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東京の西に関する、いわゆる怪異の断章  作者: 藍沢 理
第1章 関東某所での怪異
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第4話 日記 4月15日

 体調が悪い。


 もう一週間以上、まともに眠れていない。食欲もない。会社では仕事に集中できず、上司から心配されている。


「顔色が悪いなあ。医者には行ったか?」


 昨日、内科を受診した。血液検査も、レントゲンも、心電図も、すべて異常なし。医師は「ストレスによる自律神経失調症」と診断し、睡眠薬を処方してくれた。


 しかし、これは違う。


 耳の奥で響く水音は、日に日に大きくなっている。もはや耳鳴りというレベルではない。誰かが――いや、何かが、深い場所から呼んでいる。名前を呼ばれているような気がする。聞き取れないが、確かに呼ばれている。おかしくなりそう。



 今日、奇妙なことが起きた。


 いつもの電車で居眠りをした。目が覚めると、見知らぬ駅にいた。西へ向かう路線の、かなり郊外の駅だ。なぜこんな所にいるのか分からない。乗り換えた記憶もない。


 慌てて引き返したが、帰りの電車の中でまた同じ夢を見た。


 暗い水底。古い鳥居が沈んでいる。鳥居の向こうに、巨大な影が横たわっている。それは生きている。脈打っている。そして、何かを待っている。


 夢の中で、声が聞こえた。


「もうすぐだ」


 誰の声かは分からない。男とも女ともつかない。若くも老いてもいない。ただ、とても懐かしい声だった。


 家に帰ると、ポストに奇妙なチラシが入っていた。


『水の記憶 ~忘れられた村の物語~』


 どこかの郷土史研究会のチラシらしい。しかし、連絡先も、開催場所も書かれていない。ただ、古い白黒写真が一枚。集落の風景だ。山間の小さな村。そして、その奥に見える川。


 写真をじっと見つめる。


 見覚えがある。行ったことはないはずなのに、懐かしい。この道を歩いたことがある。この家を知っている。


 気のせいだ。


 チラシを破り捨てた。


 手が震えている。何かがおかしい。自分が自分でなくなっていく感覚。記憶が書き換えられていくような、侵食されていくような恐怖。


 今夜も眠れそうにない。


 水音が子守唄のように響いている。


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