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10-3

12月26日午前11時00分




そろそろ、渋谷の店が開く時間だ。 描いているデッサンも切りよく描きあがったので 、リズに声をかける。


リズは椅子から降り、ダウンを着こみながら言っ た。


「ね、その絵、少しの間だけ、貰っててもいいか な?帰るときに返さなきゃいけないけど……。なんとなく、持っていたいの」

「この絵でいいなら、どうぞ?」


俺は、一番上手に描けたと思うリズのデッサン、 頬杖を突きながら、窓から外を眺める可愛らしい少女の鉛筆画、を、渡した。


「じゃ、いこうか。」


俺がお手拭で汚れた手を拭っていると、いつの間にかリズは俺の描いた絵をしまったようだった。

そして、突然、俺の胸に抱きついてきた。


「ちょっと!リ、リズ?どうしたの??絵、もしかして、そんなに嬉しかったの……?」


もしそうなら、俺もかなり嬉しいんだけど……。

しかし、俺の言葉にハッとしたかのように顔をあげたリズは、泣いていた。


「え!?ど、どうして!?」


感涙……なんかでは無いこと位、俺にだってわかる。

リズはポケットから再び俺の描いた絵を取りだして眺めた。


「……そっか。これがあったから、ここに……。」


そして、また絵をポケットに戻し、顔を上げ、俺の目を正面から見つめ、言った。


「今度は、私が護るね。ありがとう、ユーキ。」


何がなんだか突然過ぎて全く理解できない宣言だったが、リズの真剣すぎる表情に、茶化す事は出来なかった。

リズは一度降りた椅子に再び座り直し、涙を拭った後、頬杖をつき、先程の俺が渡した絵とほぼ同じポーズで交差点をにらみ始めた。


「……私が、ちゃんと、考えないと、いけない。どうしたらユーキを●●●●●●……。」


リズの喋った言葉が、一部認識できない。俺にわかるはずの言葉で喋っているのに、脳までその言葉が届かない。その言葉だけ何かに妨受されているかのように。


……なんだ、これ?

そう思い、俺の描いたリズのクロッキーとの間違い探しをするかのように、急に様子のおかしくなったリズを観察する。


「……!リズ、ピアス、黒くなってるよ!?」

ダウン着ていること以外に、決定的な間違いがあることに気がついた。……ピアスが突然、黒くなっている。


それは、何を示しているんだ?

リズのピアスは、一体、何の為のものだったんだ?


リズは俺の言を受けて両耳たぶに指を添えると、確認するかのようにピアスに触れ、そっと目を閉じる。化粧っ気の無い長いまつげが重なりあい、ざわりと揺れた。


「……うん、まだ、いける。」


確かリズは、あのピアスは余剰魔力を蓄えておけるように作られているもので、その魔力を使い過去に時間を戻す事ができる、と言っていた。


「『未来に得た記憶を過去の人間に伝える事はできない』『未来のものを過去に持ち込むことはできない』」


俺がおさらいをするかのように呟くと、リズは驚いたような表情をしてこちらをふりむいた。


「……今の君は、未来から来た、リズなの?

未来には、時間を戻さなければならない何かがあるってことなの?」


俺の問いには答えず、リズが言った。


「ユーキ。今から、私に協力して欲しいの。

……呪印の魔導師、として。」



12月26日午前11時15分



「急いで、ここで、一昨日の呪印、やってみせて?……魔力は込めないでね。」

テーブルについた肘を解き、リズが言った。


……魔力の込め方なんて知らないんだが。なんとなく集中せずにやってみせればいいのか??

