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05-2

「リズそっくりな『黒リズ』が解放されたから、リズが召喚されたんですかね?」


タブレットにふわふわ浮かぶ『黒リズ』を、指で弾く。『黒リズ』は、ニュートラルのモーションを止め、こちらを向いて首を傾げた。

こうやって見てみると、仕草までリズにそっくりだ。


バチンッ


「痛っ!」

「篠田くん、本当にバカだね。

確かに、篠田くんにナイショでリズ進化形何種類か仕込んだけどさ、デバッグはちゃんとしてるから。製品なんだから。

普段のデバッグ管理データベースの他にちゃんと『ユーキちゃん絶対特秘デバッグデータベース』を用意して、厳重管理してたんだよ?

ちなみに他進化形態には篠田君の歴代ボツ案が多数、アレンジされて盛り込まれています。」


デコピンされた。……地味に痛い。

何故そんなデータベースを用意してまで、俺を驚かせようとしたのか、意味がわからない。

どうせ、『それがエンターテイメントに携わる側の人間だからだ!ドヤァッ!』なんだろうけど。


「リズ進化形態って何種類かあるんですか……。じゃ、俺が使ってたタブレットで『黒リズ』を解放したからリズが召喚された、とか。」

「全員、会社から配られた、製造番号以外になんの違いもないタブレットでデバッグしてたけどな。」


確かに、デバッグで『黒リズ』を解放する度にリズが召喚されていたなら、もっと前の時期に召喚されていただろう。


「もしかして、俺にすごーく魔力があって、うっかり召喚できた、とか?」

リズの方を見ながら言う。

もしそうならゲーム大好きな俺にとって夢のような展開だ。


「ユーキも、博士も、魔力、フツーよりは、少し多め、かな?魔法の才能はあるんじゃない?

でも、少し才能があるくらいで魔法が普通に使える、なんて馬鹿なことはないよ。こっちの世界では三歳からずっと勉強してて、ものになるか、ならないか、なんだから。」

「ほー。篠田くんも俺も、魔力あるんだ。確かに、産まれつき速く走る才能があったとしても、ずっとベッドの上で生活してたら走れんわな。」


ちぇー。

でも、俺、魔力普通より多いのか。地味に嬉しいな。


「じゃ、タイミングですかね?俺が解放したタイミングでリズが魔法を使ったから召喚されたとか。」

俺がそういうと、高橋さんが首を傾げながら言う。


「まあ、それはあるのかもなあ……。全て、何もかもが偶然の一致です!で片付けるのは、腑に落ちないけれど。宝くじにあたるより低い確率で、偶然が重なった、とか。」

「んー。私、ここ何日間かずっと召喚魔法基礎の課題にかかりっきりだったの。それで魔法はもう何回も発動させてたんだけど、何で白鏡を対象にした回で世界を移動しちゃったのかな?

何回も失敗したせいで、大事な宝物、もう殆ど変になっちゃった。白鏡が変になっちゃったのも、きっと召喚魔法基礎の課題のせいだよね。」


召喚系統魔法に失敗すると、対象が変質する、というのはリズの世界では常識らしい。


「変になったっていうか、これは融合だな。こちらの世界のタブレットとの。他の宝物も、異世界の何かと融合した、とかなんじゃないかな。

……リズちゃんと篠田くんが融合、とかじゃなくて良かったね。」


嫌なこと言うなあ!高橋さんは!

霧の中の悪夢を思わせるゲームの雑魚クリーチャーのように融合した俺とリズを想像してしまい、身をこわばらせる。


同意を求めるように隣のリズを見ると、赤らめた頬を押さえ、恥ずかしそうに俺を見ていた。

どんな融合を想像……いや、妄想をしたのかは聴かないようにしよう。



リズは何日間かずっと召喚の課題をやっていた。

何故、俺以外のスタッフ全員と外部デバッガによる綿密なデバッグやテストプレイの時にリズが召喚されなかったのだろうか?


