07-3
そこは、白い空間。
白い床の上にさらに白い魔方陣がぼんやりと光り、魔法陣の上に一人の女の子が立っていた。
黒い長い髪の毛をサラリと揺らす大きな眼をしたその娘は……誰だろう。俺とあまり変わらなそうな年齢で、樹里さんとリズのどちらにも似ていた。
「召喚に、失敗して……」
ああ、失敗して融合しちゃったのか。
「……ユーキ、どうしよう。」
大丈夫、二人が融合してくれたほうが、むしろ都合がいい。
そう応え、俺はその娘の頬に手を当て、顔を近づけた。少し顔を斜めにし、軽く口を開く。
すると娘は大きく口を開き、ピンクの舌を出した。舌には光る魔方陣が描かれている。
舌は俺の歯列を強引に抉じ開け、口内に侵入してきた。舌と舌が触れ合い脳にピリッと衝撃が走る。
しばらくの間、舌は俺の口内を念入りに蠢き、そして、離れた。
ぼんやりとしていた頭が次第にはっきりしてくる。ああ、また夢か。眼を開くと、そこにはリズの顔があった。
「おはよ、ユーキ。」
「おはよ、リズ。寝顔観てたの?やだなあ。……またニヤニヤしてたでしょ、俺。」
「うん。すごーくニヤニヤしてたよ?どんな夢だったの?」
「どんなだったかなあ。……うーん、一挙両得?みたいな?」
……ぼんやりとあのキスの感触だけは残っているのだけど。
ふと、リズの後ろを見ると、寝起きの高橋さんがこちらを凝視していた。
「あ!俺、みてないから!」
目が合った途端、弾けるようにそう言われた。まあ、そりゃ、俺の寝顔をのぞきこむ趣味はないだろう。
借りたジャージ姿のまま、TVを眺める。
高橋さんが冷蔵庫からコーラを出してくれたので、リズとグラスに分けた。
俺がコーラを飲む様子を真似るように、リズもおずおずと口をつけたが、
「痛い!!」
そう叫んで、涙目になった。
「そっちの世界にこういう飲み物、無いの?」
「シュワシュワな水はあるけど、こんなに痛いのは無いよ。私が知らないだけかも知れないけど。
あと、概念を額縁に入れて、客観的に見るっていうのはなかなかのアイデアね。臨場感は無いけど。」
「TVって言うんだよ。日本中の家庭にその、概念みたいなやつを一度に送るんだ。地上波……リズの好きな電波力で。」
へぇっと呟き、手をTVに翳した。
「集まれ!電波力!!」
「……電波ってそういうものでもないから。」
やがて、高橋さんが紅茶を持ってきた。リズがコーラを飲むことが出来なかったため、用意してくれたらしい。
リズは紅茶のティーバッグを物珍しげに観察し、口をつけた。
「ありがとう。これ、すごく飲みやすい。」
「そうか?良かった。」
高橋さんがソファに座り、リズの残したコーラを受け取った。
「ね、博士。」
リズが真面目な顔をし、言った。
「もし、私が来ていなかったら、ユーキと博士はどうなってたと、思う?」
「……それは、俺もずっと考えてたんだ。
リズちゃんにとっては、たぶん結構酷い事になるけど、ほんとに、聴きたい?」
高橋さんがリズに問うと、リズは無言で頷いた。正ルート。リズが来なかった事になり俺たちが辿る、この先の過去。
「篠田くん、イベントはいく予定だったの?」
「はい。一応、薄い本の様子を見に。伊藤さんにいろんな人を紹介してもらえるって聞いてたんで。」
伊藤さんは別のチームの優秀なデザイナーさんで、俺が描かせて貰った薄い本のサークルの主催者だ。
「ふーん。伊藤くん、篠田くんが来なかったからガッカリしてたぞ。ちゃんと篠田くん用のコスプレ衣装、用意してあったからな。もちろん、錬金術少女の。」
「っんな!?」
「錬金術少女?どんな感じの衣装なの?」
「リズちゃん、ちょっと待ってね。たしか寝室に篠田くんの書いた錬金術少女の薄い本が……」
「ああああああ!!!駄目です!!持ってきたら、駄目です!!!
そんな事したら、俺の持てる技術力を駆使した高橋さんのコラ画像作って電子の海に放流しますよ!?」
「……えっと。すごく可愛らしい衣装でね?レオタードの上にミニスカートを重ねた……
篠田くん流されやすいから、先輩に強く言われるとうっかり着ちゃうでしょう。たぶん、その格好で有名サークルに挨拶まわりをさせられた、と思うよ?」
うん、そうなってしまっている自分が、あっさり想像できる。
「その後、俺とかチームのみんなと合流してカラオケ、だな。カラオケ行ったら確実にまたそのコスプレに着させられて、べろべろになるまで呑まされて。そしたら途中で樹里が乱入。俺は樹里から逃げて先に帰るんだろうな。で、樹里が『ユウキ可愛い可愛い!』とか言い出して、押しに弱い篠田くんはそのままお持ち帰りされるんじゃないかな?」
「……俺にとって、いいのか悪いのかはよくわからないですね。」
「篠田くんがジュリコレ入りするだけだからな。篠田くん自身が別に良ければいいんじゃないか?俺は篠田くんが振ったって聞いてたし、樹里がムカつくから、ずっと会わせないようにしてたけど。」
リズと出合っていない状況で、樹里さんに誘われたら、俺は言われるがままについていくだろう。
「樹里の可愛いペットになるんだろうな。」
高橋さんがそう言うと、リズがビクッとして、高橋さんを睨んだ。
「あー。頭、痛い。
俺は二日酔いみたいだから、今日の観光案内は行けそうもないわ。
篠田くん、リズちゃん案内してあげなよ。」
「な、急な二日酔いですね?確か、酒強い方だったじゃないですか?」
「31年間乱暴に使い続けた肝臓はもうボロボロなんだよね。最近、弱くて。」
「でも、俺全然、女の子の喜びそうなスポットとか知らないですよ!?」
「大丈夫、普段の篠田くんの好きな場所でいいから。だろ?リズちゃん?」
「うん。それでいい。」
「でも……。」
俺が反論しようとすると、リズが俺の服の端を強く引いた。
「それでいい。科学世界のユーキの場所を、私に教えて?」
隣に座るリズは必至な顔をしていて、俺は反論が出来なくなった。