オデュッセイアのメロディを思い出しながら、やや気を抜いてテーブルをなぞる。


「……うん、今のこの動きから、この動きの部分ね、これを、こうして、こう、ね。」


リズが俺のクロッキー帳の左上に鉛筆で、小さな円と矢印を描く。どうやら、俺の指の動きを表現しているようだ。その図形の下に直線的な指の動きを現す図形、続いてまた新たな円の矢印……。

サビの部分の指譜をこの図形の指示の動きに変更する、という意味らしい。


「それに、この動きとこれを足して……こっちとこっちは、逆、ね。……よし、急いでこれ、覚えてね!」


リズが俺の胸元に、クロッキー帳を押し付ける。

俺は頭に浮かぶメロディに合わせながら、指譜を読んだ。……俺の作った指譜の一部を切り取り、複雑なアレンジを加え、何度か繰り返す、といった感じの譜面だ。まあ、出来なくはなさそう、かな?


「あと、出来るだけ大きな黒い紙が欲しいんだけど……」

「紙だったら、センター街を抜けたところに大きな文房具屋さん……というかなんでも屋?があるから、そこに行けばいいんじゃないかな?」

「わかった、すぐそこに連れて行って。」

「そうだ、高橋さんと樹里さんに遅れるって連絡したほうがいいかな?」


俺がそう言うとリズは少し考え、首を横に振る。


「連絡したら、ダメ!さ、急いで!!」


俺とリズはコーヒーショップのエスカレーターを駆け降り、センター街に躍り出た。



12月26日午前11時30分



ものづくりを楽しむ、をモットーにしたその大型店舗の5階、Cフロア、用紙売り場の片隅は大変な人だかりとなってしまっていた。

土日ならば実演販売の人が腕を奮っているその微妙な空きスペースにいたのは、まだ幼さの残る美少女だ。しかし、周囲の客の目には天才的なパフォーマーか、絶対的なアーティストとして映っただろう。


黒いB0サイズの画用紙を4枚繋げて作成されたおよそ2メートル×3メートルの大きな画用紙の上、リズは、サラサラとした長い髪の毛が床に触れるのも構わずに、一心不乱に魔法陣を描いている。

時折、タブレットPCに表示された魔法陣を参考にしてはいるものの、なんの下書きもせず、精密かつ正確な幾何学的模様を幾重にも重ねる姿は『ものづくり』に関わる人々の目を奪うには十分過ぎるものだった。

リズが光るペンで描いた魔法陣は、黒い紙の上でぼんやりと怪しく呼吸をしている。

ビデオの早送りを見るかのように、驚異的なスピードで正確に紙が埋められていくのを、ある人は息を殺し、ある人は囁きあいながら眺めていた。


最後の一筆を入れると、魔法陣は強く意思を持ったかのようにその光を強める。


「できた!!……ってあ、ありがとうございます……?」

パチパチパチパチパチパチ


完成の号令を受け湧き上がった拍手に戸惑うように答えた後、リズは、魔法陣をクルクルと無造作に畳み、俺の方を見て言った。


「あとね、博士と夕飯食べたあの店にあった白い布?手を拭くタオルみたいなやつ……あれが欲しいの。できれば、持てるだけ沢山。」

「は?おしぼりの事?この店にも売っていると思うけど……何に使うの?」


リズは、いたずらっ子のように笑って答えた。


「ふふふっ。ナイショです!」



12月26日午前11時45分



大きな画用紙を抱えたリズと、待ち合わせ場所であるハチ公前スクランブル交差点に向かう。 とはいうものの、案外広いこの場所のどこで待てばいいのか、全くわからない。が、リズは何の迷いもなく交差点の信号待ちの人たちから少し離れた場所で立ち止った。

待ち合わせ場所の指定はハチ公前交差点、ならこの場所でいいか、と、俺もリズに倣う。


リズは徐に、交差点手前の車道の上に魔法陣を描いた紙を広げた。すると、息苦しかった!とでもいいたげに、魔法陣は一度大きく光り、リズの命令を待つかのように明滅を潜める。


