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07-2

リビングに戻ると、高橋さんはまたソファに座り直し、飲み始めていた。そしてリズは高橋さんの前で小さくなって床に正座している。

はっ、これは、説教タイム!?……確かに、上司に対して、調子にのり過ぎたな。


リズの隣に正座し、高橋さんの説教が始まるのをまつ。

が、高橋さんは黙ったまま、相変わらず、黙々と酒を飲み続けている。怒っている、というより、心ここにあらず、といった様相だ。隣のリズの方を見ると、リズもやはり説教されるかと思っていたらしく、首を傾げている。

とにかく、謝ろう。この状況が長く続くのは嫌だし。


「あ、あのー?高橋さん?えっと、調子にのり過ぎて、すいませんでした!」

「……あ、そうだな。うん。」

高橋さん、完全に考え事に入っちゃってるな。今のうちに後始末しちゃえば、説教もされないですむかもしれない。


「今からすぐ、石川ディレクターに電話して、訳を説明するんで!」

「……え、え?それは!やめろ!」


は?なんで、駄目?

そう思った時、俺のスマホが震えた。石川ディレクターからの電話着信だ。


「まて、今は出ないほうがいいから!」

え?


高橋さんが俺からスマホを奪い取ろり、俺の手が届かないように上に掲げた。が、指が画面に当たり、電話に出てしまったようだ。偶然スピーカーモードになってしまった為、通話音声が室内に響く。


「あ、もしもし?ユウキくん!?大丈夫!?」

石川ディレクターとは全く違う、澄んだ女性の声……え、あ、あれ??


聞き覚えのある、どころか、耳に馴染んだ優しい声は、心配そうに俺を案じている。

もしかして、この声は……?


「もしもーし?樹里だけど。ケータに襲われてるの!?」

「え!?樹里、さん!?な、なんで、そこに!?っいつ日本に!?」


俺は、未だ掲げられたままのスマホに向かって大声で叫んだ。なんで、石川ディレクターからの電話に樹里さんが?なんで、石川ディレクターと一緒にいる!?


「誰が襲うか、バーカ!お前と一緒にすんな!」

高橋さんは俺の手が届かないようにスマホを掲げたまま叫んだ。高橋さんの声に答えるかのように、スピーカからクスクスと笑い声が漏れた。


「あ、ケータ?ねー、今新宿でカラオケなんだけど、すぐ来なさいよ。ふふふ、ユウキに会いたいなあー!ユウキと写ってた可愛い女の子も、まだいるなら連れてきてね?」


可愛い女の子、は、恐らくリズの事だろう。居酒屋で高橋さんが送った写真を樹里さんも見た、ということか。

樹里さんの声につい動きがとまり、高橋さんからスマホを取り返そうとする力が緩んだ。と、高橋さんは俺のスマホを操作し、耳に当てた。


「絶対、行かねー。またどーせ狙ってんだろ。あ?あー。っざけんな、樹里と一緒にすんな。ちげーよ……」

喋りながら高橋さんはリビングから出ていった。


「……いったい、どういうことなんだ?」

俺はすぐ高橋さんを追いかけようと歩き出したが、軽い抵抗を感じた。

後ろを振り向くと、リズが俺の服の端をぎゅっと握っていた。




リズと俺と高橋さんは、三人で黙りこんだままソファに座っている。高橋さんが通話を終え、部屋に戻ってきてから、ずっとこの状況が続いていた。

リズはうつ向いたまま、俺の服を離さない。高橋さんは、天井を見上げたまま、ぼーっと考え事をしている。その様子に、俺はますますイライラした。


「高橋さん。隠してた事って、樹里さんとの事ですか?」

高橋さんは目線をこちらに向けたあと、リズの方を見て言った。


「あーっと、リズちゃん、もう大分遅い時間だけど眠くない?ベッド使ってね?」

「大丈夫。今、ベッドに入ってもちょっと、寝付けないと思うから。えっと、私にも、聞かせて?」

リズは俺の服から手を離さずに、姿勢を正した。


「……とは言うものの、どう、話したらいいのか。……あー、もー。」

高橋さんがまた、天井を見上げ、呟く。

俺も、自分に気合いを入れ直し、声を出した。


「高橋さん、樹里さんと付き合ってた、とかですか?」

「……はあ!?篠田くんまでそれ言う!?

