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06

そこは、広々とした、所謂謁見の間のようだった。

窓やシャンデリアはないが、豪華な神話のようなフレスコ画の描かれた高い天井と、幾枚もの肖像画らしい絵画の飾られた壁面自体が優しく輝き、室内を明るく照らしている。

床には細かい意匠が織り込まれた絨毯が敷き詰められ、俺の数メートル前方には白っぽい宝石を鏤めた白金色の玉座、そこには威厳を擬人化したような壮年の美丈夫……おそらく、王、が座っていた。

また、王よりは威厳はないが、豪華なローブを纏った、少しリズの面影を持つ魔法使いっぽいおじさんが、王っぽい人のいる場所より一段下に立っている。他にも俺を取り囲むように、ローブを着た数人の男女。それから護衛の兵士らしき白い鎧姿が数名、貴族とか、大臣とかっぽい人たちが数名、みんな、神妙な面持ちでこちらをじっと見ている。


……なんなんだ、ここ。


ーーーフリーで使える資料写真を手に入れるチャンスだ!!

混乱した脳が俺にそんな場違いな命令をくだした。急いで写真を撮るべく、ポケットの中のスマホに手を伸ばそうとしたが、指一本すら動かす事が出来なかった。


唯一動く目線で自分の足元を見ると、複雑な魔方陣がぐるり、と描かれている事に気がついた。


あ、あれ?どういう状況なんだ?これ。


視線を前に戻すと、いつの間にか王っぽい人、が、段を降り、俺の目の前に立っていた。こうやって近くで見るとプロレスラーのようにでかい。濃緑に光る黒髪に深い緑の瞳。口髭も濃緑だ。しかもオッサンの癖にかなりのイケメンだ。爆発しろ。


王は、やや腰を落とし、除きこむように俺の方を見る、が、何故かその緑の瞳は俺を捉えてはいない。


「私はヨルドモ王国の王、サイラス。美しき科学世界の騎士よ、このような形ではなく、できることならば直に顔を会わせたかったが……。

『概念』という形をとり、初めての会合を行う非礼をまず、お詫びする。」


む。

全く頭は下げてないけど、いきなり謝られたぞ。謝るならまず動けるようにしてほしいんだが。


「あなたのように美しく、凛々しい騎士が異界に居ようとは……。いや、異界にだからこそ、物語のように美しき女騎士が存在するのかもしれぬ。」

サイラス王が俺の頬に触れんばかりに手を伸ばしてくる。

ひぃぃぃっ!俺、また変態に狙われているのか!?

身体は硬く硬直し逃げることも、声を出すこともできない。これから起こるだろう惨事が頭をよぎり、恐怖に心臓が早鐘を打つ。


しかし、サイラス王の伸ばした手は、俺に触れることなく宙を掻いた。


「異界の美騎士よ。私の為に、ここに姿を顕してくれないか。あなたの仕える主を私とし、そして私の膝の上でヨルドモ王国を支えて欲しい……。」

緑の瞳は熱っぽく光る。


えっと。

ひょっとして、俺は異世界でいきなり王に口説かれているのか?


「まだ伝えたい事はあるのだが、何分時間が足りぬ。ここにいるヴェルガーは、あなたが保護している少女の父親だ。

何の益もなく我が国のものを保護してくれているあなたに、さらに烏滸がましい頼みごとをしなくてはならない、が……

騎士よ。少女を、この世界に戻す事に手を貸して欲しい。そして出来るならば少女と共に、あなたもこの世界に……。我願いが届くならば、いつでもあなたの全てを受け入れよう。」


……うわあ。リズのお父さん、なんだか微妙に納得いかないって顔してるよ。これじゃ、リズを戻す為じゃなくて、俺をそっちの世界に連れ込むために口説いてるだけだもんな。

異世界、怖い。行きたくない!


「……もう時間のようだ。では、色よい返事を待っている。」


サイラス王は言いながら顔をさらに近づけてきた。

うひゃあ!!ムリ!絶対にムリ!


