第22話 失われた感覚
私は、痛みを感じなくなった。
最初は何かの間違いかと思った。銃弾が肩を貫通しても、ナイフが腹部を切り裂いても、何も感じない。血が流れ、身体はボロボロになっていくのに、心は、ただ静かだった。
それは、私にとっての絶望だった。
痛みは、私を私たらしめるものだった。痛みに歓喜し、痛みに生を実感していた。そして、痛みは、私が愛する人たちを守った、最高の勲章だった。
だが、その感覚が、もうない。
私は、愛しい人たちを守るために、戦い続けている。だが、その戦いの代償として、一番大切なものを失ってしまったような気がした。
「…私、自分が、自分じゃないみたい」
ある夜、私は、亮くんと両親の前で、そう呟いた。
「どういうこと?」
亮くんが、心配そうに尋ねる。
「私、もう、痛みを感じないんだ。どれだけ傷つけられても、何も、何も感じない」
私の言葉に、彼らの顔は、悲しみに歪んだ。
「大丈夫だよ、真白は真白だ」
亮くんは、そう言って、私の手を握ってくれた。
だが、私は、もう、彼の言葉を信じることができなかった。
次の日、私は、学校で健太と美咲にもすべてを話した。
「…私、もう痛みを感じないんだ」
私の言葉に、美咲は、その場で泣き出してしまった。
「そんな…真白ちゃん…」
健太は、何も言わずに、ただ私の腕をじっと見つめている。私が以前、彼らを庇って撃たれた腕。その腕には、今でも、はっきりと傷跡が残っている。
「…柔道の技、かけてみてもいいか?」
健太が、真剣な顔で尋ねる。
「え?」
「痛みを感じられるように、俺が技をかけてみる」
私は、彼の言葉に、少しだけ希望を見出した。
放課後、私たちは、誰もいない柔道場にいた。
「いくぞ、真白」
健太は、私の腕を掴み、柔道の技をかける。その技は、骨を軋ませ、肉を締め上げる。
だが、私は、何も感じなかった。
「もう一度!」
健太は、何度も何度も技をかけた。
私は、彼の顔を見て、何も感じない自分に、絶望した。
もう、戻れない。
「…ごめん、健太。やっぱり、ダメみたい」
私の言葉に、健太は、技を解いた。
「痛みは、戻らないかもしれない」
健太は、そう言って、私の顔をじっと見つめる。
「でも、真白は真白だ」
「…え?」
「痛みを喜ぶ、ヤバい奴だった。でも、俺たちを守ってくれた、真白だ」
彼の言葉に、私は、涙が溢れるのを感じた。
「痛みを感じなくても、お前は、俺たちのために戦ってくれた。そして、これからも、俺たちを守ってくれる。その事実は、何も変わらない」
健太の言葉は、私の心を温かくしてくれた。
私は、痛みを失った。
だが、私は、真白を失ってはいない。
私は、愛する人たちを守るという、私の使命を、決して忘れることはない。
痛みを感じなくても、私は、これからも、桜色の殺し屋として戦い続ける。それが、私の選んだ道だから。