08-1
リズが着替えたい、というので一度家に戻る事にした。
高橋さんは二日酔いだとか言ってた癖に何故か車で送ってくれるのだという。
過去のチーム報奨金で買ったとかいう大きめのドイツ車は少しメカメカしく、後部座席を広々と陣取ったリズは運転席に釘付けだ。俺は助手席に座り、ナビをうちのアパートにセットした。
「高橋さん、このままドライブとかでもいいじゃないですか……。」
「っうぇっ。気持ち悪!頭も痛いなー!あー二日酔いが辛いなー。」
「ね!博士!?私、こういうの昨日げーむせんたーでやったのよ!このボタンで亀飛ばすのね!?」
「リズちゃん!?そう思うなら、押しちゃダメだよ!」
……ハザードがついた。
「じゃあ、こっちのレバーで、ブースト、かな?」
「うわ!っそれダメ!追突されるから!篠田くん、放置してないでどうにかして!」
「わざとぶつけさせてお金をむしり取る為のあのレバーですね!俺、漫画で読みました!」
「まさかの関西系金融漫画!?渋いの読んでるんだな!?」
「ねー!あっちたぶんショートカットポイントあるからジャンプして!ジャンプ!ほら、私やるから貸して!」
「ゲーム脳め!自殺する気か!?止めろ!」
「高橋さん、そのリズのいうところのショートカットポイント、右に曲がってください。」
「どれが目印かわかんねえよ!」
車は蛇行を繰り返し、他の車たちにやたらと車間を拡げられつつ、事故る事なく無事に俺のアパートの前に到着した。
「全っ然、無事じゃねえ……本当に二日酔い来たぞ、これ……。」
高橋さんはグッタリした様子で車から降りずにそのまま帰って行った。
リズは昨日買った服を広げ、どれを着るべきか真剣に選んでいる。どれを着たって別にいい、という訳にはいかないらしく、洋服をあてがい、姿鏡に向かって百面相をしている。
「もー、そろそろ行こうよ。」
「うーん、そうなんだけどね?折角ユーキに買ってもらったのに、明日帰っちゃうから……。」
「じゃあ、そっちの世界に持って帰ればいいんじゃない?」
「そういう訳にはいかないの。未来のモノを過去に持っていけないから。つまり、未来のモノを身に付けていると、それを身に付けている時間帯にしか戻れないの。
だからちゃんと着れるのは今日くらいしかなくて。……真剣に選ばなきゃ。」
……なんだかよくわからないな。…ん?
「あのさ、リズ。俺、結構バカだからよくわからないんだけど、とにかく、帰りはノーパンって事?」
「!!」
「要するに、時間を戻すノーパン魔法って事か。何となく理解した。」
「ユーキ!ヴェルガー家に伝わる魔方陣をそんな風に呼ばないで!」
リズが耳まで紅く染めながら怒る。
少しからかうとすぐ紅くなるなあ、この子は。可愛くてつい、からかいすぎてしまう。
ちゃんとフォローはしておこう。
「大丈夫。判ってるよ。
別に一族全員がノーパンなわけじゃなくて、ノーパンはリズの個性、なんだよね?」
「っ!本物の馬鹿!?」
……リズは俺の頬に赤い紅葉柄を付けた後、漸く一着の白いワンピースとベージュのブーツを選んだ。その上に俺の黒いダウンを羽織り、準備を終える。
俺も昨日と同じというわけにはいかないだろう。無難な白シャツにアーガイルのベスト、ベージュの起毛パンツ。ファーのついたモッズコートにスニーカー。
極々普通の格好だ。
「ねー、ユーキには昨日の赤い服、着てほしいなー。すごく可愛かったもん。」
「クリスマスの昼間にあんな格好したら、店員さんと間違えられて大変なの!