顎鬚が俺の顔に触れんばかりの距離まで近づく。迫りくる唇から逃れようと手足に動け!と指令を送るが、身体は全く動かず、身を反らす事すら出来ない。

洒落にならない恐怖から再び目を硬く閉じると、薄い瞼の皮を通して世界がまた白い光に包まれた。



「っ!離して!触らないで!!」

ゆっくりと目を開くと、そこにはリズを羽交い締めにしている高橋さんと、逃れようと暴れるリズの姿があった。


「篠田くん!気がついたか!?この子、どうにかしろ!」

「男の癖に、私の邪魔、しないでよ!!」

「いやいやいやいや!!ダメですよ、高橋さん!リズ嫌がってるじゃないですか!?女の子に、無理強いしちゃ、ダメですよ!!」

急いでリズに駆け寄り、高橋さんから引き離す。


「どうしたんですか?いったい。高橋さんらしくもない。」

リズの肩を抱いて、庇うように立つ。細い肩が上下し、呼吸を整えている。


「……見ろ、そこ。お前のいたとこ。」

高橋さんに指さされ、そこを見ると、光るペンが転がり、フローリングの床に未完成の魔方陣が直接書き込まれていた。


「……」

俺は無言で腕の中のリズを見る。


「篠田くんが突然動かなくなっただろ?そしたらリズちゃんが、『大チャーンス!』って叫んで、床に直接魔方陣を書こうとしてさ。」

「……えへ。」

「……いい加減、人を性転換させようとするの、止めようよ……。」


ひょっとしたら、ヨルドモの人間は、みんなこんなんなのかな……。

ふと、硬く握りしめていた手のひらの中に、何かがあることに気付いた。ゆっくり手を開き、中にあるものを見る。


「なんだ、これ?……鍵?」

「ちょ、ちょっと!貸して!そ……」

リズが俺から鍵を奪い取った瞬間、今度はリズが凍りついていた。




リズは先程からずっと、俺の胸に額をもたれさせたまま動かない。俺が体を動かしたら、きっとそのまま倒れてしまうだろう。

鼻先をくすぐる髪の毛の柔らかい感触。嗅いだことのないシャンプーの香りに、頭がぼんやりしてくる。


「……俺、寝室にひっこんでようか?」


リズの描いた魔方陣を中性洗剤を浸けた雑巾でこすりながら高橋さんが言った。


「勘弁してください……。」


先程の、リズのお父さんの不安げな表情が頭の中を過る。まだ幼さの残る娘が異世界に召喚されてしまった父親の気持ち、なんてものは俺には理解しきれないが、リズを父親に返さなくてはならない、と決意した。

俺にできる事があるなら、できる限り協力しよう。



ポトッ


フローリングに雫が落ちた。腕の中のリズは、いつの間にか肩を小刻みに揺らしていた。小さな小さな、嗚咽が漏れた。

背中に手をまわし、摩ってやる。

嗚咽は次第に激しくなり、ヒクッヒクッと頸椎が上下した。

涙は壊れた蛇口のようにポタポタと溢れ、足元を濡らしていく。


「……とにかく、座ろうか?」


俺はリズをソファに促し、背中を摩りながら隣に座った。リズは座ったまま、再び、身体から力をぬいて、俺の胸に顔を隠すように押し付けた。


「ご、ごめ……ユーキ。は、はだみず……ユーキの服に……」

「あー、いーよ、そんなん。」


掃除を終え、一人がけのソファに座っていた高橋さんが、俺に無言でティッシュを差し出していた。ティッシュを受け取り、リズの顔に押し当てて拭いてやる。

そしてリズはようやく顔をあげ、もう一枚ティッシュを受け取り、涙と鼻水を拭った。


「……ありがと」

「ん、大丈夫?……もしかして、さっきの俺のゲームプレイが怖かったから?」


それであそこまで泣かれてたなら、正直、今後の音楽ゲームとの付き合いかたを考え直さなくてはならない。


「……違うよ。そっか、私、なんだか昨日から泣いてばっかりだね。……今ね、『概念』で、お父さんとお母さんに会ったの。

ユーキがさっき、呪印で召喚魔法起動させたでしょ?それで扉が開いて、コレに『概念』を乗せて送り込む事ができたみたい。」


リズは手を優しく開き、鍵をつまんだ。


リズの受け取った『概念』によると、異世界召送喚魔法は両世界の扉が開いていないと成功しない、らしい。何分、ヨルドモでも異世界送喚は史実、初めてのことだそうで、リズが『本物の科学世界』の情報を込め、送った概念は、魔導師や学者、また国家全体を巻き込んだ、大変な騒ぎを引き起こしているのだそうだ。