俺の最終日のテストプレイと、他のスタッフとの違いは何だったんだろう。



「篠田くんと他のスタッフのテストプレイの違い?そりゃ、変人すぎること、だろうなあ。

このデータ見た感じだと、オデュッセイアの譜面だけ連続して50回やっただろ。

……エクストラバードの曲を最終ロムチェック期間内に連続して50回、ガチでパーフェクトクリアするなんてプレイスタイルが気持ち悪い。

しらみ潰しチェックは普通、もっと前のロムで、テストコードでやるし、外部デバッガーさんもさすがに同じ曲を連続して50回、とかはやらないから。」


さりげなくディスられた気がするが。

テストコード、とは、プログラムを使ってチート状態にする、アレのことだ。たとえば指板に触らなくてもパーフェクトクリアになったり、そういうことをして、デバッグの効率をあげる。


「……じゃあ、実際に一気に50回、エクストラバードで『オデュッセイアの黒』をクリアしたのは、俺が初めてなんですかね?」

「そうか。確かに、そうだな。じゃあ、ためしにやってみるか。」


やってみる?ゲームを?でも、外付けの指盤、アーケードスタイルコントローラも曲も無いのにどうやって?


「リズちゃんは、この変人のプレイにおかしな点がないかよくみててね?」

リズが真剣な目をして頷く。

高橋さんがプリンターからOA用紙を出し、5×5の升目に区切った。おそらく、【scratch beat】の指盤、のつもりだろう。


そしてUSBメモリを取りだし、パソコンに差した。


「篠田くん、ユビフ、完璧に覚えてるでしょ?変人なんだから。」

音ゲーのマッド譜面は弾幕シューティングと同じ、覚えゲーだ。50回以上クリアした曲。しかも俺が組んだ譜面。

確かに、音楽さえ流れれば指が勝手に動くだろう。


「でも、曲は、『オデュッセイアの黒』は、どうするんですか?」

「あるよ、ここに。」


高橋さんがUSBを指差して言う。……いくら特殊権限持ちでも、それは、まずいんじゃないですかね。流石に会社的に。

俺がジト目をしていると、高橋さんが焦ったように言う。


「違う、違う!ちゃんと仕事で託されたんだって!訳あってね?」


えー。休暇中なのに?なんか、怪しいな。俺の勘が、何かをザワザワと告げている。


高橋さんはじっと見ていた俺の頭をバシバシと叩いて言った。


「とにかく、やるぞ。……ready start!」


聞き慣れたイントロがPCのスピーカーから流れ始め、俺たちの間に緊迫した空気が走った。

もう、何百回も聴き馴染んだメロディーラインが、はりつめた空気を一噌凍らせるかのように、凛、と響く。


俺の大好きな曲。


譜面を作れ、と樹里さんの曲を渡された当事は、まだ失恋をしたのかどうかすら、理解出来ていなかった。

ただ、曲に深く沈み混むように繰返し再生をし、歌声で胸を満たしながら、樹里さんからの返信を待ち続けていた。


エクストラバードの難易度で譜面を作るやり方としては、より、変態に、サディスティックになる、というものがある。

ユーザーの指動パターン、行動パターンを読み、ここでこれが来たら絶対に嫌だ、を理解した上で、あえてそれを行い、ユーザーを挑発し、翻弄し、そして時に奉仕する。完璧に逃れられない『キモチイイ』の檻を作るのだ。


しかし、この曲では俺はそうしなかった。


女神に捧げるダンスの振り付けをするべく、もっとも美しく指が動く動作を空想し、樹里さんのあの白くて細い指が、指盤を踊る様を夢想し、指譜を並べた。

あんな独りよがりな指譜が採用された理由はよくわからない。が、中村チーフ、石川ディレクターのクオリティチェックを通った直後、足腰が砕けるように椅子に崩れ落ちたのを覚えている。