俺は、樹里が苦手なんだ!!樹里は俺の好みじゃないし、俺は樹里の好みじゃない。……あいつ、恐ろしく面食いだからな。」


面食い……?言われて、高橋さんを観る。

背が高く、細身だがちゃんと筋肉もある。修羅場中は延び放題だった髭も綺麗に剃られ、知的な眼鏡の奥にはつりぎみだが優しげな目。少しとがり気味の鼻。

特に欠点、というものがない整った外見をしている、と思う。

服装にも気を使っている感じがするし、何故か醸し出される胡散臭さは、ゲーム会社のプログラマーというより、下北沢あたりに出没する怪しげな業界人、といった雰囲気だ。


「……高橋さんは、プログラマーっぽくなくて格好いい、と思いますけど。」

「プログラマーっぽくない、って、頭悪そうって意味?」

「そうじゃなくて、お洒落だけど胡散臭さくて……なんていうか、AV監督みたいで格好いいです。」

「誉めてない!それ!てか、篠田くんはAV監督を格好いい職業のカテゴリにいれてるのか!?」

「博士!エーブイカントクって何ですか!?」

「リズちゃんには一生縁があってはいけないタイプの職業です!……えっと、とにかく樹里と俺が恋愛関係になることは、あり得ないから。むしろ、敵だからね?」


……敵?


「俺、樹里にプロジェクト潰されてるから。」




※※※




それは、もう10ヶ月も前の事。

家庭用ゲームのネットワーク管理者というよりも、ご意見番として、アミューズメント側のネットワーク管理者とのミーティングに参加した俺、高橋啓太は、流れでそのまま、家庭用音楽チームの決起会に参加する事になった。

自分がディレクションをする予定のゲームがすでに企画申請を通っていたため、ヘルプ程度でしか関わらない予定のチームだが、アミューズメント側の音楽ゲームチームと家庭用の音楽ゲームチーム、それからサウンドの皆さんに歌い手さんたちも含めた大規模な飲み会、という話を聞き、つい、参加する事にしてしまったのだった。


飲み会は六本木のクラブを貸し切りにして、立食形式で行われていた。

知り合いは多いが、そこまで砕けた仲の相手はいない。来たのは失敗だったか、と思いつつ、カウンター近くを陣取り珍しげな酒から呑んでいく事にきめた。


足を停める人たちを話し相手に、ただただ飲み続けていると、いつの間にか隣で呑みはじめている人物が居たのに気がついた。


「あ、ネットワークの高橋さん?ですよね。一緒していいですか?」


それは、やたら可愛い顔をした女子(・・)新入社員、篠田裕紀だった。

まだ23歳だという彼女(・・)は、やたらと呑みっぷりがいい。度数の高い酒をどんどん空けていく。つい、面白くなって二人で下らない話をしながら杯を重ねた。


「あ、ユウキ、ここで呑んでたのね?あら、あなたは、はじめまして、よね?樹里、といいます。」


そこに今回の飲み会でのメインゲスト、【歌姫】が現れた。




※※※




「なんか懐かしいっすね。高橋さん俺の事女だと思ってたんですか。」

「普通初対面ならそう思うだろ。で、お前、好みのタイプは?とか聴いたら『年上かな?』と答えたよな?オッサンありですか!いけんの!?とかなっちゃうだろ!?普通。」


……だって、年上の女の人、好きなんだもん。


「はいはーい、じゃー、博士は最初、ユーキ狙いだったって事?」

「……狙ってない。女の子だと信じてただけ。」


高橋さんは俺たちの方を見ずに答えた。ボウモアが空になったのでアドベッグの封をあける。


「でだ。そのまま一緒に呑んで、みんなで二次会カラオケ行って……」


そう、その後、何件か飲み歩いているうちに、三人だけになったんだよね。


「篠田くん、保田さんって、覚えてる?」


保田……さん……?




