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08-2

「本当に、俺の好きな場所を巡っていいんだよね?」

シネマコンプレックスを出たリズに確認をとる。新宿で俺の好きな場所はすごく偏っている。リズの好みに合うかはわからない。


「うん。よろしく、ね?」


じゃあ、篠田ユーキ流新宿案内、かな。俺は新宿に来たら必ず入るビルに向かった。


「……ここ、は何の……お店?」

「うん?画材屋さん。ビル全部、画材なんだ。会員だからだいぶ安く買えるし、大抵の画材は揃うよ?リズは絵を描いたりする方?」

「絵?絵なんて描いたこと無いけど……。あ!転陣紙は売ってるかなあ!?もうすぐ切れそうなの。」

「転写カーボン紙なら売ってると思うけど、転陣紙ってどんなものなの?」


俺が聞くと、リズは黒いメモ帳のようなものを取り出した。確かに、残りはあと10枚程度しか無いようだ。


「これなんだけど……。

あの、言語一致の魔方陣を使うとき、舌に直接魔方陣を描かなくちゃいけないでしょ?それって自分でやるのは難しいから、この転陣紙に陣を描いて、舌に張り付けるの。他にも陣を直接描くのが難しい場所に魔方陣を描きたい時に使うの。」


一昨日の、あれか。

あの、濃厚な……。あの時、ハニートラップとか頭に浮かんでなかったら……きっと……


つい、想像をしてしまい、自分でも判るほど顔が火照った。そんな俺を見て、リズも恥ずかしくなってしまったように視線を反らした。


「あ、あれってでも!もう、あんまり使う機会が、無いんじゃない?」

「え、そんな、毎日使っ……じゃなくて、結構よく使う機会があるの、よ?一応……。もし明日、時間を戻す魔方陣が失敗したら…困る…から…っ!」


赤い顔をしていたリズが何故か突然青い顔になった。


「……ど、どうしよう!!転陣紙……絶対手にいれなくちゃ!」



それからしばらく、この『大抵の画材は揃う』マニアックな品揃えの画材店の全ての紙を調べる作業が続いた。

筆記用具の試し書き用に置かれているメモ用紙にリズが印を書き、手当たり次第、紙に近づける。

二人がかりの怪しげな単純作業を延々と続けたが、結論から言えば、転陣のできる紙は存在しなかった。

藁にもすがる思いで各種キャンバスや、フェルト等の布や綿類、写真紙やシルクスクリーン印刷紙、金属板に至るまで試してみたが、どれもダメだった。


「……やっばい。明日絶対に成功させないと……。」


そんなリズを見て、少しだけ、失敗して欲しいような気持ちになった。

帰らないで、俺の……そう、妹になればいいじゃないか。


「ね、リズ。あのさ。」

「うん?」

「『おにいちゃんだいすき』って言ってみてくれない?」

「……えっと。今私そんな気分にはなれないんだけど。」

「あ、あっ!じゃあさ!『おにいちゃん』だけでいいから!」

「……『おねーちゃん』。」


ダメだ!実際にダメねーちゃんがいる自分は、姉ネタに萌える事ができないんだ!!

その上、俺自信が姉設定とか、訳がわからなすぎるにも程がある!!


俺が頭を抱えてまさしくorz状態になっていると、リズが困ったように微笑んで言った。


「ユーキ、回りくどいから、言いたい事がわかるまでに少し時間かかっちゃったよ。ありがとう。もし失敗したら、そうさせてもらうね?

……もちろん、ユーキを女の子にしてから。」



それから俺のいつものコースを二人で散歩した。大木戸門から御苑に入り、池を眺め、和菓子を頂く。新宿門を出て、本屋に入り、画集を覗き、素材集や資料集などを漁る。ガード近くの横丁で豆の丼とビールを食べ、ゲームセンターでドヤ顔で格ゲーをして、家電量販店で3Dソフトのパッケージを物欲しそうに眺め、ホビー館で新作ゲームのプロモーションビデオに張り付く。

