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『猫の恩返し(?)』

掲載日:2026/05/04

『猫の恩返し(?)』


「あ~あ、なにもかもうまくいかない」

真人は公園のベンチで、空を見上げた。

営業は空振り。

振られた。――付き合ってすらいなかったけど。

財布も落とした。


風が、妙に冷たかった。


白い溜息を吐くと、缶コーヒーの蓋を開けた。

真人は、コンビニの袋から、おにぎりを取り出し、遅い昼食を取ろうとした。


冷たい風がうるさく聞こえる。

どこを見回しても、なにもいない。

いや、いた。

俺の真下。

「にゃ~ん」

かすれた、弱々しい声。


「汚い猫だな」


目がつぶれ、毛並みもボロボロだ。

鳴かなかったら、捨てられた雑巾と見分けがつかなかったかもしれない。

「俺と一緒で……人生、いや、猫生どん底なんだな」

真人は、おにぎりを小さくちぎった。

「おい、ほら……」


子猫は夢中でかじりついた。

口からぽろぽろとこぼれていく。


「……どうしたらいいんかな」

「一旦、家に連れて帰るか……」


真人は、成果の上がらない 営業をきり上げて、サボリモードで一旦家に帰ることに決めた。猫を連れて帰るために。

途中のペットショップで、猫用ミルクを買い、子猫をポケットに入れて家に帰った。

真人は、炊飯器が入っていた箱にタオルを引き、猫を入れた。猫はブルブル震えている。

もう1枚 タオルをかけてやった。

そして 猫用ミルクを溶いて 電子レンジで少し 温めてから、小さな皿に入れて 猫の目の前に置いた。

「仕事から帰ってきて、まだ生きていたら飼ってやるか、もっとも俺も どうなるかわかんないけどな」

そんなことを言いながら猫を置いて、今日も成果なしの報告をしに、会社に戻った。


会社で一通り 課長の小言を聞いて、真人は、家に向かった。帰りに猫の缶詰をいくつか買って、ついでに自分のビールを1缶 買って、空を見上げたり ため息をつきながら、家に帰った。


「おい 生きてるか?」

真人は、ダンボールの箱を覗き込んで、猫を見た。

猫はまるで死んでるのか、いや 小さな呼吸をしている。必死に死に抗ってるようだ。

真人は、自分の飯はそっちのけで、猫の目やにを取ってやったり、自分の洗いたてのシャツとタオルで、猫の体が冷えないようにくるんでやった。

「待ってろ、今 ミルクを温めてやるから」

真人が、ミルクを温めて、猫の前に小皿に入れて持っていくと、小さな目を開けて、少しずつ様子を見ながら飲み始めた。

「ちゃんと頑張って生きていたんだな。約束通り 飼ってやるよ。お前は今日から俺の家族だ。でも大した面倒は見てやれないと思うけどな」

名前もつけてやった、小さいから(ちび)、

「お前は、今日から、チーちゃんだ」

真人は、その日から 猫のことをネットで調べたり、たまには 猫のおもちゃを買ってきたり、猫の世話を始めた。もっとも 、猫のおもちゃには見向きもしないで、おもちゃが入っていたビニール袋の方で子猫は楽しそうに遊んでいた。

「変な猫だな。俺もあんまり変わらないけどな」

それからというもの、出勤前のチーのお世話、帰宅後のチーのお世話、その暮らしが、すっかり生活の一部になっていった。


「そんなに がっつくなって、いっぱいあるから」

チーは、すっかり元気になって、ご飯もいっぱい食べるようになった。そして体も少しずつ大きくなっていった。

最初に部屋に連れてきた時とは大違いだ。部屋中を元気に走り回っている。いろんなものをひっくり返すのはちょっと困りものだけど、それでも真人は一切怒ることはなかった。むしろ、チーの元気いっぱいの姿に、微笑がこぼれた。

