第13話 私の限界
最近、私の身体は、明らかに悲鳴を上げている。
指先が痺れて、ナイフを握る力が弱くなってきた。戦闘後、傷が癒えるのも遅い。以前なら一晩寝れば回復していたような切り傷でも、今では数日、ズキズキと痛む。
私は、この体調の異変を、誰にも、特に亮くんや両親には知られたくなかった。彼らをこれ以上、不安にさせたくない。私の弱さが、彼らを危険に晒す隙になるのではないか、という恐怖が、私を突き動かしていた。
「真白、大丈夫?」
学校で、隣の席の亮くんが、私の顔を覗き込み、心配そうに尋ねる。彼の澄んだ瞳は、私のわずかな変化も見逃さない。
「うん、どうしたの?」
私は、唇の端を無理やり引き上げ、いつもの笑顔を貼り付ける。だが、本当は、昨夜の戦闘で受けた肋骨のヒビがひどく痛んだ。息をするたびに、胸の奥がきゅっと締め付けられるような激しい痛みが走る。この痛みを悟られないように、呼吸を浅く、短く保つのに必死だった。
「なんか、顔色悪いよ」
亮くんは、私の頬にそっと触れる。その温かい手が、私の痛みをほんの少しだけ和らげてくれる。
家に帰れば、両親が待っている。
「真白、おかえりなさい」
母が、私を優しく迎える。私は、ぎこちない笑顔で、「ただいま」と答えた。疲労がピークに達しているため、私の顔はやつれているはずだ。母は、私の顔を見て、何かを言いかけそうに口を開き、そして、また閉じた。彼女の瞳には、私の秘密を知ってしまったがゆえの、深い悲しみと無力感が滲んでいる。母は、そっと台所へと戻っていく。
私は、自室へと向かう。階段を一歩一歩、上るのが、まるで重い鎖を引きずっているかのように辛い。足の関節、膝、腰、全身の骨が、軋むような音を立てて痛む。それでも、私は、何食わぬ顔で歩く。両親に、私の限界を悟られてはいけない。
部屋に戻り、制服を脱ぎ捨て、鏡の前に立つ。
そこに立っているのは、もはや満身創痍という言葉では済まされない、ボロボロの身体だった。
昨日負った打撲痕は、紫色を通り越して黒ずんでいる。治りかけの古い傷跡と、新しい血の滲む生々しい傷が、肌の上に無秩序に広がっている。私は、これらの傷に、もう何の感情も抱かない。これは、私が愛しい人たちを守るための、単なる作業の記録だ。
だが、この身体の限界は、私の心に冷たい恐怖を植え付けていた。
もし、この身体が完全に動かなくなったら。
もし、戦えなくなったら。
その時、亮くんや両親を、いったい誰が守るのだろうか。私の代わりは、誰もいない。
時計の針は、容赦なく進む。夜の闇が、窓の外を濃く塗りつぶしていく。次の任務が、私を呼んでいる。
私は、傷だらけの身体に、再び制服を着込む。包帯を巻き直し、隠せる傷は徹底的に隠す。
「行ってきます」
誰もいない部屋で、私は、愛しい人たちに、そう告げた。
私の身体が限界に達しようとも、私は、彼らを守り続ける。それが、私の唯一の使命なのだから。