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09-1

アパートに着き、靴紐を解くまでずっと繋ぎ続けていた指は、じんわりと湿っていて、外気に触れた汗がヒヤリと冷たかった。


俺の薄暗く乱雑な部屋に二人で入り、荷物をおろし、電気を灯す。

複雑に絡み合うコード類が蛇のように床を這いまわり、座れる場所はあまりない。俺は鉄塊専用椅子をゴロゴロと移動させ、リズは俺のPC座椅子の向きを回転させて座った。


今日観た映画のゲーム、モーションコントローラーで遊ぶアレで一緒に遊ぼうか、とも考えたが、リズなら本当にフォースを操り兼ねないので止めた。ただでさえ物の多い室内がどんな惨状になるか、予想に難くない。


話をするには微妙に距離が遠い。先程まで0距離で話していたのに。

なんとなく気まずくなり、スマホを見ると、高橋さんからメールが着ていた。



タイトル【無題】

本文【PCにメールした】



ずいぶん簡潔な内容だ。しかし、なんだか助けられたような気分になり、PC前に座るリズの方に向かう。


「リズ、高橋さんから連絡きてたよ?パソコン……その機械に詳しいことを送ったって。」


リズが席を譲ろうと立ち上がろうとしたが手で制した。俺が床に座った方がいい。

リズを座椅子ごと横にずらし、PC前に入り込む。PCの電源を入れ、巨大ペンタブレットとキーボード、ペンマウスを引きずり出す。

PCが起動し、アイコンで埋め尽くされたモニター画面が立ち上がる。ペンマウスを操り、メーラーを起動させる。

高橋さんからのメールはすぐ見つかった。


タイトル【データを送ります】

本文【scratch beatのアプリの画像データを抜いたので送ります。

結局何が起動陣だったのか、解らなかったのが気になるので、見つけたら私にも教えてください。】

添付あり-zip



そうか。

そういえば、何故俺の呪印が発動したのかって、結局判ってないんだ。


zipを解凍し、ビューワーでチェックする。


「……ね、これ、俺が召喚したときに触ってたアプリの画像データなんだけど……この中に起動の魔法陣とか、あるかな?」

「んー。」


リズが身を乗り出して画面を見つめる。

黒い髪の毛がサラリと揺れ、俺の肩に当たる。……近い、な。


キーボードの矢印を押して画像を一枚づつ順送りする。斜め後ろから画面を観るふりをしながら、つい、肩へのふわりとした感触へと意識をもっていかれてしまう。


「……ね、この画像、真っ白?」

「あ、ああ。これは背景を透明にした白い画像だから、ビューワーじゃわかんないんだよ。後でグラフィックツールで見てみるね。」


なんだか解らない、とでも言いたげに、リズが小さく首を傾げた。同様の白っぽい画像は8枚あった。恐らくエフェクト用の画像だろう。

その他の画像には特に怪しいものは見当たらなかったようだ。


グラフィックツールを立ち上げ、白い画像を開いてみた、が、真っ白になっていて、見ることができなかった。


「……あれ?……おかしいな。データ壊れてんの、かな?」

高橋さんに急いで電話をかける。数コールで電話に出てくれた高橋さんに、一部の画像が壊れていて見えない、と伝えた。

「……篠田くん。そっか、まだ二年目だもんね。まだまだアレだよね……。」

しばらく考えた後、高橋さんはそう言った。

「でも篠田くんは2Dデザイン中心にやってくんだから、この位の事は知っておこうね?

えっと。tgaの画像ならアルファチャンネルを調べて。pngなら多分これ8ビットだから、32ビットに変換すればちゃんと見れるから。圧縮の関係でそのグラフィックツールだとうまく見えないんだよ。」


……知らなかった。

tgaもpngも、画像ファイルの保存形式で、アルファチャンネルとは「ここが透明になります!」という指示の事だ。また、通常のpngは32ビットなのだが、ゲームにする際に色数を減らすことで8ビットデータになる、……らしい。よく解らない。


