第10話 優しい時間と、私の居場所
学校は、私にとって完璧な舞台だ。
教室の窓から差し込む光が、私のふわふわとした桜色の髪を照らす。私は、ノートに几帳面に文字を書き込み、先生の質問には迷いなく手を挙げる。クラスメイトの誰かが困っていれば、そっと手を差し伸べる。
「ねえ、真白ちゃん、ここの問題、教えてくれない?」
そう言って差し出されたノートに、私は優しい笑顔で応える。
「いいよ。ここはね…」
みんなが思う「真白」を演じるのは、もう慣れたものだ。優等生で、愛らしく、少しドジな女の子。それは、私という人間を完璧に隠すための、最高の衣装だ。
制服のスカートの下に仕込んだナイフが、時折、太ももに当たる。その硬く冷たい感触が、私を現実へと引き戻す。
この教室の中にいる誰もが、私が夜になると、人の命を奪う「桜色の殺し屋」になることを知らない。
亮くんが、私の隣で、退屈そうに窓の外を眺めている。彼は、私がこの教室で演じている「真白」も、夜の街でナイフを振るう「真白」も、すべて知っている。
彼と目が合うと、彼は少しだけ笑って、教科書の隅に小さく落書きをする。
『真白、寝てる?』
私は、小さく首を横に振る。
この学校という空間は、私にとって、平穏でいられる貴重な場所だ。
「真白ちゃん、また明日ね!」
クラスメイトの声に、私はいつものように笑顔で手を振る。
放課後。
私は、亮くんに正体がバレたあの公園のベンチに座っていた。隣に座る亮くんの肩にもたれかかり、彼の優しい温かさに身を委ねていた。
「真白、眠いの?」
亮くんが、私の桜色の髪をそっと撫でる。
「…うん。亮くんの匂い、好き」
私の言葉に、彼は少し照れたように笑う。
私の左腕には、昨日負ったばかりの切り傷がある。亮くんは、その傷に気づいていない。
ここでは、私はただの真白だ。
亮くんの隣にいると、夜の街でナイフを振るう自分が、遠い昔の出来事のように思える。
「そういえば、来週、真白の誕生日だね」
亮くんが、私の耳元で囁く。
「うん」
「何か欲しいものある?」
私は、少しだけ考える。
「…亮くんが、私の隣にいてくれること」
亮くんは、私の言葉に、何も言わずに、ただ私を強く抱きしめた。
その温かさに、私は少しだけ、涙が出そうになった。
私は、愛しい両親を、そして優しい亮くんを、私の危険な日常に巻き込んでしまうことを恐れている。でも、彼らなしでは、私は生きていけない。
「亮くん…」
私は、彼の胸に顔をうずめる。
「ん?」
「…ありがとう」
私をこんなにも愛してくれる、この優しい時間を、私は守らなければならない。
この日常を守るために、私は、今日も夜の街へ出る。痛みと、血と、狂気に満ちた世界へ。
そして、亮くんは、ボロボロになった私を癒してくれる居場所なのだ。