公園のベンチの下で死にかけていた姿が嘘みたいだ。毛並みにも ツヤツヤしている。かなりの美人 じゃないんだろうか?猫だけどね。

体も倍ぐらい大きくなってきて、真人がいる時は大騒ぎ。満足するまで走り回ったら、膝の上に来て眠るの繰り返しだ。

チーが、走り回って、何でもひっくり返してしまわないように、真人の部屋はいつのまにか 片付いてきた。いや 片付けとかないと大変なことになる。

「お前 わざとやってるだろう」

「にゃーん」


真人の仕事は営業。会社の工場で造っている機材の販売をやっている。相変わらず成績はダメだけどね。

「こんにちは、N販売の小谷です。社長さんいらっしゃいますか」

今日も町工場の一つに、訪問営業にやってきた。

「あー 小谷君か、あんたんとこの機械を入れてやりたいんだけど、うちの経営もそんなに良いわけでもないんだ。品質よりも安い海外メーカーとか……おや!君 猫を飼ってるのかい」

「え?」

「猫の毛がついてるよ、ほらここにも、こっちもだ」町工場の社長さんはそんなことを、笑いながら言った。

真人は心の中で、チーのやつ、俺のスーツに飛びついていたっけ。まったく……

「いや私も猫好きでね。工場にも 何匹もいるよ」

いつのまにか 猫の会話で盛り上がってしまいました。営業の話は全くない。真人は、苦笑いをしながらも、チー(猫)の話、社長の猫の話で1日 終わってしまった。

「小谷君、機械導入の話 前向きに考えるから、また営業においでよ」

なぜかいい感じに営業が進んでしまった。今月の営業はとってもいい感じだ。

会社に戻ると、課長や同僚からも、どうしたんだって不思議がられる始末。

真人は、その日の帰り、ちょっと良い猫缶を買って帰った。


今日は休日で洗濯とか片付けとかを真人はやっている。ベランダの窓を全開にして、風を入れ替えて、洗濯物を干す。澄み切った青空と、晩春の風が気持ちいい。

そんな時 勢い余ってジャンプしてきたチーが、ベランダを飛び越え 外まで飛んで行った。

「おいこら どこ行くんだ」

真人は 玄関から飛び出して、チーを探し回った。

「チーどこ行った?」


しかしその日は夕方になっても日が暗くなっても帰ってこない。部屋で飼っていたから、帰り道がわからないのか、腹減ってないかな。でも元々 野良、あれだけ元気になればやっていけるものなのか?そんなことも考えた。


それから一月くらい、日が経ったが、チーは帰ってこなかった。真人は、仕事から帰ると毎日数時間 探し回ったが、どこにもいなかった。最初に出会った公園も、かなり探し回った。まるで 最初からいなかった存在みたいに、誰に聞いても見てないって言われた。チーは、全くの 行方不明だ。

