07-1
日付も変わり、今夜は高橋さんちに泊まって行く事になった。
昨夜も今朝も風呂に入れず、気持ちが悪かったので、飲み直す前にシャワーを借りる事にした。
高橋さんに「あんなに人にシャワー浴びてからこい、と言ってた癖に……」と愚痴られたが。
暖かいシャワーに洗い流されながら、あまりにも忙しかったこの二日間の事を考えていた。
もうこのルートには、先が無いのだと言う。
正ルートでは、リズは現れない。
確かつい数時間前にも同じことを考えていたな。もし、リズが現れていなかったなら、きっと……。
シャワーの水が顔に直にかかるように身体の向きを変え、顔の正面から水を受け止める。ごしごしと顔を擦り、どんどん暗くなる考えを振り払った。
高橋さん秘蔵のうまーい酒を飲み尽くしてやるんだ!考えてもしょうがない事を考えるのは、止めだ!
シャワーを終えて、髪の毛を乾かし、貸してもらったジャージに着替える。
リビングに戻ると、俺より先にシャワーを浴びて待っていたリズは、高橋さんとトランプで仲良く遊んでいた。
「はい、これがあなたのサインしたカードです!」
「え!?な、なんで!?すごーいっ」
……魔法使い相手に手品って!
「シャワー、ありがとうございました。高橋さんも、どうぞ?」
「俺は家を出る前に入らされたから、明日の朝でいいや。タオルとか適当に洗濯機に突っ込んでおいてね?」
「ユーキ、お帰り!ねー、一緒に見て見て!博士、すごいの!サインしたカードが混ぜても混ぜても一番上にでてくるの!」
「……また随分とベタな手品っすね。なんすか?合コン技術っすか?」
「失礼な。まあ、合コン用みたいなもんだけどね。俺、手先が器用なんだよ。手も大きいしね。」
そう言って、 慣れた手付きでカードを切る。
「はい、じゃあ、もう一回ね。篠田くんとリズちゃん、一枚づつ好きなカード選んで、このペンでサインしてね?」
俺がサインしたカードは、どんなにしっかり混ぜても必ず一番上から現れた。そのカードを高橋さんがパチンと弾くと、一瞬でリズがサインしたカードになった。
俺は間近で手品を見たことなど殆ど無かったので、実は少し感動してしまった。リズも目を輝かせ、喜んでいる。
「博士、すごい!いつ魔法起動したのかぜんぜんっわかんなかった!」
……いや、魔法じゃないから。種も仕掛けもある、手品だから。
しかし、素直に驚いて感心しているリズは、意外と可愛い。つい、頭を撫でたくなる。きっと親の愛情をたっぷり受けて育ったのだろう、リズはずいぶん感情をまっすぐ表に出す。……時々歪んでるけど。
「きっと、これは魔法じゃないのね。……うん、博士は、科学世界の博士なんだし。ね、博士の電波力でカードを出したんでしょう!?」
「電波力っ……!?」
相変わらず、リズは科学の意味をわかっていないようだ。電波呼ばわりされた高橋さんは、本気で嫌そうな苦笑いを浮かべている。
「リズちゃん、これはね、魔法でも、科学でもなくて、奇術っていってね、魔法を使わないで、魔法を使ったように見せかける技術、かな?」
「へー。じゃ、科学世界がホントにあったみたいに、奇術世界もどこかにあるかもしれないわよね。」
全ての人が奇術を使う世界……。
俺の頭の中にはシルクハットのバニーちゃんとインチキおじさんだらけの世界がひろがった。鳩が飛び交い、紙吹雪が飛ぶ。
「奇術世界か。でも、奇術って要はエンターテインメントだからな。他人を驚かせ、楽しませる事に特化した世界って考えると、この国は、奇術の国って呼んでもいいのかもしれないな。
リズちゃん、もしまだ急いで帰らなくてもいいなら、明日はこの世界を楽しむといいよ。明日は一年のうちでもかなりでかいお祭り、クリスマスだしね。俺か篠田くんがお供するよ。」
「……うん!まだ大丈夫だと思う。ありがとう!」
そうか。
このルートには未来は無い。だけど、ルートの記録はリズの記憶の中にだけには、残る。
残る場所が一つでもあるのなら、無駄なルートだった、と思わないですむような気がする。うん。
少し気分が晴れ、風呂上がりの酒の味がより美味しくなった。
「リズ、じゃ、いつくらいにヨルドモに帰る予定?」
俺が聞くと、リズは少し考えながら答えた。
「うーん。たぶん、あんまり先伸ばしにしすぎると、ピアスの魔力じゃ足りなくなっちゃうから……。明後日には帰る事にする。つもり。」
「そっか……。じゃあ、高橋さんも一緒に、お見送り、しましょう。」
「……あ、明後日、ってかもう明日か……。俺、用があるから……。」
……えー。
ここまで足突っ込んどいて、それかよ!
