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東京の西に関する、いわゆる怪異の断章  作者: 藍沢 理
第1章 関東某所での怪異
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第5話 日記 4月19日

 これが最後の記録になるかもしれない。


 もう何が現実で、何が幻覚なのか分からない。


 昨日の深夜二時頃だった。カーテンの向こうに人影を感じて目が覚めた。三階の部屋なのに、窓の外に人がいるはずがない。しかし、確かに誰かが立っている。


 恐る恐るカーテンを開けた。


 女がいた。


 長い黒髪が顔を覆い、全身がびしょ濡れだった。水から上がってきたばかりの様子で、白い着物のようなものを着ているが、水を吸って体に張り付いている。


 女は動かない。ただ、窓ガラス越しにこちらを見ている。いや、顔は髪で隠れているから、本当に見ているのかは分からない。でも、視線を感じる。


 金縛りにあったように動けない。女もまた、微動だにしない。


 どれくらい時間が経っただろうか。女の体が、少しずつ透けていく。最初は着物が透明になり、次に肌が、そして――


 女の体の内側に、別の光景が見えた。


 動いていた。大きな何かが動いていた。


 女が口を開いた。


 その瞬間、部屋中に水が溢れ出した。窓も、ドアも、壁も、天井も、すべてから水が噴き出す。冷たい水があっという間に膝まで達する。溺れる。息ができない。


 必死にもがいた。水は喉に、肺に流れ込んでくる。苦しい。意識が遠のいていく。


 最後に見たのは、女の顔だった。


 髪がかき分けられ、顔が露わになった。



 気がつくと朝だった。


 床は乾いている。窓も割れていない。すべてが元通りだ。しかし、部屋中に泥と藻の匂いが充満している。布団は湿っている。そして、枕元に何かが落ちていた。


 鱗。


 もう限界だ。


 頭の中で声が響いている。


「帰ってこい」

「お前の居場所はそこではない」


 抗えない。


 今から家を出る。西へ向かう。どこへ行くのかは分からない。いや、体は知っている。この体は、もう自分のものではないのかもしれない。


 最後に一つだけ書いておく。


 もしこの日記を読んだ人がいたら、忘れてほしい。関わらないでほしい。水の音が聞こえても、無視してほしい。


 けれど、もう遅いかもしれない。


 あなたはこれを読んでしまった。


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