第4話 編集者の憂鬱
高林泰三は早めに帰宅していた。
彼はUSBメモリの中身を確認した後、気になってネット上の情報を追い続けていた。2ちゃんねるのオカルト板、Xでの考察スペース、そしてYouTubeの検証動画。どれも断片的ながら、真実の一端を掴んでいるように見えた。
特に気になったのは、2ちゃんねるの「多摩の土竜」というコテハンだ。3年前から警告していたという。そして「地質屋」の湖底データ解析。深度200メートルの穴――久坂部准教授の報告と一致する。
結局徹夜してしまい、彼は寝ずに出勤するはめになった。
*
朝。編集部は通常通りの喧騒に包まれていた。締切に追われる編集者たち、電話の呼び出し音、プリンターの稼働音。いつもの日常がそこにあった。
昼休み、編集部の片隅にあるテレビスペースで騒ぎが起きた。
「おい、これ見ろよ!」
誰かが声を上げる。高林も席を立ち、人だかりの後ろから画面を覗き込んだ。
『速報 人気スピリチュアル系配信者 自宅で死亡』
画面には、昨夜Xスペースで「金剛菩提」として配信していた男性の顔写真が映っていた。本名、年齢、そして死因不明という情報。
「この人、昨日すごい人数集めてスペースやってたよな」
「ああ、途中で切れたやつ」
同僚たちが話している間に、画面が切り替わった。
『速報 YouTuber「真相!怪異ファイル」運営者 変死』
今度は若い男性の写真。登録者100万人を超えたばかりのYouTuber。最後の動画で「現地に向かう」と予告していた人物だ。
高林の顔が青ざめた。
そして、追い打ちをかけるように、次の速報が流れる。
『全国で7名が同様の手口で殺害 警察が関連を捜査』
アナウンサーの声が編集部に響く。
「本日午前、北海道、青森、千葉、愛知、大阪、広島、福岡の7都道府県で、それぞれ1名ずつ、計7名が遺体で発見されました。被害者の年齢は23歳から67歳、性別も職業もばらばらですが、全員が胴体を切断された状態で――」
高林は、めまいを感じた。
7という数字。そして全国に散らばる被害者。これは無差別殺人ではない。何か意味がある。何かに選ばれた者たちだ。
スマートフォンを取り出し、2ちゃんねるにアクセスする。昨夜見たスレッドは、跡形もなく消えていた。Xで「金剛菩提」を検索しても、アカウント自体が存在しない。YouTubeの動画も、チャンネルごと削除されている。
情報が、消されている。
いや、情報を発信した者たちが、消されている。
「まずい……」
震える手でスマートフォンを操作し、担当作家のリストを開く。新進気鋭の女性ホラー作家、朝霧雫。彼女には、これまでの資料をすべて渡し、新作の執筆を依頼していた。
――記録として残すために。
電話をかける。呼び出し音が続くが、出ない。
メッセージを送る。既読にならない。
嫌な予感が、確信に変わっていく。
「すみません、ちょっと外出してきます」
上司に告げて、編集部を飛び出した。
朝霧雫のマンションは、神楽坂から電車で20分ほどの住宅街にある。築5年の小綺麗なワンルームマンション。セキュリティもしっかりしている。
インターホンを押す。応答がない。
管理人室を訪ね、事情を説明する。作家が締切前に連絡が取れなくなることは珍しくない。管理人も心得たもので、マスターキーを持って一緒に部屋へ向かってくれた。
305号室。
ドアの前に立った瞬間、高林は異変を感じた。
ドアの隙間から、微かに潮の匂いが漂ってくる。
海から離れた東京の住宅街で。
管理人がマスターキーを差し込む。
その瞬間、高林の脳裏に、昨夜見た情報の断片がフラッシュバックした。
封印。忘却。そして拡散する情報。
彼らは皆、真実に近づきすぎた。
そして今、自分も――。
ドアが、ゆっくりと開いた。




