第1話 症例記録A:水恐怖症の逆説
聖明大学 医学部附属病院 精神神経科
診療録
患者ID:2025-PSY-0892
初診日:2025年4月21日
記載日:2025年4月28日
担当医:精神神経科 准教授 佐藤 明彦
患者情報
32歳 男性 会社員(IT企業勤務)
主訴
「水と一体化したい」
現病歴
2週間前(4月上旬)より、水に対する異常な執着行動が出現。家族からの情報によると、入浴時間が徐々に延長し、現在は10時間以上浴槽に浸かり続ける。会社では、ウォーターサーバーに直接口をつけて水を飲む、手洗い場で長時間手を洗い続ける等の行動が目撃されている。
本人は「体の中の水と外の水を一つにしなければならない」と繰り返し説明。論理的な会話は可能であり、自身の行動が異常であることは認識しているが、「そうしなければならない」という強迫的な思考に支配されている。
既往歴
特記事項なし
家族歴
精神疾患の家族歴なし
身体所見
身長172cm、体重58kg(2週間で5kg減少)
皮膚:長時間の入浴による浸軟あり
その他の理学的所見に異常なし
検査所見
1.血液検査
・一般血液検査:軽度の脱水傾向
・電解質:正常範囲内
・特記事項:赤血球形態異常
光学顕微鏡下で赤血球の約15%に異常形態を認める。通常の円盤状ではなく、六角形の結晶様構造を呈する。血液内科にコンサルトするも、既知の血液疾患には該当せず。電子顕微鏡での詳細観察を予定。
2.頭部MRI検査
・T2強調画像:左側頭葉内側部に高信号域を認める
・特記事項:高信号域の形状異常
通常の病変とは異なり、高信号域が同心円状の水紋様パターンを呈する。放射線科の見解では、アーチファクトの可能性も含め原因不明。造影剤使用でも同様の所見である。
3.脳波検査
・安静時:正常範囲内
・水音刺激時:側頭葉でのθ波の異常増幅
診断
強迫性障害の疑い
器質的要因の精査中(側頭葉病変)
赤血球形態異常(原因不明)
治療経過
SSRIによる薬物療法を開始するも、症状の改善なし。認知行動療法も試みたが、本人の「水との一体化」への確信は揺るがず。
考察
通常の精神疾患として説明困難な病態。MRI所見、血液所見ともに既知の疾患では説明がつかない。症状の特異性と検査異常の関連性について、さらなる精査が必要。
追記(手書き)
患者は面談中、繰り返し「西の方から呼ばれている」と述べる。妄想の内容か?
他の類似症例の報告を確認中。
西方との関連性を調査中。