全く俺以外に得のないコースを、リズは楽しそうについてきてくれた。

途中途中で、すれ違う人を観ては、真剣な表情になり、声を潜めて、


「……あの人、間違いない。『ジャージ●ー』と同じ一族よ……!擬態仕切れてないわ!」

……とか言い出すので笑いを堪えるのに苦労させられたが。



そして時刻は18時15分。日中の天気は良かったのだが冬の風は冷たく日が落ちるのも早い。寒さを堪えながら、今日の最大の目的地でもあるビルの前に着いた。

二つの大きな塔を掲げるこのビルは、城のようにも見えるが……東京都民なら全員が知っている暗黙の事実(としでんせつ)がある。


「……リズ、このビルね、有事の際には変型して、ロボットになるんだ……。」

「!!……それって!?」

リズが驚愕の表情を浮かべビルを見上げる。


「うん。みんな知ってるけど、決して口には出してはいけない、秘密、だよ。

ここには、都の政治の中心部があり、都知事の執務室がコクピットになる。ガゴーンガゴーンッて周囲のビルを巻き込みながら変型して、乗り込んだ都知事が脅威と戦うんだ……。」

「え!?じゃあ、もしかして、あのビルも……!」


俺は静かに頷く。


「そう。この辺りのビルのうちの何棟かは、ロボットに変型したり、ミサイルが格納されてたり、エイリアンの脅威から都を護るため、特殊な能力が与えられているんだ。」

「……そう、なんだ。……そうよね。じゃなかったら、あんなに変な形の建物なんて建てるはず、ないものね。ほら、あのビルなんて、ねじれてる!!」

「あれは、巨大ドリルだね。星をも破壊する力を持っている。……さあ、寒いから早くビルに入ろう。今俺が言ったことは、人前でいっちゃだめだよ?」

「……わかってる。口に出してはいけない秘密、なのね?」

俺は黙って頷いた。

……もちろん、口を開いたら噴き出してしまいそうだったからだ。



最後の目的地は、このビルの北棟45階にある。

高速エレベーターに乗れば一瞬で着くのだが……。


「ね、リズ。今からエレベータ……すごいスピードで上昇する箱?……で移動するんだけど、大丈夫かな?できればその、おたけびは控えて欲しいんだけど。」

「……さっき乗ったやつみたいな?ぶわってなるよね?あれ。」

「今度はもっと、ぶわってなるよ。でもおたけびはあげないでね。」

「……。」

リズは無言だが俺はそれを了承の意に捉え、高速エレベータに向かった。


このエレベータは途中から超加速をするため、エレベータに慣れているこの世界の人間でも、おぉっと呟いてしまう。

しかし、リズは耐えた。

満員のエレベータの中、壁面に額を当て、中腰で。



「っっぷっはあああ!」

エレベータから出たリズは、盛大な深呼吸をした。


「……もしかして、息を止めてたの?」

「うん。絶対、声出ちゃうーって思って!なかなかいい考えでしょ。って!ここ!?」


リズがフロア奥のガラス壁面に向かって走り出した。


「……なに!?これ……」


目前のガラス壁の向こう側にはいわゆる『宝石箱をひっくり返したような』夜景。

それは俺が夢うつつに視たあの光景、精緻な魔方陣からあふれる光と、舞う白い無数の光球につつまれたうっすらと輝くリズの姿を思い起こさせた。


まあ、あの幻想的な白い光球は、リズのパンツ片だったんだけれど!


「これは、都庁北東ビル群。さっき歩いた新宿の街並み、だよ?

すごいよね、キラキラしてて。リズの魔方陣になんか似てるなって思ってね。」

「……すごい……。この世界では星が地面に煌めくのね。」


リズが空を見上げた。

少し灰色がかった空に星は金星ぐらいしか見あたらず、ただ月がぼんやり寂しげに光っていた。


「……星は空にあるんだよ?でも、科学の光は星の光を飲み込んじゃったんだ。」


魔法陣を地平線まで埋め尽くしたような科学の光は、強く、美しく煌めいていた。


「すごく、怖いね。科学の光って。ふわりと柔らかい魔法の光とは違って、固くて強い……。」

概念で見た魔法の世界では、確かに壁は全体で柔らかく光っていた。こちらの世界の刺すような電気の光とは違う。


「ね、リズはさ、時間を戻すのを止めて他の帰れる方法を探す、とかってやっぱり嫌?」

「そりゃあね。他の方法が見つかる保証、ないもの。科学ってなんだか怖いし。……ね、ユーキ、もしかして、私に残って欲しい、とか、思ってくれてる?」

「そりゃ、そうだよ。この3日間がなくなっちゃうんだよ?」

「そっか……。」



そのまま、展望台についているレストランに入った。

以前石川ディレクターに、都庁展望台によく行くという事を話したら、強く勧められたイタリアンレストランだ。

お昼過ぎに予約電話をかけたら丁度キャンセルがあったとかで、運良く入る事が出来た。

ピアノの生演奏と、バーカウンターがついていて、ドラマのように雰囲気がいい。しかも窓際の展望席だ。


クリスマスに夜景の見えるイタリアンレストラン、とか、もうお約束ギャグとしか思えないが、うっかり予約出来てしまったんだから仕方ない。未来の無い世界なんだし、その位のギャグを本気でやってみるのもいいんじゃないかと思う。