……うん、あの格好の記憶は消去しておいてね。じゃ、行こうか、俺の好きな場所で、いいんだよね?」
「もちろん!」
リズが俺の手に指を絡めてきた。
そういう歩き方をしたことが無かったので戸惑ったが、きっと文化の違いで、他意はないのだろう。
俺が握り返すと、キュッキュッと返事をするように握り返してきた。
そのまま、手を離す事なく駅まで歩いた。
電車に揺られ、リズは、玩具を欲しがる子供のように窓に貼り付いて、走る景色を眺めている。
明日、リズはここに居なかった事になる。それでこの世界の全てを記憶に焼き付けようと必至なのだろう。
その様子を観ていると、俺まで胸がツーンとした。
「ね、どんなとこに向かってるの?」
「んー……いろんな二つ名のある都市でね……。」
眠らない街。巨大ダンジョン。コンクリートジャングル。坩堝。カオス。ファッションストリート。政治都市。犯罪都市。歓楽街。森林公園。日本最大のターミナル。全てを受け入れる街、新宿。
「すべてのタイプの都会人の居場所がある街なんだ。男も女もどちらでもない人も、昼の人も夜の人も、守る人も奪う人も、みんな居ることの出来る街。
……まあ、さすがに怪しすぎると職務質問うけるけど。」
「へぇ!じゃあ、そこに行けば機械人とか、夜人とか、甲虫人とかに会えるのかなあ!」
……甲虫人?まあ、明日帰るんだし。現実を突き付けて異世界娘の夢を壊すのも、アレだよね。
「夜人と甲虫人はよくわからないけど、こっちの世界には、ドロイドとか、エイリアンとか、UMAとか、クトゥルーとかがいるよ。みんな人間に擬態しているから、ちょっと判りにくいけど。」
「!!ユ、ユーキの、ともだちには、いないの!?」
リズの眼が輝く。……そだよね。俺もエルフやらホビットやらと会いたいもん。
「うーん。俺そこまで社交的じゃないから。高橋さんなら、顔広いから友達にいるかもなあ。」
困った時の丸投げだ。
リズはポヤーンと空想の世界に入り込んだようだ。
そして、電車は新宿に着いた。
新宿の地下街は酷く複雑で、慣れていない頃は相当迷ったものだった。
「ここ、ダンジョン……?」
「うん。まあ、だいたいそんなもん、かなあ。人にぶつからないように、気をつけてね?」
「凄い……こんなに広くて、全部石で出来てて……これってたぶん、人工のダンジョンなのよね?何のためにこんなものを作ったの?」
「……ほんとに、何のためなんだろう。……通路、かな?」
「えー?只の通路!?何かを迷宮の奥に封印したとか、歩くと魔力が吸収されてしまう印が描かれるとか、普通、そういう為のモノでしょう!?」
「そっちの世界の人工ダンジョンって普通そうなんだ……。」
もし行くような機会があっても決して入らないようにしよう。
「普通はダンジョンなんてわざわざ作らないからね。んー。あ、わかった!数百年に及ぶ科学戦争の結果、地上を人間が歩くと死ぬ!とか!?」
「そんな街に女の子連れて行きません!さ、ここから地上に上がれるよ?入って?」
光に溢れるファッションデパートの地下入り口。ガラスでできた重い扉を押し入ると、中は女の子の好きそうな靴が壁一面、棚一面に並んで売られている。
リズは急に現れた可愛い靴売り場にもう夢中になっている。
「な、え!?ここ、お店なの!?凄い!可愛い靴ばっかり!しかもこんなに種類が多いなんて!」
「さ、早く行くよ。チケット買わなきゃいけないからね?服とかそういうのは、後で見ようね。」
チラチラと名残惜しそうに売り場をあとにするリズの手を引いて、エレベータに向かう。
「ふああああああ!!??」
エレベータが動き出し、リズが変な声をあげた。何故か中腰で。
エレベータは一階に上がり、数人の乗客の入れ換えを行った後、さらに上昇をする。
このエレベータは壁面がガラス張りになっていて、二階以降では外の風景がよく見える。
「ほへえええええ!!??」
リズはおたけびをあげた!