「恩知らずめ」真人は、悲しく つぶやいた。

どこかで元気に生きていることをただ真人は願った。



今日は週の初め、会社の朝礼。営業部長の声が響く。

「小谷君、先月は いい成績だったね、今月は スタートダッシュが悪いみたいだけど、君には期待してるよ」

朝からそんなことを言われたが、心は上の空だ。

腹を空かしたチーの姿が頭によぎってしょうがない。


そんな姿を、事務員のリリ子は見ていた。


今日も1日仕事が終わって、真人は、帰路についた。ぼんやりして歩いていたらいつのまにか、ペットショップの前に着いていた。

真人は、自嘲気味に笑うと、ペットショップのゲージに入っている猫をぼんやり眺めた。

「別に猫が好きなわけじゃなかったんだけどな」

ポツリと呟いた。


アパートの自分の部屋の前に着くと、12〜13歳くらいの、白いワンピースを着た、女の子が、膝を抱えて座っていた。

「やっと帰ってきた、お腹空いたよ」

真人の正面を見据えて言葉を投げてきた。

「え?誰?」

「誰って、チーだよ。ちび。早く部屋に入れてよ」

真人は、混乱した。何が起きてるんだ。

アパートの 俺の部屋の前で、小学生高学年ぐらいの、女の子がいる。何がどうなってる。

「早く入れろ〜、お腹空いた〜、お・な・か・すいた~~~~」

少女は大きな声を上げ始めた。

真人は、このままでは近所に通報しかねられないと、観念して少女を中に入れた。

「俺 人生終わったかも」

少女誘拐監禁罪で、警察に連れて行かれる 未来が見えた。


部屋の中に入れてとりあえず、真人は夕飯だったコンビニ弁当を渡した。

少女は ガツガツ食べてる。本当にお腹空いてたのようだ。

「えっと、俺は君に思い当たりがないんだけども、とりあえず 名前とか教えてくれる」

少女はちょっと怒ったような顔をして

「チーって言ってるでしょ、ちびだって」

真人は、とりあえず もう少し話を聞くことにした。

「その、チーとか、ちびという名前には、猫以外には 知り合いはいないんだけどな 」真人はその子に言った。

「だからそう言ってるじゃん、ミルクないの?」

「いや 、どう見たって人間の女の子なんだけど」

真人は、自分の頭がおかしくなりそうな気分だ。

「迷子になって、泣きながら歩いていたら、車が飛び出してきて、そしたら髭の神様が出てきたの」

「え?意味がわからん、もしかして……」

「でひと夏の夢だよって、ミルクないの?」

「ひと夏の夢って……どういう意味なのか……」

あの後 ちびは車にひかれたのか?それで転生したっていうことなのか、でも人間のご飯 普通に食べてるし。

「この体だったら人間と同じもの食べれるんだって、だからミルク」

「ヒゲの神様は 他に何か言ってなかったのかい」

「恩返しでもしておいでって言われた、でミルクは?」チーと名乗る、少女は言った。

まったく、意味不明だ。


「ちょっと待ってろ 買ってくるから」

真人は、コンビニに行くついでに 夜風に当たって少し頭の中を整理することにした。

つまり車に轢かれて、死んだのだが、神様が出てきて、転生させたってことなのか? しかも人間の少女にして、恩返しさせるために。

いやいや 俺 通報されちゃうだろ。もうすぐ夏になるから、とりあえずは、夏休みの間 、親戚の子を預かってることにすればいいのか。

大家さんには、そう言っておこう。

コンビニから帰ったらいなくなってることを祈るしかないな。でも本当にチーなら、ちびなら……

ミルクを買って、いや パック牛乳だけどな、アパートの部屋に帰ってくると。少女はすやすや眠っている。

「警戒心 ゼロかよ」

初夏に入って気温は高くなってきたとはいえ、夜 このままだと風邪引いてしまうかも。

真人は、自分の布団を引いて、少女を布団の中に入れると。自分は ジャンバーを羽織って、座布団を枕に寝た。

「俺飯食ってねえや、まあいっか」


朝早く目が覚めた、少女が俺の胸の上で寝てたからだ。しかも 両手を顎の下に置いて、まるで 猫だよ。「あっ起きた、腹減った、ごはん」

腹が減ってるのは俺なんだけどな。

「待ってろ コンビニで朝ごはん 何か買ってくるよ、それと 牛乳 もな」

コンビニ おにぎりと、牛乳とコーヒーとそれから こいつのお昼ご飯になりそうな、お弁当とそれから お菓子。色々買って帰ってきた。

「俺 朝ご飯食べたら会社に行かなきゃいけないんだけど、 お前どうするんだ」

「え、ここにいるよ。恩返しする」おにぎりをむしゃむしゃ食べながら そんなことを言った。

「電子レンジ使えるか?お昼の弁当は冷蔵庫に入れとくから、サンドイッチも入ってるから 温めできないなら そっち 食べろ、ミルクも入ってるからな」

こんな小さな子が恩返しって何する気なんだろう、真人はひとつ ため息をついて、職場に出かけた。


会社に着くと、いつも通りの日常が流れた。

でも真人は、普段より少し真剣に営業を行った。

なぜなら食費が2人分になりそうだからだ。基本給だけじゃやっていけない、営業 頑張らないとな。

1日が終わって、食べ物を2人分買ってアパートに帰ると、おにぎりの包みも、弁当の殻も、ミルクの飲みかけ も、お菓子の包みもそのままで、よだれを垂らして寝ていた。もちろんあの少女だ。