クリスマスのパスタのコース。

イタリアワインとオレンジジュース。

ジャズピアノの生演奏。

目の前に可愛い魔法少女。


「どうしたの?」

美味しそうにトマトソースを絡めた緑色のパスタを頬張りながらリズが聞いた。


「うん、俺、似合わない事してるなーって思って。だって、こんなのちょっとロマンチックだし。」

「似合わない、かな?多分周りからは素敵な女の子カップルに観られてるとは思うけどね?」

「……。」

なんとなく、周囲を見回してしまう。


「ふふ。本当に女の子になるの、お勧めだよー?そしたら『おねーちゃん』って呼んであげる。そんなことになったら、私、この世界に残っちゃう、かもね。」

「男のまま、じゃ、残らないんだね。」

「……ん……。」


皿が変わり、リズは子羊を上手にナイフとフォークで切り分け、優雅に口に運ぶ。

きっと両親に厳しく躾をされて大切に育てられたのだろう。



よし。決めた。


「わかった。正直、少し怖いんだけど……。」

「え!女の子になるの!?」

リズが目を輝かせる。


「そっちへの決意じゃない!いい加減わかってください!」


リズがわざとらしく残念そうな表情を浮かべた。


俺は、一呼吸して、そして、言う。


「もし、明日リズが時間を戻して帰っても、俺、またリズを召喚するよ。」

「……はあ?」


リズが聞き返す。……わかりにくかったかな?


「だから、別のルートの未来でも、呪印を使って、何度でもまた召喚し続けるよ。約束する。」

「……えっと。それじゃ意味ないよ!むしろ召喚しないで!」

「うん、そうじゃなくて。

リズ、一杯勉強して、立派な召喚魔導師になって、それでこっちとそっちを往復できるようになったら、召喚に応じてくれればいい。……あの黒いワンピースを着て、髪の毛を今の長さにして。」

「……な?」

「だって、俺、せっかくリズと仲良くなれたのに、なんかこんな終わり方じゃ、寂しくない?俺も高橋さんも、リズのこと、全部わからなくなっちゃうんだよ?」

「……そりゃ、寂しい、けど……すごく。」

「だから俺、必ずまた、呪印で呼び続けるよ。こうみえても、案外頑固なんだ。」

「でも、無かったことになるんだから。今そんなこと言っても、意味ないのよ?今ここでそう言っているってことも、無かったことになるのよ?」

「それでも俺、呼ぶよ。まかせて。」

「私が立派な召喚魔導師になるの、50年位先かもしれないよ?」

「……うーん。なるべく急いで?」

「……私が意外と早く立派になったとして……ユーキは私の事、何にもわからなくなってて……しかも、樹里さんのペットになってる可能性、高いんでしょ……?」

「まあ、それは、それ。」

俺が笑うと、リズもつられてくしゃりと笑った。


「じゃあ、誓って?」

「うん、誓うよ。」


そう答えると、リズが光るペンとタブレットを出して言った。


「ユーキ、痛いのは嫌よね?」

そりゃ、まあ。

俺が頷くのを確認すると、転陣紙を取りだし、筆記体でメモするかのようにサラサラと魔法陣を描きはじめた。


……俺、気軽に誓っちゃったけど、嫌な予感がする……。


「宣誓内容は……」

「って!転陣紙!使ったら困るんじゃないの!?」

「明日は必ず帰るし、誓いの方が大事だから。……宣誓内容は、時間が戻ったとしても私が再び来るまで召喚魔法を発動させ続ける。

……それと、樹里さんのペットにならない。」

「勝手に追加しない!」

「……で、破棄の際のの罰則は……乙女心を傷つけた罪で……死……」

「はああ!?」

「……冗談。さすがに宣誓じゃ、死なせられないよ?えっと、罰則は……すごーく痛い目にあう!」


……えー。


「じゃあ……」

キィッと小さく椅子が鳴った。

リズが立ち上がり、俺に向かって優しげに笑った。その表情が樹里さんとだぶり、思わず見とれてしまう。


俺の手を引き、立ち上がらせる。

リズは、大きく舌を出し、見せつけるかのようにゆっくり、転陣紙を押し付ける。

そのまま、テーブルごしに、両手で俺の頬を包み、惚けている俺の口をゆっくりと舌で抉じ開けた。



脳がピリッと痺れた。

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