第8話 家族と、血の匂い
両親と三人で、港町を旅行していた。父は慣れない場所で少しぎこちなく、母は私の怪我を心配しながらも、旅を楽しもうと努めている。
「真白、この海、すごく綺麗ね」
母が、私の腕をそっと掴む。その手は、いつもより少し震えている。きっと、私の腕に最近できた新しい傷跡を、見つけまいと必死なのだろう。
私は、彼女たちの不安を打ち消すように、笑顔を浮かべる。この優しい二人の前で、私はいつだって、愛らしい優等生の娘でいたかった。
夜の埠頭。潮の匂いが風に乗って運ばれてくる。
私たちは、三人で海を眺めていた。ライトアップされた船が、水面に揺れる。平和で、穏やかな時間。
だが、その空気は、突然切り裂かれた。
ガラッ、ガラッ…
錆びた金属の、不気味な音が響く。
埠頭の暗闇から、黒い服を着た男たちが十数人、姿を現した。彼らの手に握られた鈍い光。それは、ナイフや金属バットだった。
「…真白」
父が、私の名前を呼ぶ。その声は、恐怖に震えている。母は、父の服を掴み、黙りこくっている。
「あいつが、桜色の殺し屋だ」
男の一人が、私を指差した。
彼らの目的は、私。私の過去の仕事の報復だろう。
両親の恐怖に満ちた顔が、私の視界を占める。彼らを巻き込んでしまった。この旅行に、無理矢理にでも行こうとしたのは、他でもない私だった。普通の家族旅行なんて、もう二度とできないかもしれない。そう思って、無理をした。
その結果が、これだ。
私のせいで、両親が危険にさらされている。
「…ごめんね、二人とも」
私は、ゆっくりと両親の前に立つ。
「真白、何をするんだ!」
父が叫ぶ。母が、私の服を強く掴んだ。
「大丈夫だから。…私に、任せて」
私は、振り返らずにそう言うと、母の手を振り払い、敵に向かって一歩、足を踏み出した。
彼らは、私を殺すために来た。
だが、私は、この平和な世界を、この愛しい家族を守るために、戦う。
私は、コートの内側に隠していたナイフを、静かに構えた。
「さあ…始めようか」
ナイフを構え、私は敵に向かって駆け出した。
最初の男が、私に金属バットを振り下ろす。私はそれを身をかがめてかわし、男の懐に飛び込んだ。ナイフの柄で鳩尾を突き上げると、男は呻き声をあげて倒れた。
「真白…!」
背後から、父の声が聞こえる。彼らは、恐怖と混乱の中で、私を見守っている。
別の男が、私にナイフを突き立てようと突進してくる。私は、その腕を掴み、そのまま男の身体を回転させ、別の男に叩きつけた。二人の男が、その場に倒れ込む。
その一瞬、私は振り返った。
両親は、恐怖に顔を引きつらせながらも、私を真っ直ぐに見つめていた。私は、彼らの瞳に、力強く頷いて見せた。
「大丈夫」
アイコンタクトで、そう伝えたつもりだった。彼らの目に、ほんのわずかな安堵が浮かんだように見えた。
その瞬間、私の背後から、一人の男がバットを振り上げていた。
ガッ…!
鈍い音が響き、激しい痛みが背中を襲う。息が詰まる。地面に膝をつきかけたが、私は必死に踏みとどまった。
「真白…!」
母の悲鳴が聞こえた。
「…平気だよ」
私は、血の滲む口元で、微笑んだ。そして、私を殴りつけた男の足元を払い、体勢を崩した隙に、その首元にナイフを突きつける。男は、ぐっと喉を鳴らして倒れた。
攻撃を受ければ受けるほど、私の動きは研ぎ澄まされていった。肘で、膝で、そしてナイフで。私は、次々と敵を無力化していく。私の桜色の髪は、飛び散る血で、さらに鮮やかな色に染まっていく。
戦闘は、あっという間に終わった。
埠頭に倒れ伏す男たち。そして、私一人だけが立っていた。全身は傷だらけで、息も絶え絶えだ。
ゆっくりと、両親の方を向く。二人は、信じられないものを見るかのように、私を見つめていた。
「真白…」
母が、私の名前を呼んだ。その声は、もう震えていなかった。
私は、血まみれの顔で、二人に微笑む。
「…私、殺し屋だから」
短い言葉だった。だが、それが、私の全てを物語っていた。