そしてリズの作成した魔方陣は異世界への扉として、リズの部屋ごと厳重に王国管理下におかれたらしい。もし異世界から危険な何か(リズは機械兵の来襲に備えて、と言っていたが)がヨルドモ王国に襲いかかって来たとしても対処できるように、高位の魔導師たちが強固な結界を維持しつつ、こちらの扉が動くのを常に待ち構えているらしい。

まだ召喚から一日しか経ってはいないが、科学世界との交流が産むであろう利益と不利益に国中が揺れていて、とにかく、王国全体を挙げ、リズの帰還を祈っているのだそうだ。


「戻ったら、リズ、時の人になっちゃうね。」

俺が笑いながら言うと、リズもぐちゃぐちゃな顔のまま、少し困ったように笑った。


「でもね、お父さんがこの鍵をくれたから、今すぐにでも帰れるかもしれないの……。多分、王様とかはそれは望まれてはいないのだろうけど、でも黙認して戴けたみたいで……。」


はあ!?


「え!?戻れるの!?」

「戻る、というか、何もかも無かった事にすることができるから……。」


リズのしているシルバーのピアスは余剰魔力を自動吸収し、蓄えておけるように作られているのだそうで、大抵の魔導師はいつかの切り札として、ピアスに魔力を貯めているそうだ。

成人を認められると受けとることのできる『鍵』を使い魔力を解放し、リズの一族に伝わる時の魔方陣を起動することで時間を戻す事ができるのだという。


「え、じゃあ、全部無かった事になるの?」

「うん。ピアス両方使えば、たぶん私が召喚される前に戻せるはずなの。そこで私が髪の毛切って、服も変えて、召喚の課題を諦めたら、多分召喚される事は無いと思う。」

「……記憶とかはどうなるんだ?」

高橋さんが聞く。


「私の記憶は残るよ。だけど、これは『存在しなかった時間』になるから。他にも、ルールがあって、『未来に得た記憶を過去の人間に伝える事はできない』『未来のものを過去に持ち込むことはできない』とかね?」

「じゃあ、例えば、今すぐ発動したら……」


すべては、無かった事になる。それだけだよ。


リズは答えなかったが、そう、言われた、気がした。


「ふーん。なんだか切ないな。今あるこの世界は全く未来につながっていない、か。

はあ、なんだか、変なラストで全て解決しちゃうな。推理漫画みたいで少し楽しかったんだけど。」


高橋さんが大きく伸びをしながら言った。確かに、なんだか気持ち悪いエンディングだ。サウンドノベルなら確実にバッドエンドだろう。


「……ほんとに、ご免なさい。」

リズが小さな声で呟く。リズを両親に返すことに協力しよう、と決意したばかりだ。責めることは出来ない。


「うん、それと、今さらなんだけど……ユーキと博士と、あとこの国の国王様宛にも、『概念』を預かってるんだけど……。」

あー。そっか。

さっき俺がみた異世界は、『概念』なのか。リズの作った『概念』とはぜんぜん違って具体的だったなあ。


「俺、さっき、『概念』受け取ってたよ。なんか、気持ち悪いおっさん、サイラス王?に、口説かれた。」

「……ああ。王様見た目は格好いいけど、やたら女好きだから。……私の送った『概念』でユーキの事を視て、喜んじゃったのね。……男ってやっぱり、最悪……。」

「俺にも『概念』きてるの?へー。見せて見せて。」

言いながら高橋さんが鍵に手を伸ばし、そして先程のリズのように凍りついた。

ここは本来ならオデコに肉、と描くべきかもしれないが、あまりそんな気分にはなれない。


「後、この国の王様は、どこにいるのかしら?概念渡さないと……。」

「うーん。それはやめといた方が……。俺には全くコネとかないし……。」


もちろん高橋さんにも無いだろうし。

そんな話をしているうちに、高橋さんが再び動き出した。


「……これ、すごいな。ホント、異世界だった。」

「お帰りなさい!博士には、なんて言ってたの?」

「うーん。言葉が、全くわからなかった。」


ああ。異世界、だもんな。リズの『言語のコピー』とかをやったから、俺は言葉がわかったのか。


「でも、ろくでもない相談をされた気がするから、気にしない事にするよ。未来はなくなるんだし!

さ、篠田くん、ボウモアでもアドベッグでも何でも開けていいぞ!飲み会再開だ!」


もうクリスマスイブは、終わろうとしていた。

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