「あの、高橋さん?……pngの32ビット化って、どうやるんですか?」


グラフィックツールでカチャカチャ弄ってみたが、まったくうまくいかない。

電話口から盛大な溜め息が聞こえた気がした。


「……あー。じゃ、32ビットに変換したデータを送るよ……。」

なんだか少し、自分が情けなくなった。





「……これ!」

リズが画面を指差して叫ぶ。


高橋さんから新しくもらったpngデータの中に、それはあった。

見やすいように背景を黒くする。


「あ、確かに、俺、この画像描いた……。」


それは円の中に6個の円とダビデの星が描かれた、エセ魔法陣。何に使ったのかはイマイチ思い出せないが……。

未だ電話中の高橋さんに訪ねる。


「魔法陣見つかりました。1_effect_02.pngです。」

キーボードを打つ音が聞こえる。そして、高橋さんが嬉しげに言った。


「……当たりだ。これ、OKボタンを押したときに再生されるエフェクトだよ。」



起動の魔法陣は、おそらく俺が更新確認のOKボタンを押した、その瞬間に発動されたらしい。

その後アプリが読み込んだ黒リズのデータが召喚対象と認識された、という事なのだろう。


ようやく、謎が解けた。

横にいたリズが笑って言う。


「ほんと、召喚された場所がユーキの前で良かった。」

本当に、そう思う。

もし、俺が高橋さんの変な挑発に乗らず、あの日真っ直ぐ帰っていたら。



リズは、最悪、売上目標の30000人に召喚されるかも知れなかったのだ。





「ユーキ。今日結構歩いて汗臭いから、シャワー借りたいんだけどいいかな?」

「もちろん、どうぞ?えっと、着替え……これ、使ってね?あとタオルは……。石鹸とかシャンプーとか、遠慮しないでね?あとはだいたい高橋さんちと使い方一緒だから。」

「ありがとう。じゃ、借りるね?」


高橋さんとの通話を終え、しばらくして、リズがシャワーに向かった。


…………。

う、わああああああ!!

……そだよな。泊まるんだよな、うちに。可愛い女の子が……。


初日は深夜帰宅で疲れて寝てしまったが、まだ時間は9時代。夜はまだまだ長い……。


イヤイヤイヤイヤ。

リズは女の子が好きみたいだし……。寧ろ俺は、性転換魔法をかけられて襲われるのをガードする事に必死にならなきゃなのか!?


……襲われ……。


ついさっきの宣誓のキスの時のリズが頭をよぎる。口内に挿入された柔らかい舌は俺の舌を探して蠢いた。そしてふわりと押し付けられた、甘い唇。

うっすらと、ドルチェの味がした。


あああああああ!!

ベッドに這い上がり、声を出さずにのたうちまわる。


急いでスマホを取りだし、再び高橋さんに電話をかけた。


「ああああ!!助けて!高橋さーん!」

「……今度は、何?」

少し対応が冷たいのは気のせいか?


「今からウチに泊まりに来てくださいよ~!!よく考えたら、俺、今夜二人っきりなんです!!」

シャワーを浴びているリズに聞こえないよう、声をひそめながら言う。


「……切るぞ。ったく、人がクリスマスに家で孤独に作業に励んでたっていうのに羨ましい相談しやがって……。」

「待って下さいー!……俺、もちろん床で寝るつもりだし、全く何かする気は無いんですが!

……リズに性転換の魔法とか使われて襲われたら抵抗できる自信はないです!!」

「……はあ?篠田くん、何、ブッ飛んだこといってるの?……どうせお互い、いい感じなんだから、女にされて襲われるのが嫌なら先に襲えば?」

さらっととんでもない事を言うなあ。


「いやいや、俺は確かに悪い気はしてないですけど!でも……そう、リズに対しては、妹になってくれたらな、的な感情なんです!

第一リズが好きなのって、俺じゃなくて、想像上の女の子の俺でしょ!?男の俺なんて、気持ち悪いと思ってるに決まってますって。」

「……え?本気で、そう思ってんの?」

「……はい。もちろん。」


俺がそう答えると、高橋さんは嫌そうな、聞き取りにくい声で言った。


「……朝っぱらから、あんな起こし方してもらっといてそんなかよ……。

お前がバカな子供だって事は知ってたが、ここまでとは。

24歳でそれかよ!」

「ええ。そしてリズは15歳です。」


「……。」

「……。」


「……篠田くん、それは犯罪だ。確かに、妹として接しておいた方がいいな。……。」

「ええ。そして、俺、抵抗できそうも無いんです。」

ようやく、わかって貰えたようだ。


「そりゃあ、確実にまずいことになるね。」

「しかも、今、シャワーを浴びているんですよ!詰んでるでしょ、これ!

