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東京の西に関する、いわゆる怪異の断章  作者: 藍沢 理
第4章 学術的接近

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第1話 フィールドワーク日誌(山間部)

武蔵野文理大学人文学部 民俗学研究室

調査者:久坂部(くさかべ)遼一(りょういち)(准教授)

研究課題:関東西部山間地域における水神信仰の変容と断絶


2025年5月1日(木)晴れ 気温22℃


 本日より集中調査を開始。当地域の「鹿島踊り」は、表層的には東国に広く分布する鹿島信仰の一形態と見なされてきたが、予備調査で得た映像資料を分析した結果、他地域の鹿島踊りとは根本的に異なる要素を確認した。


 午後2時、氷川地区在住の田村源三郎氏(94歳)を訪問。氏は1950年代まで実際に踊り手を務めた、現存する唯一の実演経験者である。


 まず驚かされたのは、氏が保管していた装束である。通常の鹿島踊りでは白装束に花笠だが、当地のものは全く違う。黒い麻布に、赤い幾何学文様が染め抜かれている。文様を詳細に記録したが、これは明らかに神道系の意匠ではない。むしろチベット密教のマンダラ、あるいは道教の符呪に類似している。


「あの踊りは、もう誰も覚えとらん」


 田村氏は、装束を撫でながら呟いた。


 踊りの所作について質問すると、氏は立ち上がり、震える足で床を踏んだ。それは舞というより、何かを踏み固めるような、あるいは地面に印を刻むような動きだった。


「七回左回り、七回右回り。そして中央で地を七度踏む。これを七セット。合計343回、大地を踏み鳴らす」


 343は7の3乗。呪術的な数字だと聞いたことがある。


「歌は?」

「歌じゃない。呪文じゃ」


 氏は目を閉じ、低い声で唱え始めた。


「ナーガ・ラージャ・マハーカーラ、水底の王よ眠れ、七つの封印、七つの鎖……」


 サンスクリット語、いや、もっと古い言語が混じっている。スマホで録音していたが、再生してみると、奇妙なことに氏の声に混じって、別の低い唸り声のようなものが記録されていた。


「これは、鹿島踊りではありませんね」

「そうじゃ。本当の名は『縛地(ばくち)神楽(かぐら))』。大地に楔を打ち、水底に縛り付ける術じゃ」


 そう言ったところで、なぜか氏の顔が青ざめた。


「もう50年も踊っとらん。あれから、おかしなことが起きるようになった。湖の水が、毎年1度ずつ冷たくなっていく。もうすぐ臨界点じゃ」


 毎年1度なら、50度も水温が下がっていることになる。話半分で聞いておかねば。


 帰路、録音を聞き返す。氏の声の下層に確かに別の音声がある。スペクトラム解析にかけると、20Hz以下の超低周波が断続的に混入している。人間の声帯では発生不可能な周波数だ。


夜間追記


 宿で装束の文様を解析。これは単なる幾何学模様ではない。フラクタル構造を持ち、拡大すると更に微細な文様が現れる。なにかの回路図にも見える。明日になったら、数学科の同僚に解析を依頼しよう。


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