※※※




六本木の店を数件梯子し、残ったのは俺たちだけになった。

カラオケまでは樹里にぴったりくっついていたイケメンマネージャーの保田も、樹里がどこかで巻いたらしい。

一見両手に花のこの状況なのだが、笑えない点が一点あった。


狭いバーの四人がけソファ席。篠田がトイレに席をたったとき、樹里が言った。


「ケータ。呑み比べ、しましょ?賞品は、ユウキ。勝ったほうが持ち帰るの。」

「はあ?何言ってるんだ?女同士だろ?」


樹里は普段の清楚で優しげな表情とは全く違う、妖艶な顔になり、答えた。


「私、男とか、女とか、あんまり気にならないの。綺麗ならね?

ふふ。私があの子が男か女か調べてあげる。一目見たときからどんどん、欲しくなっちゃってるんだから。

……あ、ユウキ、おかえりなさい。じゃ、呑み比べスタート!ね?」


再び肉食獣の顔を隠し、優しげに微笑む。


呑み比べ、と聴いて仔犬のように喜ぶ篠田と、それを可愛いがる樹里を見て、心がざわめく。

この勝負に俺が勝たないと会社の可愛い後輩がおかしな道に引き摺りこまれる!?

潰れないように気を付けながら、樹里に負けないよう、酒を注文した。




※※※




「そういえば、呑み比べしましたね……。

でも、俺、呑み比べでは負けたこと無いんです。その勝負、俺がみんなを潰したら訳がわからない事になりますね。」

「普通、23歳の細くて可愛い女の子がザルだなんて気づかんだろ。」




※※※




呑み続けているうち、樹里は次第に呂律がおかしくなっていった。勝利を核心しつつも、俺も少し酒が進み過ぎていた。

だが、馬鹿な酒豪娘が、どんどん酒を追加注文し続けている。


この酒を樹里に上手く呑ませながら自分は呑まずにやり過ごそう、と、思っていると、突然目の前を火花が散った。


ドガッ!!

「っ!?」


顔面を横からモロに殴られ、ソファに倒れこむ。そこに追い討ちをかけるように、もう一発。酒が頭にまわっていて、巧く避けることが出来ない、が、ソファから転がり落ちるようにしてなんとか避けた。


「よくも!僕の歌姫を!!」


こいつ、確か樹里のマネージャーの保田!?