だから、今すぐ泊まりに来てくださいって言ってるんじゃないですか!」

「……俺、今の話、聞かなかったことにするわ。じゃあ、いいクリスマスを!おやすみ!!」

「っちょ!、高橋さん!」

……切られた。


ああああ!もう!

いっその事、リズ連れて今からカラオケとか行った方がいいのか!?


っでも、リズ、もうシャワー入っちゃったしなあ……。真冬の夜中にお風呂上がりの未成年女子をつれ回す、とか、何ヵ所かアウトが重なってしまう。

かといって……。


「ねー、ユーキ。これ、博士の家のと同じやつ??ね、ゴーッてやって?」

とうとうリズがお風呂場から出てきてしまった。手にはドライヤーを持っている。


「昨日は高橋さんに教わって自分でやれたじゃん。今日も自分でやってみなよ。」

「えー。難しかったもん。ね、ユーキ、やってくれたら、『おにーちゃん』って呼んであげてもいいよ?」

「はい、よろこんでー!」


反射的に昔の居酒屋バイトの癖が!返事をしてしまった手前、ちゃんと乾かさなくてはならない。

狭いユニットバスに二人で入る。

リズを蓋を閉じたトイレに座らせ、ドライヤーを右手に持ち、温風を送りながら、左手のタオルでわしゃわしゃと髪の毛をかき上げる。

さっきまでリズがシャワーを浴びていたばかりのこの狭い場所は、空間全体が汗をかいてしまったかのように、じっとりと湿っている。

俺のシャンプーとボディーソープのかぎなれた匂いが、浴槽から香っているのか、壁からなのか、もしくはリズ、からなのか判別が出来ない。

匂いと湿度とドライヤーの熱気にやられてしまい、頭もぼやっとしてくる。


頭皮マッサージするかのように頭に触れると、リズは気持ちが良さそうに目を細めた。そして、気持ちのいい部分に俺の手を誘導するかのように、自ら頭の位置を変える。

そういうところは、リズは、子猫に似ている、と思う。


そっか。

リズは子猫。子猫。

そう思ってしまえば、この妙な甘い空気も乗り越えれるかもしれない。


リズは子猫。

俺は今、子猫の毛皮を乾かしているんだ。


子猫。子猫。子猫。



「ねえ、ユーキ。」

「なんだい?子猫ちゃん。」

「……。」


……うわああああ!

なんか、口が変な方向に滑った!!


「あ、あの!今のはナシで!」


そう言うと、茫然としていたリズは楽しそうに目を細めて笑った。


「なんだそれー。ふふ。

髪の毛、ありがと。もう乾いたと思うよ!おにいちゃん?」

……やっぱりリズは、子猫みたいだ。





「ユーキもシャワー浴びてきたら?」

乾かした髪を櫛で漉きながら、定位置のPC座椅子に腰掛けたリズが、極々当たり前にそう言った。


そう……か。

青年誌の漫画の中で男女両方がシャワーを浴びたあとにお約束の用に行われる行為。


それがどうしても頭の隅から消えない。

相手はまだ子供なんだし、消さなければならないのに。


「リズ、もう一回、『おにいちゃん』って言ってみてくれない?」

そう言ってもらえれば、兄として振る舞えそうな気がする。


「あはは。何?真面目な顔で頭がおかしいこと言って。もう、言わないよ?ユーキは、ユーキ。そんな微妙な場所で突っ立ってないで、さっさと洗ってきなよ。」


……もしかして、俺、よっぽど臭いのか?

着ているベストを引っ張って、クンクンと臭いを嗅いでみる。が、鼻が悪いのか、特に目立った臭いはしなかった。


DVDとゲームソフトのパッケージにほぼ占拠されたクローゼットから寝間着代わりの着古したパーカーを取り出す。いつも通り数本のパッケージが落ち、それを元の位置に戻す。

タオルや下着も掘り出し、シャワーへ入る覚悟を決めた。




シャワーを敢えて低めの温度に調整し、浴びる。なんとなく、うん、他意は無いのだけれど、いつもより時間をかけ、丁寧に洗い流す。

ほんの少し前まで、リズがこの狭いバスタブで身体を洗っていた。

その事に考えがいきそうになる度に、シャワーの温度を下げ、熱を冷ました。


どうしても、リズの事に頭がいってしまう。

何度か全身で触れている、華奢で柔らかで、小さな身体。ふわりと触れた口唇。その中に隠されたピンクな艶めく舌。妖しげに誘う魔法陣。

今、リズは何をやっているんだろう……。


ん?


