第9話 すれ違いと嫉妬
埠頭での一件から、両親との間に、目には見えないけれど、確かな壁ができた。
父も母も、もう私の怪我について何も言わなくなった。ただ、私の帰りが遅くなると、いつもより少しだけ、リビングの明かりが長くついている。食卓での会話も、以前のように弾まなくなった。「今日の学校はどうだった?」という質問に、「いつも通り」と答えれば、それ以上は何も聞かれない。
彼らは、私が殺し屋であることを知ってしまった。だが、どう接すればいいのか分からず、戸惑っている。私もまた、彼らにどう接すればいいのか分からなかった。
そんな日曜日の午後、私は、亮くんと街でデートをしていた。彼は、私の手を握り、カフェに入る。何気ない、ごく普通の日常。だが、私の心は、この温かい時間に満たされていく。
「真白、これ、美味しいよ!」
亮くんが、私の顔を覗き込み、笑う。
私は、彼の屈託のない笑顔を見て、心から笑った。この笑顔は、両親の前では見せられない、私の素の笑顔だった。
その時、ふと、窓の外に、見慣れた二つの顔が見えた。父と、母だ。
彼らは、ウィンドウショッピングをしながら、通りを歩いている。そして、偶然、窓から私の姿を捉えた。
父は、私の、心の底から笑っている顔を見て、一瞬、立ち止まる。母は、私の隣にいる亮くんを見て、目を丸くした。
彼らは、私たちに声をかけることなく、ただ、通り過ぎていった。
その日の夕食時。
食卓には、重い空気が流れていた。父と母は、私に何も言わない。
「あの…」
私が口を開こうとすると、父が、私よりも先に口を開いた。
「今日、街で、お前と、知らない男の子を見かけた」
彼の声は、少しだけ、固く聞こえた。
「ああ、亮くんだよ。私の彼氏」
私がそう答えると、母が、少しだけ声を荒げた。
「あの時、真白は、私たちといる時よりも、ずっと楽しそうだった」
母の言葉に、私は、何も言えなかった。
「あの子は…お前の、その仕事のことを、知っているのか?」
父が、静かに尋ねる。彼の瞳は、私をまっすぐに見つめている。
私は、正直に答えた。
「うん。知ってるよ」
その言葉を聞いて、父と母は、再び黙り込んでしまった。
その夜、父と母が二人で話している声が、私の部屋まで聞こえてきた。
「あの子は…あんな危険なことをしているのに、なんで、あの子の彼氏は普通でいられるんだ…」
父の声は、困惑と、そして少しの怒りが混ざっていた。
「あの子は、その子の前では…」
母の声が、か細くなる。
「あの子は、その子の前では、本当の自分を見せられるのね…」
両親の間に流れる、静かな空気。その会話を聞いて、私は、初めて彼らの気持ちを理解した。
彼らの心の中には、嫉妬が渦巻いているのだろう。自分たちが知りえない真白の姿を、見知らぬ男の子が知っていることへの、戸惑いと、嫉妬。
私は、このすれ違いを、どう埋めたらいいのか分からなかった。
この日、私は、大切な人たちとの間に、また一つ、大きな溝ができたのを感じた。