三発目は眼鏡の横を掠り、弦が曲がった。保田の右手は大きく宙を掻き、その勢いを殺せないまま、テーブルに全身で倒れこんだ。

テーブルのグラスが大きな音をたて、割れた。


ナッツと酒を頭から被った保田を起き上がらせ、取り敢えず顔面を一発殴る。殴られた保田は、床に倒れこみ、しゃがんだ姿勢のまま俺を睨んでなにやらブツブツと呟いている。

保田の顔は酷く紅く、睨んでいる目は虚ろで知性の光がない。どうやらぐだぐだに酔っているようだ。


「樹里、こいつ、お前のだろ?どうにかしろよ。」

「さあ?この子、もうマネージャーじゃないもの。ふふ。」

樹里が愉しげに笑う。


こいつがこうなった原因は恐らく…。

無駄に殴られたのは腹が立つが、振られた上に仕事も失った保田に少しだけ同情的な気持ちになり、言った。


「ちょっと、外で話つけてくる。」

「いってらっしゃい~。」

樹里がひらひらと手を降る。


「うわー。歌舞伎町が舞台のアクションゲームみたいですね~。」

篠田が頭の悪い感想を言う。


激しく抵抗する保田を肩に担ぎ、店から出た。

店の外で話し合い(・・・)をして、数分後、店に戻るとすでに樹里も篠田もいなかった。




※※※




「で、その後、保田に付き合って樹里との出会いから別れまで、聴かされた上に寝そうになると復唱させられてだな……。」

「俺、そのへん全く覚えてないですよ。

保田さんってあの、線の細い綺麗な顔の優しい人ですよね?立食の時、食べものとケーキを沢山持ってきてくれたし、樹里さんのメアド教えてくれたし。」

「ん?教えてくれたって、樹里のメアド単品か?」

「ううん?保田さんの電話とメアドも書いてありましたよ。無くしちゃったけど。」

「……保田ぁ!歌姫は僕の全てなんです!っなら他の女に粉かけてんじゃねえよ!」


あ、思いだし怒り、だ。


「保田め……人のこと不細工だなんだいいやがって……。樹里が俺を狙ってたわけじゃない、とわかった時、露骨に安堵してたからな。イケメン全滅しろ。」

「大丈夫よ、博士、男の中では見れる方だと思うわ?……私の好みからほど遠いけど。」

「高橋さん、雰囲気イケメンだし大丈夫!それに、会社で結構偉いし、ネットワークの特許一杯持っててお金持ちだから、金の力でどうとでもなりますよ!」

「……お前ら、地味に酷いな。で、それから何日かして、だ。

樹里がユウキと連絡つかないからどうにかしろとか、ミーティングにユウキ連れてこい、だの言ってきてな?

俺、ささやかながら自分のプロジェクト走らせようとしてたし、チーム違うからミーティング参加しない、とか言ったら、上層部に駄々こねやがって。

急遽、俺も音楽ゲーム家庭用に配属されたんだ。

勿論、俺のプロジェクトは流れた。」


うわあ……。それはちょっと、可哀想かも。


「それから、ミーティングのたびにユウキの事を聞き出そうと、俺を参加メンバーに指名した性でな?歌姫のお気に入り、だという噂がたちはじめた。

その性で、合コンは呼ばれなくなるわ、いい感じの女の子はみんな周りに妨害されていなくなるわ、二週間に一度は樹里コレクションに襲撃されるわ……」

「樹里コレクション?」

「そう。略してジュリコレ。見せてやりたいくらい、見事なまでに中性的な美少年美青年で構築されたデッキで、職業も年齢も様々。しかも全員が全員、俺の命を狙って物理攻撃を仕掛けてくる上に、俺の外見をけちょんけちょんに貶す特殊能力をもれなく使ってくる。さっさとレベル4になって合成されちまえ!」

「俺、ソーシャルやってないんで、意味が半分もわからないんですが……。」


それにどうやら、イケメンに対して妙なトラウマがあるようだ。


「……そんな理由で俺は常にスタンガン持ち歩いています。職質にあったらどうしてくれるんだ!」


高橋さんはさらに酒をつぎながら、やさぐれたように言った。

高橋さんが樹里さんの事が苦手、と言うことはよくわかったけど……。


「えっと、それが隠してたことですか?」

「ん?まあ、これも隠してたけど、それだけじゃないよ?

さっき樹里に会社の面子がいる前で言われたからな。覚悟を決めて伝える事にした。

……リズちゃんも、まあ、アレだけど、どっちかっていうとリズちゃんを応援したかったんだけどな。」


高橋さんは、リズの方を見ながら言った。


「明後日、同梱のサントラの収録があってね。歌姫、樹里の楽曲をとりおろすんだ。

それに、俺と篠田くんは、樹里から呼ばれている。

これを言うとリズちゃんの足枷になるってことはわかってるんだけどな……」


なんで、俺と樹里さんが会うことが足枷になるのだろう。

よくわからないまま、リズの方を見ると、神妙な顔で頷いて、言った。


「そっか。……きっとそういう運命、みたいな事、なんだね。

博士も、運命も、結構残酷なのね。」




それから三人、気持ちを切り替えて、眠くなるまで酒盛りをした。もちろん、リズはジュースだったが、充分テンションはあがっていたようだ。

リズを寝室に寝かし、俺はリビングのソファ、高橋さんはリビングの床に敷いた布団に寝ることになった。


寝る前に、久しぶりに会えることになった樹里さんに、数ヵ月ぶりのメールを送った。


タイトル【無題】

本文【明後日、会うのを楽しみにしてます!】



しばらくして、返信がきた。



タイトル【Re】

本文【うん、私も楽しみ。ところで待ち合わせって何時に何処だったかなあ?】




……俺も、知らない。


「高橋さーん、樹里さんとの待ち合わせって何時に何処ですか?」

「ん?26日正午に渋谷ハチ公前交差点だよ。」


俺は、樹里さんにメールを送り、数ヵ月ぶりに返信を貰えた事実に、幸せな気分で眠りについた。

07-2 高橋視点の続編が指譜の蛇足 高橋さんの蛇足 にあります。

興味を持っていただけたら幸いです。

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