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東京の西に関する、いわゆる怪異の断章  作者: 藍沢 理
第3章 怪異の起こした事件

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第6話 神山探偵事務所 調査報告書

神山探偵事務所

最終調査報告書


依頼者:(個人情報保護のため詳細は記載せず)

調査対象:関東西部連続失踪事件の真相究明

調査期間:令和7年4月15日〜4月29日

報告者:神山(かみやま) 結城(ゆうき)(探偵業届出証明書番号:第███号)


前文


 本報告書は、依頼者の要請に基づき実施した調査の最終報告である。なお、調査途中での中止を決定したため、当初予定していた調査項目の一部は未完了であることをご了承いただきたい。


1.失踪者の足取り追跡調査


 GPS履歴、交通系ICカードの使用記録、防犯カメラ映像、目撃証言を総合的に分析した結果、以下の事実が判明した。


 失踪者32名(公表数)の最終地点は、全て奥多摩湖周辺の半径3キロメートル圏内に集中している。特筆すべきは、その地点が無作為ではなく、ある種の規則性を持って分布していることである。


 各失踪地点を地図上にプロットし、発生順に線で結ぶと、七芒星に類似した図形が浮かび上がる。これが偶然とは考えにくい。何者かが意図的に失踪者を誘導している、あるいは失踪者自身が無意識にこのパターンに従っている可能性がある。


 さらに、失踪者の多くが、最終目撃地点に至るまでに不可解な行動を取っている。

例えば:

・本来の目的地とは正反対の方向へ向かう

・公共交通機関を使わず、徒歩で20キロ以上移動する

・道なき道を、まるで土地勘があるかのように進む


2.歴史的背景の調査


 小河内ダム建設に関する公文書、当時の新聞記事、地元住民への聞き取りから、以下の事実を確認した。


 昭和32年のダム完成により、旧小河内村を含む6集落が水没。公式記録では945世帯、約6000人が移転したとされる。


 しかし、複数の資料を照合した結果、重大な矛盾が発覚した。

・昭和30年国勢調査:該当地域の世帯数1247世帯

・移転補償記録:945世帯

・差分:302世帯(約1500人)


 この302世帯について、移転先、補償金受領記録、その後の消息、一切の記録が存在しない。最初から存在しなかったかのように、公文書から抹消されている。


 地元の御老人(94歳)から得た証言:

「あの土地の者たちは、最後まで移転を拒んだ。先祖代々、何かを守っていると言っていた。ダムの水が迫る直前まで、奇妙な祭りを続けていた」


3.現地調査結果


 4月25日、奥多摩湖西岸にて実施した調査において、看過できない異常を確認した。


 水質検査の結果:

・pH値:6.2(通常の湖水は7.0前後)

・溶存酸素量:異常に低い

・未知の鉱物成分を検出


 検出された鉱物は、地表近くには存在しない希土類元素を含んでいた。これらは通常、地下数百メートル以深にのみ存在する。湖底に通常では考えられない地質学的異常、例えば地下深部への亀裂が存在する可能性を示唆している。


 また、湖水温度が局所的に変動していることも確認。特定のポイントで、周囲より8〜10度低い水温を記録した。


4.異常体験および調査中止の理由


 4月29日、再度の現地調査を実施。この日の体験が、調査中止を決定づけた。


 午後2時頃、湖畔にて水中音波探知機を使用して湖底調査を試みた。深度87メートル付近で、明らかに人工的な構造物の反応を確認。さらに深く探査しようとした、その時だった。


 突然、激しい頭痛に襲われた。同時に、耳の奥で低い振動音が響き始めた。最初は機器の故障かと思ったが、機器の電源を切っても音は止まらない。


 聞こえてきた。


 水底から、何かが呼びかけている。言葉ではない。もっと原始的な、直接脳に響く「声」。

 

 「カエレ」

 「ミズウミノソコヘ」

 「トビラガヒラク」


 理性では、これが幻聴であると理解していた。しかし、体が勝手に水辺へ向かおうとする。必死に抵抗し、車に戻ることができたが、あと少し遅ければ、私も失踪者の仲間入りをしていただろう。


 車中で気づいた。私の腕に、見覚えのない図形が浮かび上がっていた。内側から浮き出たような、赤い紋様。それは、失踪者が遺したメモに描かれていた図形と酷似していた。


 これは、もはや通常の調査案件ではない。


5.結論および提言


 本件は、通常の失踪事件として扱うべきではない。集団催眠、カルト教団、薬物などでは説明のつかない異常事態が発生している。


 私見では、奥多摩湖の湖底に、人知を超えた「何か」が存在する。それは、ダム建設以前から存在し、水没によって封じられていたものが、何らかの理由で活性化したのではないか。


 依頼者には、これ以上の関与を避けることを強く勧告する。また、私自身も今後一切、本件には関わらない所存である。


 なお、本報告書作成中も、水への異常な渇望感、水音の幻聴などの症状が続いている。医療機関での検査も検討している。


 最後に、一つだけ確実に言えることがある。

 奥多摩湖には、近づいてはならない。


追伸


 本報告書を書き終えた今、窓の外を見ると、雨が降っている。

 その雨音が、なぜか懐かしい歌のように聞こえる。

 水が私を呼んでいる。


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