第5話 始まりは、ただの暇つぶし
路地裏での一件から数日後。
私の顔や体の傷は、少しずつ癒えてきた。亮くんは、毎日私のことを気遣ってくれた。彼は、何も聞かなかった。ただ、そっと寄り添ってくれる。
それが、私にとっては何よりも嬉しかった。
土曜日の午後。二人で、誰もいない河原の土手道を歩いていた。穏やかな風が吹いて、私の桜色のふわふわな髪を揺らす。
「真白…」
亮くんが、不意に足を止めた。私も、彼に合わせて立ち止まる。
「…話してくれないか?」
彼の声は、静かだった。
「どうして、真白が、あんなことをしてるのか」
私は、空を見上げる。雲一つない、真っ青な空。
「きっかけ、か」
私は、少しだけ笑った。
「…大した理由じゃないんだ」
私は、目を閉じる。
高校に入学した頃、私は何もかもが完璧だった。勉強も、運動も、容姿も。周りの子たちは、私を優等生として、特別な目で見ていた。
「…それが、すごく退屈だったんだ」
私は、正直に話す。
「なんでもできる。誰も私に勝てない。毎日が、同じことの繰り返し。…どうすれば、この退屈な日常を壊せるんだろうって、ずっと考えてた」
そんな時、偶然、裏社会の掲示板を見つけた。そこに書かれていたのは、殺人の依頼。
「最初は、ただの暇つぶしだった。もし、こんなことをしたら、私の世界はどうなるんだろうって」
私は、初めての依頼を、軽い気持ちで引き受けた。
「初めて、人を殺した時…血が、すごく綺麗だと思った。それに、痛みを感じた時、生まれて初めて、生きてるって実感したんだ」
亮くんは、何も言わずに、ただ私の話を聞いていた。
「それからかな。私が、桜色の殺し屋になったのは。このふわふわの髪の色も、血を連想させるから、気に入ってる」
私は、亮くんに、そう言って微笑んだ。
彼は、私の頭に、そっと手を伸ばす。
「…桜色の、ふわふわの髪」
亮くんの指が、私の髪に触れる。その手は、優しくて、とても温かかった。
「真白の髪、すごく綺麗だ。…それに、真白が、そうやって正直に話してくれて、すごく嬉しい」
彼の言葉に、私は、胸が熱くなるのを感じた。
「…ありがとう」
私は、彼の手に、そっと自分の手を重ねた。
彼は、私の殺し屋としての過去を、理解してはくれないだろう。だが、彼は私を否定しなかった。それが、何よりも救いだった。