ユーキはひるんだ!
乗客Aはひるんだ!
乗客Bはひるんだ!
ユーキははずかしくて動けない!
「ひゃわああああ!!??」
リズはおたけびをあげた!
ユーキはひるんだ!
乗客Aはひるんだ!
乗客Bはひるんだ!
ユーキはにげだした!
「リズ、エスカレーターで行こうか……。」
エレベータを途中階で降り、エスカレーターにリズを引っ張って行った。
「……ここは?なんだかポスターがいっぱいね。劇場、みたいだけど。」
「うん、そんなようなもの、だよ?」
ここは、ファッションビル最上階のシネマコンプレックス。クリスマスということもあり、早めの時間帯の割りにカップルで混雑している。
「ちょっとチケット買ってくるから待っててね。」
チケットを買って戻ると、リズはポスターを眺めていた。
「今はこのポスターの演目をやってるの?」
「うん、ていうかこのシアターでは一度に沢山の映画をやってるからね。見たいものを選べるんだ。」
「へえ、俳優さん大変ね。……ね、あのさ。私の世界では、劇場ってあのね、デートの定番、なんだよね。」
「こっちでもそうだよ?雑誌とかで読んだけど、付き合いはじめとか、付き合う前であんまりまだ共通の話題の無い男女が、とりあえずのきっかけ作りで行くらしいよね。まあ、俺は今のところそういうのに縁は無いけど。」
「……。」
何故かリズが不機嫌になった。
…映画が始まるまで一時間以上ある。
とりあえず、甘いものを食べさせて、機嫌を治そう。
※※※
スタッフロールが流れ、雄壮な曲と共に映画は幕を閉じた。懐かしのテクノボーイのような面白眼鏡をかけたリズが、椅子に腰掛けたままこちらを見て言った。
「ね、ユーキ。これ、本当にあったことだったりする?」
そんな聞き方はむしろ酷い、と思う。ダチョウ的な意味で。
「うん。昔、本当にあったこと、らしいよ?」
世界的にも有名なSF作品の、3Dリメイク映画。リズの想像する科学世界のイメージにピッタリなんじゃないか、と思い、選んだんだが……。
あんな聞き方をされると、本当だと答えざるをえない。ダチョウ的な理由で。
ゆっくりとシアターを出たリズは、ずっと俺と繋いでいた手を離し、ロビーにあるポスターに向かって腕を突きだした。
「ふぉーす!!……やっぱり出来ないね。」
あまりの可愛さに、ニヤニヤしてしまう。うん、うん。それ、ついやっちゃうよね。
他のカップルや係りのお姉さんたちも、リズに注目してほのぼの分を補給しているようだ。
「……じゃあ、こうやって。……ふぉーす!!」
バオンッ!!ガシャン!!
ポスターが竜巻に飲み込まれたかのように額縁ごと浮き上がり、地面に叩きつけられた。
誰のものかわからない、小さな悲鳴があがる。
「……えへ。なんちゃって。」
リズはタブレットを俺に見せて舌を出した。
「っ!なんちゃってじゃない!逃げるよ!」
俺はリズの手を引っ張り、騒然としているシアターから逃げ出すため、エスカレーターを猛ダッシュでかけ降り、店外に出た。
「……ふぉーすはちゃんと訓練しないと難しそうだったから、こっそり風魔法印を使ってみたんだけど、やっぱりこの世界だとうまく発動しないのね。」
「あれで十二分だから!!どんな風魔法を使おうとしてたの!?」
「……格好よく壁ごと吹っ飛ばそうかと……。」
「器物破損は犯罪だから!リズはフォース禁止!」
まさか、人生で他人にフォースの使用を禁止する機会があるとは思わなかった。




