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東京の西に関する、いわゆる怪異の断章  作者: 藍沢 理
第7章 連鎖する死

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第3話 邂逅

 警視庁から解放されたのは、日が暮れてからだった。五時間半にわたる事情聴取。同じ質問を何度も繰り返された。朝霧雫との関係、最後に会った日時、渡した資料の詳細。


 高林は疲労困憊していた。スーツは汗でぐっしょりと濡れ、ネクタイは曲がったままだった。タクシーを拾おうと手を上げたが、なぜか一台も止まらない。


 仕方なく駅へ向かって歩き始めた。街灯の光が妙に眩しい。すれ違う人々の顔が、一瞬朝霧雫に見えては消える。


「あの……」


 背後から消え入るような声がした。高林が振り返ると、街灯の下に制服姿の女子高生が立っていた。セーラー服は真新しく、プリーツスカートの折り目も完璧だった。


「……へ?」


 高林の口から間の抜けた声が漏れた。見覚えのある顔。整った目鼻立ち、肩まで伸びた黒髪。数日前、飯田橋駅でぶつかった女性だ。


 だが、あの時とは印象がまるで違った。私服姿では大学生のように見えたのに、制服を着ると中学生のような幼さすら感じる。同じ人物とは思えないほどの変化。


「私の日記、返してください」


 女子高生の声は単調で、抑揚がない。瞳も高林を見ているようで、高林の後ろを見つめている。そんな虚ろさがあった。


 高林は記憶を手繰り寄せた。あの日、鞄の中に入っていた黒い手帳。中身は……日記だ。


「あの日記なら、神楽坂上交番に届けたよ」

「見ました?」


 即座に返ってきた質問。高林の背中に冷たい汗が流れた。


 見た。確かに見た。最初の数ページだけのつもりが、結局最後まで読んでしまった。そこに書かれていたのは、女子高生の日常ではなかった。


 水の音に呼ばれる恐怖。西へ向かう衝動。窓の外に立つ濡れた女。


 それは朝霧雫に渡した資料と、恐ろしいほど符合する内容だった。


「……あ、ああ、いや、読んでないよ、もちろん」


 高林の声は震えていた。顔面の筋肉が引きつり、作り笑いすら浮かべられない。


 女子高生は無表情のまま高林を見つめていた。その瞳の奥で、何かが蠢いているような錯覚を覚える。


「そう……」


 女子高生はゆっくりと踵を返した。歩き去る後ろ姿を、高林は立ち尽くしたまま見送った。


 彼女の足跡が、濡れている。


 雨は降っていないのに、アスファルトに点々と水の跡が残されていく。それは街灯の光を反射して、血のように赤く見えた。


 高林は震えが止まらなかった。シャツは再び汗でびっしょりと濡れていた。


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