「うわっなんか、勿体無い……。」


車道の脇に立ち、美しい芸術作品にも見える魔法陣が次々と車に牽かれていくのを見ているのは、酷く胸が痛む。


「ね、ユーキ、そっち見るの辞めて。今はとにかく、呪印暗記してて?」


そう言ってリズは魔法陣から背を向けた。

左腕にはすでに起動済みのタブレットPCを抱え、俺のコートのポケットには、おしぼりがギリギリまで詰め込まれている。また、足元には、黒い大きな画用紙に描いたものとはまた違う魔法陣が描かれたクロッキー帳が広げられていた。

俺はクロッキー帳から破り取った指譜のメモを参考に、指を軽く動かしながら暗記に努める。


「ユーキ、今から複数魔導師による送還魔法を起動するの。私が主魔導師として詠唱を、ユーキは呪印魔導師として結印を担当して。私が詠唱を終えるまで印を結んで、終えたら、私と同時にあの送還起動陣に魔力を注げばいい。できるだけ、私と魔力の波長を合わせてね?」

「……魔力の波長って??魔力の注ぎ方もわかんないし……。それと、印って、指譜でいいんだよね??どこでやればいいの?」

「どこでやっても問題ないよ。魔力は……頑張ってみて?とにかく。」


俺の当然の質問に、リズは困ったような顔で答えた。

……頑張ってみてって。


と、その時、音もなく黒いバンが魔法陣の上に停車した。リズがビクッと身を震わせ、

「後ろ、見ちゃダメ!」

そう俺に向かって囁いた。

しばらくして、細い、男か女かわかりにくいシルエットが、車から降り去ったのが眼の端に入った。

このやたらと交通量の多い交差点、しかも派出所から結構近い場所だというのに路駐だなんて、勇気あるな、あの人、などと思っていると、

「やるよ!」

リズがそう俺に告げ、黒いバンの方へ走り寄った。



12月26日午前11時55分




「できるだけ早く送還するから!!頑張って魔力込めてね!?」

リズが酷い無茶振りをする。

当たり前だが、人生で一度たりとも魔力を込めたことなんてない。もしかしたら、知らないうちに込めていた事があったのかもしれないが……。


俺はどこで指譜をなぞればいいのかわからず、しかし、この人通りの多い中、地面に跪いて怪しい動きをするのは気が引けたので、車のボンネットを指盤代わりにすることに決めた。車の持ち主に悪い気もするが、仕方がない。

俺が車に触れると、リズが慌てて何かを言おうとしたが、しかしすぐ口をつぐみ、俺に向かって肯いた。


俺はできるだけ周囲の音を耳から遮断し、意識をリズに集中させた。

……リズと魔力の波長を合わせる。

なんてことはよくわからないが、とにかくリズと同時に車の真下の魔法陣に触らなくてはならない。



ready start



頭の中を曲が流れ始める。曲はリズの詠唱と重なり、新たなメロディを紡ぎだす。

俺はひたすら、10本の指の先端をボンネットに滑らせ、小さく複雑な図形を描き重ねる。冬の空気に、指先の感覚がひんやりと研ぎ澄まされ、何かを掻き回しているような、僅かな抵抗力が指にまとわりついていくのがわかった。


……絶対なる世界の門扉を護る大神、ベアリーチェよ、我は、1対の陽月の重なる世界を渡りし、従僕……


指先の抵抗はリズの詠唱と同期するかのように、震えながらその重さをましていく。

正午とはいえ、雪天を予感させる真冬の空は薄灰色に曇り、黒い紙と黒いバンに挟まれた魔法陣がその白い光を強めていくのが見える。


……我が纏いし金の力をベアリーチェの金鍵とし、彼の物への憎怨をウェルギウスの糧とし、呪印により強力を用いて……


リズの詠唱に応えるかのように俺の指先が纏っている空気ではない何か(・・)が、リズが全身で纏っている何か(・・)と、少しずつ混ざりあい、同質化していっている事が理解できた。


リズは、車の真横、魔法陣の正面に立ち、左腕にタブレットPCを抱え右手でその画面を撫でながら、歌うように詠唱を続けている。

そして、リズの纏っている何か(・・)はやがて視認できる程に白い光を帯び始めた。

気付けば俺の指先も白い光を纏っていて、指譜をなぞる度に、白く光る幾何学的な図形が残像となって、ボンネットの上に重なり残った。




「篠田君、なんでこんな微妙な場所で待ってんの?みんなハチ公の方にもう来てるよ ?

