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”理解ある彼女”になれなかった話

掲載日:2026/04/07

『女装=気持ち悪い』という偏見がまだまだある世の中です。

もし自分の彼氏が女装癖を持っていたら、どんな恋愛をするのか想像してみました。

気持ち悪い、とは、何に対しての感情なのか。

普通って何?、自由って何?、そんなことを考えて書いてみました。

 彼氏が、私より可愛い服を着ていた。


 正直に言うと、その瞬間、ちょっと無理だと思った。

でもそう思った自分の方が、もっと無理だった。


 クローゼットの奥に、見覚えのないワンピースがあった。

淡い色。柔らかい生地。細い肩紐。

私のじゃない。サイズも違う。


——じゃあ、誰の?


 考えた瞬間、答えが出る。

ここに出入りする女は、私しかいない。


「……見た?」

背後から声がして、心臓が跳ねた。

振り向くと、彼が立っていた。

いつも通りの顔。いつも通りの服。

でも、もう同じには見えなかった。


「これ」

私はワンピースを指さす。

「誰の?」

少しだけ間があってから、彼は言った。


「……俺の」

言い訳はなかった。誤魔化しもしなかった。

ただ、それだけ。

それが余計に、逃げ場をなくした。


 最初は、理解しようと思った。

というより、理解しないといけない気がした。


「別に、いいと思うよ」

そう言ったとき、自分でも少し驚いた。

もっと嫌な顔をすると思っていたから。

彼は、ほっとしたみたいに笑った。


「ほんと?」

「うん」

その笑顔が、いつもより少しだけ弱く見えたから。

それで、たぶん、決まってしまった。


 私は“理解ある彼女”になることにした。

それから、彼は少しずつ変わった。

最初は、家の中だけだった。

ワンピースを着て、鏡の前に立つ。

メイクをして、髪を整える。


「どう?」

そう聞かれて、私は言う。

「かわいいね」

口に出すたびに、少しだけ何かが削れていく感覚があった。

でも、それを無視した。

彼が嬉しそうだったから。

それでいいと思った。


 それからは、一緒に服を買いに行くようになった。

レディースフロアに並んで、同じラックを見る。

彼の方が、迷いがなかった。

「これ、似合いそう」

そう言って手に取る服が、正直、私より似合いそうに見えた。


試着室から出てきた彼を見て、私は一瞬、言葉を失った。

綺麗だった。悔しいくらいに。


「どう?」

同じ質問。

私は少し遅れて、笑う。

「……うん、似合ってる」

その瞬間、胸の奥で何かがひっかかった。

でも、それが何かは、まだ言葉にできなかった。


「外、出てみたい」

ある日、彼が言った。

女の格好のまま。

私は少しだけ迷ってから、頷いた。

「いいよ」

言った瞬間、自分で自分を褒めたくなった。

ちゃんと受け入れてる。ちゃんと優しくできてる。

そう思いたかった。


 街を歩く。

並んで歩く。

ショーウィンドウに映る私たち。

最初は、ただ少しだけ変なだけだと思っていた。

でも。


「ねえ、あの子かわいくない?」

通りすがりの声が、耳に入る。

反射的に振り向く。

視線の先にいるのは、彼だった。

「え、たしかに。めっちゃかわいい」

小さく笑い声が重なる。

私は、その隣にいるのに。

何も言われない。

見られているのは、彼だけだった。


その日、帰り道はほとんど会話がなかった。

彼は少し楽しそうで。

私は少し疲れていた。

理由は分かっていたけど、認めたくなかった。


次の日も、彼はワンピースを着ていた。

前よりも、ずっと自然で。

違和感を探そうとしないと、見つからないくらいに。


「今日、ちょっといい?」

そう言って近づいてくる。

距離が、少し近い。

その“近さ”が、前と同じじゃない気がする。

「そのままでも、いい?」

一瞬、意味が分からなかった。

「そのままって」

「この格好のまま」

言葉にされた瞬間、逃げ場が消える。

少しだけ、間が空く。

その間に、いろんな感情が通り過ぎる。

でも。


「……いいよ」

そう言ってしまう。

言ったあとで、もう戻れない気がした。

触れられる。そのはずなのに。

最初に意識したのは、体温じゃなかった。

布だった。柔らかい。軽い。

肌じゃないものが、先に触れてくる。

一枚、何かを挟んでいるだけで。

距離が、微妙に違う。視線を上げる。

そこにいるのは、彼のはずなのに。

