手をぎゅうっと握りながらリズは答えた。
「ユーキはダメじゃなかったよ。ちっとも。」
「俺は、ダメだったよ。樹里さんが刺されそうだったとき、あ、刺されるって思いながら視てたんだ。足が全然、動かなくてさ。高橋さんみたいにかっこよく助けられなかった。
俺はいざというときには本当にダメな奴だったんだなって思ってね。……好きだった人なのに、助けたのは俺じゃなかったんだ。」
「……ユーキ。ユーキはさっき、私とみんなを助けてくれたじゃない。
魔力の膜から漏れた爆風で浮き上がっちゃった私を捕まえてくれて。あれ、失敗してたら、みんな纏めてドカーンだったよ?」
リズは繋いでいない方の手を上にあげ、また小さく、どかーん、と呟いた。
その間抜けな仕草に思わず笑ってしまう。
「あれは、とっさだったしさ。死んじゃう、とかは考えてなかったから……」
「それでも!」
俺の言葉を遮り、リズは言う。
「ユーキはダメじゃない。
私を二回も、……いえ、三回も、●●●●●●●●んだから!
ピンチの時には助けてくれる、本物の私の騎士様だって、わかったんだから!!」
一部の言葉が空気に溶けて消えた。
そして、リズの掌から高い熱が伝わってきた。
「そうかな?俺、ヘタレだと思うんだけど……」
「ふふっ、バーカ!
時間と時空の超越魔導師、リズ様の言うことが信じられないの?」
「召送喚魔法、昨日初めて成功したばっかりの癖に……」
全く、いつの間に超越魔導師になったんだ。
リズは笑いながら、俺の頭をくしゃくしゃと掻き回す。年下の小さな女の子にそうされるのは少し違和感があったが、されるがままにしておいた。
スクランブル交差点の灰色の空から白い小さな塊が降りてきて、リズの頬を濡らす。
雪が、降ってきたんだ。
俺とリズは空を見上げ、白い息を吐いた。
「石川ディレクターと他のみんなは、樹里さん以外のアーティストさんの分を録音するって、レコーディングスタジオに向かいましたよ?」
俺の直属の上司である中村チーフデザイナーが、少し離れた場所で気配を消し、俺たちを待ってくれていた。
とても穏やかで優しい人なのだが、中村チーフの隠密スキルの高さは、そら恐ろしいものがある。
「篠田くん、僕は石川ディレクターに篠田くんを捕まえておくように言われてるんです。さ、天気も悪くなって来たし、どこか店に入りましょう。そっちの子も一緒に来てくださいね。昼、まだですよね?何か軽く奢りますよ。
それにいろいろ、聴かなくちゃならないですしね。」
中村チーフは、おっとりと、しかし否とは言わせない強引さを醸し出しながら、さっさとセンター街に向かって歩きだした。
「中村チーフの奢りだーって期待してたのに……ファーストフードっすかぁ。」
俺のあからさまにガッカリした声を受け、中村チーフも呆れたように返す。
「そう言いながら、ずいぶんガッツリ選びましたよね、篠田くん……。」
「普通の量だと思いますけどね、ごちになります。」
俺の前にはハンバーガーが2種類と、ポテトにチキン、それとサラダとコーラが並べられている。リズはチーズバーガーのセット、中村チーフもテリヤキのセットだ。
ガツガツ食べる俺とリズを眺めつつ、芝居がかった動作で天をあおぎながら、中村チーフは言った。
「……このメンツでセンター街のファーストフードは周囲からの視線が痛くて、いたたまれないですね……失敗しました。
どうみても僕は怪しいスカウトマンにしか見られていない自信があります。」
「リズが若くて可愛いですからね。」
「……篠田くんはちゃんと自分のスペックを正しく理解する必要がありますね。
っと、聴きたい事は沢山あるんですが……。
最初に言っておきますが、石川ディレクターが来る前に僕にだいたい話しておくのをお薦めしますよ。……石川ディレクターに直接尋問されたら、間違いなく話したくないことまで話せさせられますから。」
……石川ディレクターなら、激しい突っ込みで、隅から隅まで全て話すまでは開放してくれないだろう。そういう意味では中村チーフの方が、濁した部分をそっとしておいてくれる分話しやすい。
俺がリズと目をあわせ、頷いたのを確認し、中村チーフは言葉を続けた。
「まず、その女の子は、何者なんですか?
さっきのはまるで、魔法のように見えました。」
俺はきっと、この人たちに上手に嘘をつく事ができない。なら、本当の事をちゃんと話して、理解してもらうのが最善策だろう。
「俺、『scratch beat』に、異世界から魔法少女を召喚するバグを埋め込んじゃったみたいなんです。」
いつも穏和な中村チーフが、なんともいえない表情をした。
どうも筆が進まないので落書きもアップしました。
ユビフの蛇足内、落書きの蛇足にありますが、息抜きに10分で書いたすごく適当なものなのであまり期待しないで下さい。
今後また気が向いたら書きます。




