第4話 考察
蒼玄書房、文芸第三編集部。朝一番に出社した高林は、自分のデスクに向かっていた。またしても、ほとんど眠れなかった。朝霧雫の切断された体、壁に貼られた資料、そして濡れた足跡を残して去った女子高生。
すべてが悪夢のようで、しかし現実だった。
高林は引き出しから、これまで集めてきた資料を取り出した。失踪事件の新聞記事、大学病院のカルテ、民俗学者のフィールドノート、警察の捜査資料。それらを机の上に並べ、時系列順に整理し始めた。
四月三日、最初の異常行動の目撃。
四月十五日、失踪者の急増。
五月五日、湖畔での異常現象。
五月八日、久坂部准教授の死。
五月十六日、朝霧雫の死。
時系列に並べても、明確なパターンは見えてこない。だが、朝霧の切断面に刻まれた『七』の文字が頭から離れない。七という数字に、何か意味があるのだろうか。
編集部は静寂に包まれていた。午前九時を過ぎても、他の編集者たちは出社してこない。よくあることだ。いや、たまにあることだ。静かなのは、密閉されたオフィスビルが外界から遮断されているからだ。高林はぶるりと肩を震わせた。
静寂を破ってサイレンの音が響いた。パトカーのけたたましい音が次々と通り過ぎていく。救急車も。消防車も。街全体が非常事態に陥ったかのような喧騒だ。
高林は窓際へ歩み寄った。眼下の通りは緊急車両で埋め尽くされている。すべて同じ方向へ向かっている。神楽坂上の方角だ。
嫌な予感がした。スマートフォンでニュースサイトを開く。
『速報:神楽坂上交番で警察官三名死亡』
高林の手が震えた。記事を読み進める。昨夜遅く、何者かが交番に侵入。警察官三名が殺害された。警察官は全員、胴体を切断されていた。監視カメラは激しいノイズで詳細不明。犯人は逃走中。
神楽坂上交番。高林があの日記を届けた場所だ。
デスクに戻り、椅子に崩れるように座った。頭の中で点と点が繋がり始める。日記、交番、切断死体。そしてあの女子高生。
偶然なのか。それとも……。
考えれば考えるほど、恐怖が増していく。高林は無意識に、朝霧の葬儀について考え始めた。いつ執り行われるのか。遺族への対応は。現実的な業務に思考を逃避させることで、迫り来る恐怖から目を逸らそうとした。
だが、逃げられないことを、高林は心の奥底で理解していた。




