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東京の西に関する、いわゆる怪異の断章  作者: 藍沢 理
第1章 関東某所での怪異
3/17

第3話 日記 4月11日

 深夜二時三十七分。


 また始まった。上の階からの足音。規則正しいリズムで床を踏む音が、天井を通して響いてくる。


 タン、タン、タン、タン。


 四拍子の単調なリズム。それが延々と続く。ダンスとかではない。儀式を思わせる規則性だ。


 この音が聞こえ始めて三日になる。最初は新しい住人が越してきたのかと思った。しかし、管理人に確認すると、上の部屋は三ヶ月前から空室だという。


「でも、最近苦情が多いんですよ」


 管理人は困った顔で言った。


「皆さん、上から変な音がするって。それで確認に行くんですけど、誰もいないんです」


 前の住人について聞いてみた。


「ああ、変わった人でしたね。急に『湖に帰る』とか言い出して、荷物も置いたまま出て行っちゃいました。連絡も取れなくて、結局は大家さんが部屋を片付けたんです」


 湖に帰る。


 また同じ言葉だ。


 今夜も足音は続いている。単調なリズムが、次第に複雑になっていく。ステップを踏む音、踊りの動き。時々、足音が止まる。そして数秒後、また始まる。


 我慢できなくなって、上の階へ行ってみることにした。


 薄暗い廊下を歩く。上の部屋のドアの前に立つ。足音はドアの向こうから聞こえている。ノックをしようと手を上げた瞬間――


 足音がぴたりと止まった。


 静寂。


 耳を澄ます。何も聞こえない。ドアノブに手をかける。鍵はかかっていない。ゆっくりとドアを開ける。


 真っ暗な部屋。月明かりがカーテンの隙間から差し込んでいる。誰もいない。家具もない。ただ、床に奇妙な跡があった。


 水の跡だ。


 円を描くように、床が濡れている。その中心に立ってみる。ひんやりとした感触が素足に伝わる。見上げると、天井にも同じような円形の染みがある。


 突然、頭の中に映像が浮かんだ。


 深い水の底。暗闇の中で何かが蠢いている。巨大な影。それが、ゆっくりとこちらを向く――


 気がつくと、自分の部屋のベッドの上にいた。時計を見ると朝の五時。あれは夢だったのか。


 いや。


 足の裏がまだ濡れていた。



 ほとんど眠れなかった。朝になって、ゴミ出しに行くと、アパートの前に管理人が立っていた。青い顔をしている。


「実は昨夜、上の部屋から水漏れがあったみたいで……でも、水道は止めてあるはずなんです」


 管理人の後ろで、業者が何やら作業をしている。


「それに、あの部屋の床、変な模様があるんですよ。地図のような……」


 聞かなかったことにして、会社へ向かった。


 電車の中で考える。都内に大きな湖なんてあっただろうか。


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