“彼女”みたいな顔をしている。

目線が合う。優しい。

いつもと同じ、優しさ。

でも、その優しさが、どこから来てるのか分からなくなる。


「大丈夫?」

小さく聞かれる。

その声だけが、ちゃんと“彼”だった。

「……うん」

反射で答える。

少しだけ、遅れて。近づく。

距離がなくなる。

でも、どこかでずっと距離がある。

埋まらないままの何か。

「ねえ」

思わず、口が動く。

「なに?」

「……今」

言葉が続かない。

でも、聞かないといけない気がした。

「今、どっちなの?」

少しだけ、空気が止まる。

彼の目が、ほんの少し揺れる。

「どっちって?」

分かってるくせに。

「……私の彼氏?」

それとも。

言葉の先が、出てこない。

少しだけ、沈黙が残る。

彼は、ほんの少しだけ困った顔をしてから言う。

「俺は、ずっと同じだよ」

その一言で。余計に分からなくなる。


触れられて。受け入れて。

ちゃんと応えようとする。

でも。どこかで、ずっと考えてる。

今、私は。

誰に触れられてるんだろう。

同じはずなのに。同じじゃない。

頭では分かってるのに、体が納得しない。

ふとした瞬間。

彼の仕草が、少しだけ綺麗に見える。

自分よりも。一瞬だけ。

本当に一瞬だけ。

そう思ってしまう。

その感覚に、ぞっとする。

途中で、気づく。

力が抜けない。

でも、拒否もしていない。

その中途半端さが、一番おかしい。


終わる。

少しだけ、息が整う。

彼が、安心したみたいに笑う。

「大丈夫だった?」

その言葉に、少しだけ間ができる。

「……うん」

また、嘘をつく。


横に並ぶ。

距離は近いのに、さっきより遠い。

彼を見る。

メイクが少しだけ崩れていて。

それが逆に、現実っぽくて。

でも。

“彼”にも、“彼女”にも、完全には戻っていない。

その中途半端な状態が、目の前にある。

そのとき、はっきり分かる。

私は、この人を好きなはずなのに。

今、ここにいるこの存在を、ちゃんと好きだと言えない。

さっき触れられたことを、思い出したくないと思っている。

でも、同時に。

あの姿のまま近づいてきた瞬間を、

少しだけ綺麗だと思ってしまった自分もいる。

その矛盾が、

一番、気持ち悪かった。


毎週、買い物に行った。

女の子の服装の彼と。

部屋に戻って、靴を脱ぐ。

沈黙が落ちる。

彼が、何か言おうとしている気配がする。

その前に、口が動いた。


「ねえ」

自分でも驚くくらい、声が低かった。

彼が振り向く。

「……なに?」

その顔が、少しだけ女のままだった。

それが、余計に苛立った。

「それ」

指で、彼のワンピースを指す。

「やめて」

一瞬、空気が止まる。

「……何を?」

分かってるくせに。


「それ」

言葉がうまく出てこない。

でも、もう止まらなかった。

「私より似合ってるの、やめて」

沈黙。

彼の表情が、わずかに揺れる。

「……どういう意味?」

その声が、少しだけ震えていた。

それでも。

それでも、止められなかった。


「気持ち悪いの」

言った瞬間、取り返しがつかないことだけは分かった。

でも、少しだけ楽になった自分もいた。

彼は、しばらく何も言わなかった。

ただ、立ったまま、私を見ていた。

「……そっか」

やっと出てきた言葉は、それだけだった。

責めるでもなく、怒るでもなく。

ただ、静かに。

それが、一番きつかった。


 別れるのは、あっさりだった。

「ごめんね」

彼が言う。

「ううん」

私も言う。

「ありがとう」

「うん」

それで終わり。

驚くくらい、普通だった。


 帰り道、一人で歩きながら思う。

私は、間違っていたんだろうか。

もっと優しくできたんじゃないか。

もっと理解できたんじゃないか。

“理解ある彼女”になれたんじゃないか。

考えて、考えて。

それでも、ひとつだけ、消えない感情が残る。

正直に言うと。

最後まで、どうしても無理だった。


 でも、正直に言うと。

あの服を着ていない彼に、

少しだけ、がっかりしている自分もいた。


 ただ、身体だけが、あの時間を覚えている。

それが、どうしても消えなかった。

しばらくして、ようやく分かる。


 私は、“理解ある彼女”になれなかったんじゃない。

 なりたくなかっただけだ。

少しでも女装への偏見がなくなりますように……

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