05-1
呑み代は、何故か高橋さんが全額払ってくれた。曰く、「クリスマスイブに、女の子に払わせる事は出来ない」だそうだ。
俺は男なんで払います、と言ったのだが、カッコ悪いから払わせろ、と言われてしまった。理由には納得いかないが先輩が奢るというのだからいいか、と甘えることにした。
駅前でタクシーを拾い、高橋さんの家に三人で向かう。
魔法のエフェクトが派手すぎて店やカラオケなど人目につく可能性がある所は避けたい、のだそうだ。
「それに、うちなら機材もツールもあるから、タブレットを掘って調べられるしね。」
「そうですか。……家に行くにあたって、大事なお願いがあるんですが……。俺の描いた例の本だけは、リズから隠してくれませんか?」
声を潜め、高橋さんに耳打ちする。
今日イベントに行ったばかりの高橋家には俺の描いたエロ同人誌があるに違いない。
変態小娘とはいえ、理想的な外見の美少女でもあるリズにアレを見られて詰られるのは、なんとしてでも避けたい。
一瞬、高橋さんの顔が愉悦に歪んだ。
ゾクッと首筋が危機を感じ取る。
「……今日、篠田くんと会う為にわざわざ他のみんなとのカラオケをキャンセルして来たんだけどさ?
なんかねー、そしたらたくさーんクエストが発生しちゃってね?まー適当にーって思ってたんだけど……。ほら、石川Dから、これ。」
そういってスマホのメールを開いて俺に突きつけてきた。リズも後ろからのぞきこんで怪訝な顔をしている。……文字が読めないからだろうが。
タイトル【クエスト一覧】
本分【以下のクエストをクリアし、証拠写真を送ること
①サンタコス
②メガネに男物ワイシャツ、ズボンは履かずに上目遣い
③縛られてる
④ベットで枕を抱えて甘える
⑤裸エプロンで御飯をつくる】
「……石川ディレクター、何考えて……。
俺、高橋さんのそんな気持ち悪いコスプレ姿、見たくないっす。
高橋さんって石川ディレクターとそんな関係だったんですか!?」
「バカか!んなわけないだろ!篠田くんがコスプレしろってさ、これ全部!
さっき、リズちゃんと篠田くんの写真送ったからもう反響がすごいすごい。次々と新規クエストが追加されて……。」
ニヤニヤしながらスマホを確認していた高橋さんが僅かに驚きの表情を浮かべた。
「?どうかしたんですか」
「いや、なんでもない。うん、カラオケ行かなくて良かった。こっちのがあり得ない体験できるしな!」
そういって、俺とリズの頭をガシガシと撫でた後、窓の外に目を遷し、考え事をしはじめたようだった。
高橋さんの突然の変化に、俺とリズは軽く目配せをして、そっとしておくことにした。
三人無言の微妙な雰囲気のまま、タクシーは恵比寿にある高橋さんのマンションへと到着した。
モノトーンでまとめられた1LDK。リビングは予想通りキッチリと整理されていて、掃除もちゃんとしてある。
うちと違い、ゲーム機やケーブルが散乱している、ということはなく、リビングのテレビが巨大すぎることと、ケースの裏面から基盤が剥き出しの自作PCが三面モニターにつなげられていること以外は、都会の男性のオシャレな独り暮らし、といった雰囲気だった。
「高橋さん、部屋キレイにしてますね!」
「ホント、ユーキの部屋と全然ちがう!」
「まあ、今日は急いで掃除したから。」
今日はイベントに行っていて時間が無かったはずなのに、なんで掃除もしたんだろう。
リズがじっと高橋さんを見つめ、そして聞き取りにくい小さな声で言う。
「……恋人同志が過ごす日に、後輩の男の子を部屋に連れ込む予定だったとは、さすが変態博士だわ……。」
「違うから!博士でも変態でも無いから!汚いのが気になっちゃって、つい掃除しただけだよ。普段からそれなりには掃除してるからね?」
リズの一言で、高橋さんの微妙な雰囲気が元に戻った。リズなりの気遣いギャグなんだ、と、解釈しておこう。
「そんなことより……例の本はどこに?」
高橋さんに耳打ちし、キョロキョロと、室内を視線だけで漁る。
「ああ、エロ同人誌は寝室に決まってるだろ?」
隣室への扉を顎で指しながら高橋さんが応えた。
あー。目的がありますから、そーなりますよね~。
少し安堵した俺のレーダーが、あるものを捕える。
「諭吉超えゲットだぜ!!」
室内に走り入り、高橋さんの制止を降りきりながら、宝物をゲットした。
ボウモア25年。アイラモルトウイスキーのうまーいやつだ。
「こら!やめっ!それは、味のわからない酔っ払い小僧に呑ませる酒じゃない!!」
「ひゃっはー!これ空けちゃいましょう!うまーいやつー!」
リビングの中央でボウモアを抱きながら一心不乱にゴロゴロ転がり続けると、諦めたような盛大なため息が聞こえ、カチャカチャとテーブルの上にグラスが並べられた。
いつの間にか、リズ用にジンジャーエールも置かれ、ナッツとチーズが皿に盛られている。
「篠田くんはどうせ役立たずだから、ゴロゴロしながら呑んでなさい。リズちゃんは幾つか質問もあるから、何となく画面見ててね。」
「はーい。」
リズが答える。
うわー。俺、役立たず扱いだ。でもボウモア諭吉越えが呑めるからいいか。言われた通り、ゴロゴロしながらグラスに丸い氷を入れる。
「じゃ、二回目のかんぱーい!メリークリスマス!」
「はいはい」
