第15話 新しい始まり
ゆっくりと、意識が浮上していく。
最初に感じたのは、消毒液の匂いではない。慣れ親しんだ、自分の部屋の匂い。そして、布団の柔らかな感触。
薄目を開けると、私のベッドのそばには、亮くんと両親が座っていた。彼らは、私の手を握りしめ、私の顔を覗き込んでいる。
「真白…!」
亮くんの顔は、安堵と、涙でくしゃくしゃになっている。母は、私の額に手を当て、父は、何も言わずに、ただ私のことを見つめている。彼らが、病院ではなく、この家で私を看病してくれたのだと悟った。殺し屋である私を、警察沙汰になる病院へ連れて行くことはできなかったのだろう。
私は、彼らの顔を見て、すべてを思い出した。
ショッピングモールでのテロ。私が、彼らを庇って戦ったこと。そして、私が、その場で倒れたこと。
「…ごめんね。また、心配かけちゃって」
私は、最初に謝罪の言葉を口にした。
「謝らないで、真白」
亮くんが、私の桜色の髪をそっと撫でる。
「真白は、俺たちを助けてくれたんだ」
彼の言葉に、私の胸は温かくなる。
「…怖かったでしょ。私の、あんな姿」
私の問いに、亮くんは、首を横に振った。
「怖かったよ。でも、それ以上に、真白が俺たちを守ってくれたことが、嬉しかった」
その言葉に、私は、涙が溢れるのを感じた。
母が、そっと私の手を握り直した。
「真白…」
母の瞳は、涙で潤んでいた。
「もう、あなたの怪我を見て、あれこれ言うのはやめるわ。あなたは、私たちの自慢の娘よ。…あなたは、私たちを、命がけで守ってくれた。ありがとう」
母の言葉に、父も力強く頷いた。
「そうだ。…真白は、俺たちのヒーローだ」
父は、そう言って、小さな箱を差し出した。
「これ…少し遅くなったけど、誕生日プレゼントだ」
箱を開けると、そこには、私の桜色の髪によく似合う、小さな桜の花の形のヘアピンが入っていた。
「綺麗…」
私は、そのヘアピンを手に取った。
「…ありがとう」
その言葉は、私の心の底から湧き出てきた、偽りのない本心だった。
彼らは、私が「桜色の殺し屋」であることを、完全に受け入れてくれた。
だから、このヘアピンは、ただの誕生日プレゼントじゃない。彼らが、私という存在を、すべて愛してくれている、その証だ。私は、彼らが私に与えてくれた、この最高のプレゼントを、一生大切にしようと誓った。
「もう、大丈夫だよ」
私は、彼らに微笑む。私の心は、この上ないほどの安堵と喜びに満たされていた。
私は、もう一人じゃない。
そして、彼らを守るという、私の使命に、迷いも、後悔も、何もない。
この瞬間、私は、「桜色の殺し屋」として、再び生きることを決意した。
そして、この体にある無数の傷は、愛する人たちを守った、最高の勲章だ。