「こら 起きろ、恩返しはどうした?」

「恩返しって、何すんの」

「いやいや こっちが聞きたいよ 何してくれるんだよ?」

「普通恩返しっていったら、美味しいご飯とか 掃除 洗濯とかするんじゃないのか?」

「そうなの? じゃあ、明日帰ってくるまでにお掃除しとくね、おやすみ」

「おやすみじゃない、今かたずけるの……」

「えーーー」

人間になった意味あるのかと、真人は思うのだった。


それからというもの、相変わらずの恩返しとは無縁の同居人と、

朝ごはんを食べて食べさせてから、真人は仕事に出かけた。

最近は、炊飯器でご飯も炊くようになった。お味噌汁も作るようになった。

魚も焼いたりもした、同居人の少女が魚食わせろとうるさいのだ。

それにコンビニ弁当ばかり食べさせられないしね。もちろん、作るのは真人だ。

人間の体になってもどってきたおかげで、食費は猫の数倍かかっている。

営業の仕事にも真剣に取り組み、成績も順調に伸びていった。


本当に、チーなのか?

ある日、真人は試すことにした。

「チー、一緒に遊ぼう」

「なにするの?」

そういって、真人は猫じゃらしのおもちゃを、チー(少女)の目の前で振った。

「なにやってるの?」まったく、反応なし。

次に、真人は、コンビニの袋を丸めて音をだした。

「こっちに、よこせ~」

やっぱり、チーだった。真人は確信したのだった。


あるとき、会社で、リリ子に声を掛けられた。

「最近、仕事終わったらすぐ帰ってるけど、何かあるの?食事に誘っても、飲みに誘っても、誰ともいかないみたいだし」

真人は、何と答えたらいいものか困った。

「えっと、猫、最近猫拾って世話してるから、気になってつい」

「そうなんだ、いいなぁ~猫さん、可愛いでしょ?うちにも猫いるよ」

「え?最悪だよ、ご飯は好きなだけ食べるし、食べたら食べたままだし、そこらへんですぐにゴロゴロするし、部屋は、散らかし放題だし・・・」

「あはは、それ普通じゃないの?」

そういわれて、真人は気が付いた。たしかに普通の猫なら普通かもだった。普通の猫なら……

急に思案顔になった真人に、リリ子は続けた。

「今度、ねこちゃん見に行っていい?」

「え?いや~猫見ても、つまんないよ」真人は、変な汗が出てきた。

「なんで?」

「いや~、また、今度ね」真人は、逃げた。



ある休みの日、「動物園!? 行く行くー!! 早く早くー!」

チーは朝から大興奮で、真人の手をぐいぐい引っ張っていた。

真人は休みに、近郊の動物園へチーを誘った。

人間の姿をしたチーなら、どこへでも行けるだろうし、見た目は完全に人間の子供だ。

園内に入った瞬間、チーの目は星のように輝いた。

ライオンの檻の前で、チーはガラスに両手をつけて大声を上げた。

「わあっ……! ライオン、でかい猫だー!!」

「でかい猫って……お前な」

真人は思わず笑った。

チーは真剣な顔でうんうん頷きながら、

「本当だよ! あのたてがみ、かっこいい……

私もあんな風に堂々としてみたいなー。にゃーん!」

ライオンが低い唸り声を上げると、チーはびっくりして真人の後ろに隠れ、

でもすぐに顔だけ出して「やっぱり、でかい猫……」と嬉しそうに繰り返した。

その後もチーは猫全開だった。

サルの檻では「私も木に登りたいー!」

ペンギンの前ではガラスにぴったり張り付いて「冷たそー……気持ちよさそう……」

小型猫コーナーでは一番長くいて、ガラス越しの、なんとか言う山猫と目を細め合っていた。

休憩ベンチでアイスを食べながら、チーは真人の膝に頭を乗せてきた(完全に猫ポーズ)。

「……真人、ありがとう。

動物園、初めてで……すっごく楽しかった。

ライオンがでかい猫だったね、おもしろかった」

真人はチーの頭を優しく撫でた。


チーが元猫であることに確信が持てるようになってからは、休みのたびに色んな所に連れて行った。

遊園地にも、ファミリーレストラン・・・映画館では、チーが画面に飛びつこうとして、大変だった。


そんな楽しい日々の夏も終わりごろになると、チーの具合が悪くなった。

最初は、やけに眠い眠い言うなぁと思ってたが、ご飯も食べなくなった。


…………「迷子になって、泣きながら歩いていたら、車が飛び出してきて、そしたら髭の神様が出てきたの」

「え?意味がわからん、もしかして……」

「でひと夏の夢だよって、ミルクないの?」

「ひと夏の夢って……どういう意味なのか……」…………


以前のチーとの会話を思い出し、真人は不安になった。

「病院に……連れて行こうか?」

真人は何度もスマホを握りしめた。

でも、戸籍も保険証もない少女をどう説明すればいい?