高橋さんがPCに向かい、タブレットPCを繋いでデータのコピーをとりはじめる。高橋さんの後ろではリズが心配そうにモニター画面を見つめていた。
俺は一人、床でゴロゴロするミッションを遂行することにした。
ゴロゴロゴロゴロ。
リズと高橋さんは、二人で俺を完全放置して、頭脳労働をしている。
ボウモア25年をガンガン呑んでやる、と、目論んでいたのに、いつの間にか安価なトリスとすり替えられていた。仕方がないのでハイボールにしてグイグイ呑む。
独り、無言で呑んでいると、酒の進みは異様に早い。
「おーい、篠田くん、プレイデータ確認するから、パスワード入力して?」
「ふぁい?」
「あれ?ユーキ、顔けっこう紅いよ?休んだほうがいいんじゃない?」
確かに、いつもより少し酔っ払った気がする。酒には強いつもりなのだが、変な夢を見て昨夜の眠りも浅かったし、少し疲れているのかもしれない。
「……うーん。少し酔ってるのかも……。」
少し、頭がボンヤリして、瞼が重い。
床からソファに這い上がり、横になったまま仰向けになる。足を体育座り状に折り畳み、首をぐあん、と傾けてリズ達を上目遣いで見た。
「青年誌巻頭グラビアのポーズ。」
二人は一斉に顔を背けた。
「……えっと、篠田くんのプレイデータを連動アプリと同期したらリズちゃんが現れたって事でいいんだよね?だからとにかく篠田くんのデータを確認しようと思ってさ。
でも、もしリズちゃんのタブレットを直で弄って、消えたりしたら大変だから、俺のタブレットに中身複製したのね?だから新規でパスワード入れないと、アプリを最新データにして起動、ができないんだよ。」
冷たい水を飲み、少し酔いの醒めた俺に、高橋さんが説明をする。
まだボーッとしているためか、何度か脳内で反芻し、理解しようとしたが、違和感を覚えた。
「んー?まだ発売前だから、パス入れてもサーバなくて同期できないですよね?」
「俺、ネットワーク管理者な上に特殊技能者権限あるから。まだデバッグサーバー生きてるからすでに繋げてあるし、痕跡も消せるよ。」
高橋さんは、指を口に当てて、黙ってろよ、のポーズを取りながら胡散臭く笑った。
……ハック?いや、ハックという程ではないが、何か会社にバレると面倒な手段を使ったようだ。
高橋さんからタブレットを受け取り、パスワードを入力する。
俺が開発に関わったゲーム、【scratch beat】の連動アプリが起動し、聞き慣れたオープニングが流れた。そして俺のデザインしたいつものマスコットキャラクターがふわふわとナビゲーションをする、はず、だった。
「これ……。」
ふわふわと漂うマスコットは、リズ、そのものだった。
「おー。やっぱり。黒リズだ。ちなみに黒リズ進化権利取得条件は、エクストラハードで『オデュッセイアの黒』を50回ノーミスクリアしてることね。
全く、ホンモノの変人だな、篠田くんは!」
「え?え?どうなってるんですか?これ。」
「石川Dがさ、篠田くんの思い入れの強そうな、あの初期キャラデザを隠し進化で入れてくれたんだよ。中村チーフ直々のモデリングで、なかなか良く出来てるよね?ちなみに、進化条件決めたのは俺だけど。
ほら、これがご褒美。
産まれて初めてデザインしたキャラクターが実機に出るって、嬉しいだろうと思ってさ。」
びっくりした。
まさか、このキャラクターが陽の目を見るとは。
「あ、ありがとう、ございます……。」
「仕事、すごく、よく頑張ってたからね。」
優しげな表情を浮かべる高橋さんの隣で、リズが眉をしかめる。
「……これって、樹里さん、であって、私じゃないのよね……?なんで黒リズって名前なの?」
樹里さん。
そうだった。
これは、リズではなく、樹里さんだ。
「リズって名前は、石川Dが適当に決めたから、本当に偶然。マスコットの名前、かなりギリギリの時期まで決まってなかったから、プログラマーまでしか伝わらなかったかもね。
reasonとrhythmから取ったみたいだけど。ってか、篠田くん、リズちゃんに樹里のこと話したの?」
「ええ。スケッチブックを見られたので。昔の彼女で、俺が振られたって。」
「え!?樹里さんに振られたの!?私聞いてないよ、そこまで!てっきり死んじゃったのかと思ってた!」
リズが俺の胸ぐらをつかみながら言う。
「……あ、あれ?言ってなかった?振られたんだよ。大分前に。……樹里さんは、このゲームの決起会の時に会った人で、今回俺が譜面を担当した『オデュッセイアの黒』の歌い手さんだよ。今、外国にいるんだって。」
「……篠田くんが、振られた?樹里に?」
高橋さんが怪訝そうに言った。
「あの(・・)後、何度かメールでやり取りしてたんですが、全く会って貰えず、しばらくして返信もぜーんぜん来なくなりました。」
俺が答えると、高橋さんは無言になり、また考え事をはじめた。
「じゃあ、樹里さんは、まだ生きてて、ユーキは、まだ樹里さんが、好きなの?」
リズに問われ、思わず胸に手を当てる。心臓の奥が鈍く跳ねた、気がした。
「……さすがに、もう好きじゃないよ。一年近く前のことだしね。」
ただ、もし、昨夜、あんなに慌ただしくリズが来てくれなかったら。
一人きりで樹里さんの歌を聴きながら譜面を叩き続けた後に、樹里さんをイメージしたキャラクターが出現していたら。
俺は、どんな顔をしてクリスマスイブを迎えたのだろう。