……そういや、リズ、今、ほんとに、何をやってんだ?


シャワーの蛇口を捻り、お湯を止める。

耳の神経を尖らせ、換気扇の音の向こう、1Kの狭い室内の気配を探る。


……ペラッ


極々微かな、用紙を捲る音を感じる。


……こ、れ、は!!

姉以外の女子が踏み入ったことのない、一人暮らしの男の部屋。危険物(・・・)は宅配の人に見えなければいい程度の隠し方しかされていない。

本棚には堂々と年齢制限のついた雑誌や漫画が並び、剥き出しのDVDにはそのものズバリなタイトルがマジックで書き込まれている。

さらに、表紙の絵と挿し絵が巧いから、という理由だけで、ロリータなマガジンが数年分、見事に揃えられている。

恐らく、何かの事件に巻き込まれたら、そういった性癖の人間だ、と断定されてしまうだろう。


……ペラッ


さらにまた、ページを捲る音が聴こえた。


湯上がりの体温が急速に下がっていく。

急ぎタオルで身体を拭い、髪の毛の滴でフードが濡れるのも構わずに、パーカーを着こんだ。




「リズ!何して……。」


リズはPC座椅子を部屋の中心に向け、テーブルの上に置かれた俺のクロッキー帳を眺めていた。


「あ、ん?勝手に見てごめんね?でも、ユーキって本当に絵が上手いんだね。

ねえ、これは何?」


よかった……。

俺は美大受験の頃から、修練も兼ね、暇を見つけてはクロッキーを重ねている。

今、リズが眺めているB4サイズのクロッキー帳は、通勤時間や土日のカフェなどでクロッキーをするとき用の、普段使いのクロッキー帳だ。


いかがわしさはない。


「……どれ?……ああ、それは動物園で描いた象のクロッキーだよ?」

「象?……うちの世界にもいるのかしら?あまり動物には詳しくないの。あ、じゃあ、これは?」


リズが次々と指差し尋ねてくる。俺はそれに一つずつ答える。


「……じゃ、この人は?」

ベッドに横たわり、枕を抱いてだらしなく眠る髪の長い女性をいろいろな角度から描いたクロッキーのページ。


「うちの姉ーちゃん。……あんまりにも寝汚いから、思わず描いちゃった。」

ヨダレの跡もバッチリ描いた。


「で、その次のページの、このボケッとテレビ観てるのが、母さん。で、こっちの顔だけスケッチしたのが父さん。」

「……お父さんと、お母さん……。」

リズが、小さく呟いた。

親の事を思い出しているのだろう。


そういえば、『概念』を無事に受け取れたという事を、ちゃんと親に伝えたのだろうか?


「ね、リズのご両親は、リズが『概念』を受け取ったって事は、知ってるの?」

リズは俯いて小さく首を横に振った。


「たぶん、わかってないと思う……。また『概念』を送りたいけど、もう、『概念』を乗せて送れそうなモノは、持って無いの。」


送喚魔法で送付対象とするモノは魔導師自信と関係性の深いものでなくてはならない。


「あのさ、関係性の深いモノってどんなもの?」

リズは少し考えて答える。


「すごく大切なモノだったり、執着してたり、愛してたり、それから酷く憎んでいたり……。」


ふむ。

俺はとりあえず、手近にあった消ゴムをリズにぶつける。


ぽこっ


「?なに?」

「えいっ」


ぽこっ ぽこっ ぽこっ


「……ユーキ、何がやりたいの?」

「えっと、こうしたら消ゴムが憎くなって送れるようになるかなーって。」

「ユーキが憎くなってきた。……サイラス王に送っちゃおうかな。」


……。

消ゴムを投げるのは止めておこう。


「んじゃ、今日履いてたパンツとかは?

一日履いたから、もう、だいぶ関係が深いんじゃない?」


ボスッ


リズの鋭い右パンチが腹に叩きこまれる。


「またノーパンって呼ぶつもりでしょ!

それに、前のはすごーくお気に入りだったんだから……。」


そっか。残念。リズといえばパンツなのに。


「じゃあ、リズが執着しているモノで、送っても当面は大丈夫なモノとなると、一個しかないね。」

「え!?何?」

「……それは」




もう、残り僅かな、転陣紙。

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