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東京の西に関する、いわゆる怪異の断章  作者: 藍沢 理
第5章 国家機関の介入

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第5話 軍事的接近

 練馬駐屯地の会議室は、通常の自衛隊施設とは異なる雰囲気を持っていた。壁には地形図と並んで、奇妙な図形や数式が書かれたホワイトボードが置かれている。


 迷彩服姿の伊吹健人三佐は、端正な顔立ちの中年男性だった。階級章が一つ桜花を示している。


「蓮見教授、お待ちしておりました」


 伊吹は久坂部准教授のメールに目を通していた。その表情が、徐々に硬くなっていく。


「これは……」


 読み終えた三佐は、深い溜息をついて顔を上げた。


「正直なところ、我々も手を焼いています」

「ご存知だったのですか」

「国交省が把握しているなら、我々も当然知っています。いえ、むしろ我々の方が、より深刻に捉えている」


 伊吹三佐は、タブレットを操作した。画面には湖の航空写真が表示される。通常の写真、赤外線写真、そして特殊なフィルターをかけた画像が並んでいた。


「3日前から、湖面の温度が異常に低下しています。現在は3.7度。5月としては考えられない低温です」


 次の画像に切り替える。赤外線カメラで撮影された湖の断面図のような画像。


「これは昨夜撮影したものです。湖底から、何かが上昇している様子が確認できます」


 画像の中央部、湖底から立ち上る柱のような熱反応。いや、正確には「冷反応」というべきか。周囲より明らかに温度が低い深い蒼が、ゆっくりと上昇していた。


「冷たい……?」

「そうです。強烈な吸熱反応。膨大な熱エネルギーを吸収しながら上昇している。まさに熱力学の法則に反する現象です」


 伊吹は立ち上がり、壁の地図を指した。


「我々は一週間前から、特殊作戦群の一個小隊を現地に展開させています。しかし、通常装備では対処不可能と判断しました」

「通常装備では?」


 伊吹は苦笑した。


「小銃や迫撃砲で、温度異常や磁場の乱れに対処できるとお思いですか?」


 確かにその通りだった。


「では、どのような対処を?」

「まず、現象の正体を知る必要があります。明日、潜水班を投入する予定です」


 伊吹はタブレットに別の資料を表示した。湖底の詳細な地形図。


「目標はここ。水深72メートル地点。久坂部准教授が『大穴』と呼んだ場所です」

「危険では?」

「もちろん危険です。すでに2名の隊員が、湖岸での警戒任務中に行方不明になっています」


 伊吹の表情が曇った。


「発見された時、一人は全身の血液が凍結していました。もう一人は……説明が困難ですが、体内の水分がすべて塩水に置換されていました」


 蓮見は背筋が寒くなった。


「それでも潜水調査を?」

「他に方法がありません。このまま手をこまねいていれば、被害は拡大する一方です」


 伊吹は蓮見をまっすぐ見つめる。覚悟を問うように。


「教授、明日の作戦に同行していただけませんか?」

「私が?」

「久坂部准教授の調査を引き継げるのは、あなただけです。我々には、民俗学的な知見が不足しています」


 蓮見は迷った。しかし、亡き教え子の言葉が脳裏に蘇る。


『これは、個人で扱える案件ではありません』


 そして今、国家機関が総力を挙げて対処しようとしている。断る理由はなかった。


「……お願いします」

「ありがとうございます」


 伊吹は敬礼した。


「明日の6時に出発します。装備はこちらで用意しますが、教授も……その、遺書のようなものは書いておいた方がいいかもしれません」


 冗談とは思えない真剣な表情だった。


 会議室を出ると、夕暮れの演習場に自衛隊員たちが整列していた。彼らもまた、明日の作戦に参加するのだろう。若い隊員たちの顔に、不安の色は見えない。


 だが、彼らは知らない。自分たちが対峙しようとしているものが、人知を超えた何かであることを。


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