第6話 来客
翌日の朝、編集部は異様な雰囲気に包まれていた。
神楽坂上交番の惨劇は、朝のニュースで大々的に報じられた。警察官三名が胴体を切断されて死亡。犯人の手がかりなし。監視カメラの映像は「技術的問題」で公開されず。猟奇的な殺人事件、しかも被害者は警察官。ならば、そう易々と映像公開などしないだろう。
編集部の誰もが、すぐ近所で起きた事件に震え上がっていた。女性編集者たちは固まって席に座り、男性陣も普段の軽口を封印している。
高林は自分のデスクで、パソコンの画面を見つめていた。しかし、一文字も頭に入ってこない。
朝霧雫と警察官たち。同じ殺され方。胴体切断。そして『七』の文字。
これは連続殺人だ。しかも、自分と関わりのある場所で起きている。朝霧は自分が資料を渡した作家。交番は自分が日記を届けた場所。
次は……。
高林は首を振った。考えたくない。だが、思考は勝手に最悪のシナリオを描いていく。
机の上の資料を見下ろした。失踪事件、湖の異常、古い記録。これらをまとめ直す必要がある。何か見落としがあるはずだ。事件を防ぐ手がかりが。
西部の地図を広げる。失踪者の最終目撃地点、異常現象の発生箇所、すべてが一点に収束している。湖だ。昭和三十二年に完成したダム湖。
「やはり西の方か……あそこで何か起きてる」
高林の呟きは、静かな編集部に小さく響いた。
内線電話が鳴った。受付からだ。
『高林さん、お客様がお見えです』
「誰?」
今日はアポイントメントはないはずだった。
『小説の持ち込みだそうです。新人賞を取れる自信があるとかで』
受付嬢の声は、どこか困惑しているような響きがあった。
「アポなしだと、今はちょっと……」
高林は断ろうとした。朝霧の件、交番の件で、とても新人の原稿を見る心境ではない。
『でも、高林さんを名指しで。どうしても今日中に会いたいと』
高林は溜息をついた。ワナビではない。そう言い聞かせる。編集者として、可能性のある新人を門前払いにはできない。それが朝霧雫を見出したときの、彼自身の信条でもあった。
「……わかりました」
重い足取りで受付へ向かう。廊下を歩きながら、高林は妙な既視感を覚えた。この感覚を、どこかで経験したような。
応接室のドアを開けた瞬間、高林は凍りついた。
ソファに座っていたのは、あの女子高生だった。
制服姿は昨日と同じように完璧で、髪の毛一本乱れていない。膝の上には黒いクリアファイルが置かれている。
女子高生はゆっくりと顔を上げた。その瞳は相変わらず虚ろで、深い湖の底を覗き込んでいるような、測り知れない暗さを湛えていた。
「お待ちしていました」
その声は、水底から響いてくるような、不思議な反響を伴っていた。