……って、ホント、なにやってんの?」


12時を迎えたのか、高橋さんがこちらに向かって歩いてきたようだ。


「ユウキ、久しぶり。その女の子が、リズ ちゃんね?」


と、高橋さんの後ろにいたらしい、樹里さんが俺たちに声をかけた。


「……異界の扉よ、ここに開かれんっ…ユーキ!」


リズが詠唱を終え、叫ぶ。

車の下の魔法陣に向かって手を伸ばした姿が見え、俺も急いでしゃがみこみ、車の下の魔法陣に触れようとしたその瞬間、それは起こった。




ツッーーーーーーーーーッッッ!!!!



世界が突然姿を変え、風景が消え去った。 至近距離で感じた俺の耳の許容量を超えた爆音も、俺を吹き飛ばす爆風も、しかし、そのままの形で、宙に留まっている。



そこには、異様な光景があった。



丸く膨らんだ直径5メートル程の金色の光が、厚いゴムの皮でできているかのように、爆発を車ごと包み込み、うねうねと空に漂っている。

それは正月の餅のように、ときおりプシュープシューと内容物を漏らしつつ、中に見えている熱で溶け合う真っ赤な金属片を、地面に押し込もうとしているように見えた。


内容物が漏れるたび、酷い熱気と爆音がドラゴンの吐息のようにリズと俺に襲いかかった。

ぶわっと、隣に座るリズの身体が浮きあがる。

俺は右手を伸ばし、リズを強く引き寄せた。魔法陣から浮き上がり手の離れてしまったリズは、俺の身体を銅線のようにして、魔法陣の上に唯一残された俺の左手に魔力を注ぎ込んできた。

身体の芯を流れるリズの大渦のような魔力が俺のなけなしの魔力を飲み込み、より強く激しい流れとなって、俺の左手から魔法陣に注ぎ出されていく。

体内に一本の魔力の道が出来上がる。俺はその道をできる限り大きく広げ、リズから受け取った魔力を全て、一気に魔法陣へと押し出した。

魔法陣は俺を介してのリズの魔力を受け、強く高く光の触手を伸ばし、中空に漂う金色の玉を掴むと、ズズズズッと呑み込むようにその体内に沈みとかしていった。

金色の玉を完全に沈めた魔法陣は、咆哮するかのように、一度強く瞬いて空気を震わせた後、ゆっくりと明滅を止め、その役割を終えた。



ふと、見渡すと、俺たちの周囲には人だかりが出来ていた。

高橋さん、樹里さん以外にも、待ち合わせをしていた会社のチームの主要メンバー全員、それと信号待ちの通行人たちが、みんな、信じられないような光景をみた、といった表情で、俺とリズの同行に注目している事に気がついた。


「……やっべ。」


俺が小さく呟くと、リズが俺のポケットに手を突っ込み、中にあった大量のおしぼりを、予め開きっぱなしにしていた魔法陣の描かれたクロッキー帳の上に投げ込んだ。


「猛々しき白の神姫、ホルティアよ、我が呼び掛けに応え、彼の物を憐れみ幻惑の魂と白き翼を与 えん!」


詠唱しながら右手でタブレットPCをなぞる。魔法陣から溢れる光がおてふきを包み込み、リズがタブレットPCをタップするとバサバサッという羽音と共に、おてふきは鳩に姿を変え、空に飛び立っていった。


「……えへ。」

「……そんなんでごまかせるかっ!!」


リズが「手品ですよー」とでも言いたげに、おどけた表情で笑う。

俺が突っ込むと、ちょうどそのタイミングで横断歩道が青に変わり、人の群れはいつものように移動を始めた。

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