第3話 邂逅
警視庁から解放されたのは、日が暮れてからだった。五時間半にわたる事情聴取。同じ質問を何度も繰り返された。朝霧雫との関係、最後に会った日時、渡した資料の詳細。
高林は疲労困憊していた。スーツは汗でぐっしょりと濡れ、ネクタイは曲がったままだった。タクシーを拾おうと手を上げたが、なぜか一台も止まらない。
仕方なく駅へ向かって歩き始めた。街灯の光が妙に眩しい。すれ違う人々の顔が、一瞬朝霧雫に見えては消える。
「あの……」
背後から消え入るような声がした。高林が振り返ると、街灯の下に制服姿の女子高生が立っていた。セーラー服は真新しく、プリーツスカートの折り目も完璧だった。
「……へ?」
高林の口から間の抜けた声が漏れた。見覚えのある顔。整った目鼻立ち、肩まで伸びた黒髪。数日前、飯田橋駅でぶつかった女性だ。
だが、あの時とは印象がまるで違った。私服姿では大学生のように見えたのに、制服を着ると中学生のような幼さすら感じる。同じ人物とは思えないほどの変化。
「私の日記、返してください」
女子高生の声は単調で、抑揚がない。瞳も高林を見ているようで、高林の後ろを見つめている。そんな虚ろさがあった。
高林は記憶を手繰り寄せた。あの日、鞄の中に入っていた黒い手帳。中身は……日記だ。
「あの日記なら、神楽坂上交番に届けたよ」
「見ました?」
即座に返ってきた質問。高林の背中に冷たい汗が流れた。
見た。確かに見た。最初の数ページだけのつもりが、結局最後まで読んでしまった。そこに書かれていたのは、女子高生の日常ではなかった。
水の音に呼ばれる恐怖。西へ向かう衝動。窓の外に立つ濡れた女。
それは朝霧雫に渡した資料と、恐ろしいほど符合する内容だった。
「……あ、ああ、いや、読んでないよ、もちろん」
高林の声は震えていた。顔面の筋肉が引きつり、作り笑いすら浮かべられない。
女子高生は無表情のまま高林を見つめていた。その瞳の奥で、何かが蠢いているような錯覚を覚える。
「そう……」
女子高生はゆっくりと踵を返した。歩き去る後ろ姿を、高林は立ち尽くしたまま見送った。
彼女の足跡が、濡れている。
雨は降っていないのに、アスファルトに点々と水の跡が残されていく。それは街灯の光を反射して、血のように赤く見えた。
高林は震えが止まらなかった。シャツは再び汗でびっしょりと濡れていた。




