第1話 証拠物件
「先日は、お時間をいただきありがとうございます」
少女の声は、春風のように穏やかだった。だが高林の喉は渇き、返事ができない。何を言えばいいのか。交番の惨劇、あの日記、すべてが頭の中で絡み合っていた。
「あの、日記のことなんですが……」
ようやく絞り出した声は、掠れていた。少女は小さく手を上げ、その先を遮った。
「はい。もう、必要なくなりましたので」
表情一つ変えない。瞬きの回数さえ、計算されているかのようだった。その瞳は澄んでいて、何も映していないようで、同時に高林の内側すべてを見透かしているようだった。知っていること、考えていること、恐れていること。すべてが、ガラス越しに覗かれているような感覚。
「小説の持ち込み、というのは本当なんです」
少女はスクールバッグに手を入れた。革製の上品な鞄から、透明なクリアファイルと、黒いUSBメモリを取り出す。それらをテーブルの上に、音もなく置いた。
クリアファイルの中身が透けて見える。古びた紙片と、新しいプリントアウト。混在する時代の異なる記録。USBメモリは市販の安価なものだったが、高林にはそれが爆発物のように危険なものに見えた。触れたら最後、もう後戻りはできない。そんな予感が、理屈を超えて湧き上がってきた。