「用がある、なら仕方ないですけど……。念のため聴きますけど、どんな用事、なんですか?くだらない用事だったら、こっち優先してもらいますよ!?」
高橋さんの目が泳ぐ。今日何度か目にしている、何かを隠している表情だ。
「……仕事……かな?」
「代休40日ある人が、会社に仕事いれられる訳、ないでしょうが!」
「……でも、ホント、仕事?だから……それに俺権限もちだから、ぶっちゃけ代休とかなんの意味もないし……。」
高橋さんは、俺と目を合わせないようにしながら答えた。
……これは、確実に明後日、俺に隠したいなにかがある。
「ちょっ!何してんだ!?」
俺はテーブルのボウモアを瓶ごとラッパ飲みし、よしっと気合いを入れた。
部屋の隅に転がっていた黄色のビニール袋をひったくり、急いで部屋を出てトイレに向かう。こういう事は、勢いが肝心だ。
「ね、ユーキ、どうしたの?何があったの?」
リズの声が廊下から聴こえる。
黄色のビニール袋の中には案の定、一式揃っていた。恥ずかしい、とかそんな気持ちを吹き飛ばしながら素早く着替える。
スマホのロックを解除し、カメラアプリを起動させる。
トイレから出ると、驚いた顔のリズがいた。
「ちょっと、ユーキ、何その格好……可愛い!!」
「リズ、俺が合図したらこのボタン押してね。何回かやり直してもいいから!」
リズにスマホを渡し、リビングに戻る。
高橋さんは一人がけソファで、酒を飲んでいたが、俺を見ると慌てたような顔で立ち上がった。
「え!?し、篠田、くん?なんで、突然ミニスカサンタ着てんの!?」
叫ぶ高橋さんを問答無用で二人がけソファに押し倒す。
訳がわからない、というように、高橋さんが必死で逃れようとする。
「いまだ!リズ!連写!!」
パシャパシャッ!
スマホのフラッシュが光る。リズからスマホを受け取り、数枚の写真が撮れたことを確認する。
その中のベストショット……俺と高橋さんの顔が一番うまく入っている写真を選び、180度回転させ、そう見えるように、トリミングをした。
「……ふふふ。高橋さん。ミニスカサンタな俺を押し倒す高橋さんの写真が出来ました!
これを石川ディレクターに送信されたくなければ、俺に隠していることを白状しなさい!!」
写真を石川ディレクター宛にセットする。
「や、やめっ!そんなん送られたら、俺、終わる!!」
「ふふーん。じゃあ、素直に……ってあれ?」
……送信、押しちゃった。
「うわあああああ!!」
高橋さんの叫び声が響いた。
さっきから、高橋さんはソファに倒れたまま全く動かない。顔を腕で覆っているので表情は見えないが、耳がそうとう赤い。余程の衝撃だったのだろう。
「うわあ、本当に写真送っちゃった。……高橋さん、ご免なさい。でも、石川ディレクターもギャグとか判ってくれる人なんで、きっと大丈夫だと思いますよ?」
そう言いながらフローリングの床に座る。と、リズがとても嬉しそうに刷り寄ってきた。
「ユーキ、ユーーーキ!すごーく、可愛いです!その格好!うちの世界だと女の子の服みたいに見えちゃうけど……。似合うし、綺麗で可愛いし!!きゃー!もー、おねえさまって呼ばせてください!」
……これは。例のあの状態、か。
甘えたように刷り寄って抱きついてくる様子は、嬉しくなくはないんだが。
「……すぐ着替えてくる。」
「えー!?もうしばらく堪能させて!!」
「やめて!脚にスリスリしないで!?」
「おねえさまの脚、すべすべー」
「体毛が薄い体質なんだよ!恥ずかしいからやめてー!!……あ、こら!そんなっ駄目だから!!」
リズは俺にのしかからり押さえつけながら、ミニスカートからむき出しになった脚をなで回してきた。頭で俺の胸を、片腕で俺の肩を押さえ、足を絡めて捕らえようとする。やがて手が、スカートの中に侵入してきた。足をじたばたと動かし、逃れようとしたが、リズを怪我させないように動いているためか、それとも鼻息が荒くなっているリズが馬鹿力なのか、うまく逃れられない。柔らかな女の子の身体を全身で受け止めているためか、ちっとも力が入らない。
「っ!ちょっ!待って!駄目!!」
リズの手が擽るように下半身をはい回る。
やばい。これはきつい。
「ほ、本当に、駄目だから!っん!」
声にならない音が漏れる。
と、不意に、身体の上に乗っていた重みがなくなった。
「……人の家でじゃれるな。さっさと着替えてくるか、二人で円山町行け。」
見上げると、高橋さんがリズを猫の子のように持ち上げていた。
逆光で表情は見えないが、背筋が凍る程の恐怖を感じ、俺は急いでトイレに入り、借り物のジャージに着替えた。