椅子にもたれ掛かり、脳がグラグラする心地好さに身体を委ねながら、とっくの昔に失恋をしていた事に、ようやく気がついた。


紡がれはじめた樹里さんの歌声に合わせ、指譜を踊る。

現代ジャズの変則なリズムに指を委ね、執拗に樹里さんの声にすがる。

耳と指に意識を集中させ、頭に浮かぶ指譜の光をなぞり、躍り続けた。


「……これが、樹里さんの声。」


リズが小さな声で呟く。

曲は半ばに差し掛かり、指譜は激しさを増していく。

息を飲む小さな音が聴こえた気がした。



およそ2分間のダンスを終え、二人の方を振り向くと、リズは泣いていて、高橋さんは呆れたような表情をしていた。


「変人を通り越して変態だな。指盤無しに恍惚とした顔で『scratch beat』をやっている姿ははっきりいって不気味だったぞ。」

「高橋さんがやれって言ったんじゃないですか!!……それと、リズ、どうしたの?」

「ユーキ、怖い……。」

な!?

泣きながら怯えているリズに、高橋さんも気がつき、動揺を隠しながら話しかけた。


「リ、リズちゃん?確かに、篠田くんの異様なスピードの手の動きとか、世界に入っちゃってる表情とか、終了後のドヤ顔とか、何もかもが不気味で気持ち悪かったのはわかるけど、さすがに泣くほどでは無かったと、思うよ?

篠田くんも悪気があって気持ち悪かったんじゃなくて、なんていうか、リズちゃんに協力するつもりでやったことが、ナチュラルに気持ち悪いだけなんだし……。ね?

そんなに怯えたらいくら変態でも傷つくよ?」


高橋さん……。

それは俺に対する止めであってフォローにはなってないです……。


「……そんなに変態で気持ち悪かったですか……。俺は。」

こっちが泣きたい。

「……だ、だって、すごく、変質的だったんだもん……。そ、そんな、しつこくて猛スピードで正確な結印、はじめて見たから……。わ、私の、ベランダさまだと、思ってたから……。

そんな結印、よっぽど変態な魔導師か、呪印使いしか、やらない……。」

「……呪印?俺のユビフ、呪印になってたの?」


リズがコクコク、と首を縦に降る。


「……あんな最悪な呪印、はじめて見た…。粘着質で強引で。まるで、『お前を闇の世界に引きずり込んでやるぞ!』っていう凶悪な怨念をそのまま印に乗せたみたいな。……しかも、あの呪印を50回とか繰返してたかと思うと、本当に、怖くて……。」

……そんな怨念、込めた覚えはないんだけど。


「篠田くんは本当に、この世界の枠を越えた、グローバルな変質者なんだな。つまり、リズちゃんを召喚したのは、この変質者くんだった、という事か。」

「……そうね。だからユーキの目の前に私、召喚されたのね。……ユーキ、大丈夫。わざと呪印を使った訳じゃないって判ってるから。少し、まだ動転してるけど、ユーキが怖いわけじゃないから……うん。」

リズは怯えを隠しながら言った。

あー。なんか俺、本当に哀しくなってきた……。


「……それと、」

リズが光るペンを取りだし、サラサラと魔方陣を描きはじめる。

いつもの複雑な魔方陣ではなく、線の少ない、単純な魔方陣だ。


「詠唱無しの結印だけで、魔導が発動するわけないから。ユーキ、これ、起動の魔方陣の基礎形状なんだけど、この中に、見覚えのある魔方陣、ない?」

並べられた6つの陣はどれもよくゲームや漫画で見かける、いわゆる普通の魔方陣だった。

そのうちの一つ、円の中に三角形を2つ重ねたいわゆるダビデマークに引っ掛かりを感じ、指を伸ばす。


「んー。これ、なんか」

「だ!だめ!今触ったら発動す……!!」

指が魔方陣に触れる。

その瞬間、魔方陣は激しく明滅を始め、真っ白な光が全てを飲み込むかのように膨張しはじめた。


この感じ!

昨日の夜、リズが現れた時と、全く同じ!!

空間を押し潰すような圧力が光と共に広がり、全ての音が消え去る。


しばらくたち、自分が目を硬く閉じていたことに気がついた。

何かの音がまた聴こえてきていたが、それは高橋さんの家で普通に聞こえる雑音とは異質なものだった。


そして、目をゆっくり開けると、そこはヨーロッパ風な王宮だった。

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