児童相談所に連絡されたら、チーは連れていかれる。自分は警察沙汰だ。

少女の姿になったチーは、日増しに容体が悪くなった。

チーは荒い息を繰り返し、額にうっすら汗を浮かべていた。

「……真人。ごめんね。

神様が言ってた『ひと夏の夢』……もう、終わりが近いみたい」

「言うな。そんなこと」

真人の声が震えた。

チーは弱々しく微笑みながら続けた。

「恩返し……したかったのに。

真人を幸せにしたかったのに……私、結局……」

「もう十分だ!余計なこと言うな」

思い返すと、あのボロボロの猫を拾ってから、真人の生活は大きく変わった。

生活が規則正しくなり、仕事にも真剣になり、自暴自棄になっていた自分が毎日真剣に生活を送れるようになっていたのだ。


真人は、有休をとった。

最近、営業の成績が伸びていた真人を休ませることに会社は少し渋ったが、

思ったより、すんなり数日休みを取ることができた。

「真人、拾ってくれてありがとう、楽しかった」

「何言いだすんだ、もっと美味しい物、楽しいこともいっぱいあるぞ、ミルクもある」

「今日で、お別れみたい」


真人はどうしたらいいのだろうと考えたが戸籍も何もない女の子をどうかできる方法が思いつかない。正直に言って・・・いや無理だ、頭おかしいと思われる。

そうだリリ子も猫飼ってると言ってたな、見てもらうか・・・秘密がばれる・・・

かまうもんか・・・真人は思った。

いざとなったら、リリ子にも頼んで、口裏合わせて病院にも連れていこう。

逮捕でもなんでもいいや。

仕事の終わりごろの時間に会社に行き、リリ子に頼み込むように車に乗ってもらい、自分のアパートへ、チーの元に急いだ。

「そんなに、慌ててどうしたの?」車の中で、リリ子は真人に聞いた。

「たぶん、うちに来たら驚くと思う、もしかしたら犯罪だと疑うかもしれない」

「なにそれ」

「他に、頼れる人がいないんだ、頼む」

「リリ子は、猫のこと詳しいよな?」

「飼ってるしね、普通には……猫ちゃんが具合でもわるいのね?」

「猫じゃないんだが……」

アパートに着いた。

「何も見ても、せめて今日一日、俺を通報しないでくれ、頼む」

「はぁ?」

「俺が、警察に連れていかれたら、どうか彼女の面倒を見てくれ」

真人は、深く頭を下げた。

「え?猫じゃないの?どういうこと…………」

リリ子は当惑している。

意を決して玄関を開けた。


「にゃーん」

コンビニの袋で遊んでいる、小さな影。

そこにいたのは――チーだった。

いや、猫のチーだ。


「可愛い猫ちゃんね。アパートだから、猫飼ってることばれたらいけないのね、通報とかしないし、あはは」

「え?なんで……」

真人は、つぶやいた。

目の前では、何事もなかったかのように、チーがコンビニ袋を追いかけている。


「猫連れてきても、逮捕とかされないし、すごく元気そうだね。なに?私を誘う口実だった?」

リリ子が、優しい瞳で真人を見つめている。


――一瞬、時間が止まった。


「猫に戻るだけかい!!」

思わず真人は叫んだ。


「にゃ~ん」

「どうしたの?」

チーとリリ子が、同時に顔を傾けた。


外は、涼しい風が吹いていた。

優しくて騒がしい秋が、すぐそこまで来ている。




おしまい



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― 新着の感想 ―
うーん、お茶目な神様、猫らしい猫ちゃん。平和ですね。 大量の誤字報告をしましたが、適用・非適用はご自由にどうぞ。書き始めたばかりの方にすみません。 まあ地の文では、視点(「真人は~」「俺は~」)や口…
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